第五十九話 疲れきった男





 ユウヒシリーズにはそれぞれの題材として有名になった場所がある。

 ユウヒシリーズならばそこはとある学校。町の名前は違うが、夕日丘高等学校という名前だけは変わらない――――夢で見た建物と同じ場所。


 夕赤であれば朝比奈が住んでいる建物。

 夕青が夕日丘学校そのもの。

 それと同じく夕黄は水仙神社。


 それぞれの場所へ行けば何か思い出せるかもしれない。

 どうやって思い出すのかすら分からない手探り状態で不安はある。だが、忘れてしまったことを思い出すためには過去の何かに触れるか、頭にショックを与えるか、それとも精神的な負荷を与えることで思い出すことがあるようだ。 


 本当だったら夕日丘高等学校へ行くつもりではあった。

 しかし夢の中で見た神様と言う存在であったアカネという彼女の存在が味方になってくれる可能性と、状況を説明してくれるであろう星空天の存在。


 海里との話によって水仙神社があることと、星空天と話が出来る可能性が高いことから先にそちらへ行くことに決めた。



 目が覚めてから一か月は経った。現在の季節は五月。程よく暖かな日差しに包まれつつも――――ある程度の不自由さはあれど記憶を思い出すためならばとのことで外へ出ることとなった。

 きっと俺が思い出せば何かが変わるだろう。


 そう信じて向かった先にいたのは――――見知らぬ男だった。



「神無月鏡夜……アンタ何の用だ!!」


「いや……と言うか、俺の名前を知っているのか?」


「とぼけんじゃねえよ! 転校生とかいうわっるいキャラクターとしてうちの名前借りといて、ここの神社だってゲームのモデルにしておいて風評被害が出てんだよふざけんじゃねえよ!」



 舌打ちを派手にしつつ睨みつけてくる男。

 同年代ぐらいだが、ひげを生やして殺意に満ちた顔はまるで一人か二人は人を殺しているかのような凶悪な雰囲気を感じさせる。


 胸元をグイっと掴まれそうになったので思わず後退するが、彼はそれでもなお突っかかってきた。



「悪いが俺はお前のことを覚えてないんだ」


「覚えてない? 覚えてないだァどういう了見だてめえ!!!!」



 拳を握りしめ殴り掛かろうとしてきた男。

 しかしその手を掴んだのは、それより背後にいた茶髪の男性だった。



「こらこら駄目だよ。そんな暴力的なことをしちゃ」


「……天さん」


「オレらも関係者。神無月鏡夜に喧嘩を売る筋合いはないよ」


「……はい。……おいてめえ命拾いしたな!」



 凶悪な雰囲気は変わらず、不機嫌な顔をしたまま神社の奥へ入っていった男を見送る。

 それに小さな声で溜息をついた男――――天と呼ばれた彼は、あの時より成長し、身長もかなり伸びていて俺が見上げる程度にはあった。



「彼もある意味あのゲームの被害者なんで怒らないでね」


「彼は……」


「分かりやすく言うなら夕青2の転校生っすよ。まあニュースで騒がれている通り……この神社でもいろいろとよろしくない参拝者は増えてきているんで……」



 だから怒る。

 俺もまた関係者だからと、彼は怒っているのだと言う。



 そうして向き直った男は少しばかり愛想の良い顔をした。



「久しぶりっすね。神無月君」


「……悪いけど、久しぶりと言われても」


「ああ、なるほど……話なら聞くんで、来てくださいっす」



 星空が建物の中へ誘導する。

 廊下を通って襖をあけて中へ。

 しかしその部屋の中には、一人の女性が布団の中で眠りについていた。



「……彼女は」


「桃子ちゃんっすよ。向こうに囚われているようで……眠ったり起きたりを不規則に繰り返してる」


「囚われてる?」


「キミならわかるでしょ?」



 そう言われて出てきた答えは妖精だった。


 つまり俺とは違い解放されたわけじゃない。眠りについたままでいる。

 妖精がある程度人を選んで目覚めさせているのか……?

 いや星空は言っていた。眠ったり起きたりを繰り返していると。つまりある程度は妖精の世界から逃げてきているということか?



「オレも同じになるはずだった……アカネちゃんを通じて桃子ちゃんが俺を逃がしてくれたんだ」


「逃がす……って?」


「覚えてるっすか? あの時、妖精が閉じ込めたあの世界で俺と桃子ちゃんが死んだのを」


「……もしかして未雀の時の」


「そうだよ」



 にっこりと笑った彼はとても疲れきった顔をしていた。

 どう見ても作り笑いのそれだったが、俺は何も言う気にはなれなかった。


 とにかく今は全部終わらせることが重要だった。



「思い出すためには何をしたらいい?」


「……神社まで来てくれてなんだけど、そんなのオレは出来ねーっすよ。ってかこの神社は何でも屋じゃないんで、アンタとはあまり関わり合いになりたくねーし」


 

 オレに聞くなと突っぱねる。

 先ほどまでの愛想の良さを全て消して、無表情で俺に敵意を見せつつも。


 しかしその言葉こそ、ある意味答えなんじゃないだろうかと思えたのだ。



「オレには出来ない、と言ったな? つまりお前以外の誰かならできるってことなんじゃないのか?」


「っ――――」


「今ここで眠ってる彼女か。それともこの神社の神様であるアカネか? とにかく俺は思い出さないといけないんだ。もう二度とあそこに囚われて妖精の玩具にされるのはごめんだから……わかっているなら早く教えてくれ、頼む」



 頭を下げた俺に対し、星空は口を閉ざす。

 しかしうめき声を出して、困ったような表情になる。



「何でアンタはそういうこと言うのかな……ああ、別物か。そういう馬鹿正直な部分ほんと矯正した方が良い。だから嫌われるんすよ。みんなから」



 そうして彼は、オレに言う。



「横になってここで眠ってみて」


「……今ここで?」


「あっ、桃子ちゃんの布団の中は駄目っすよ。彼女はオレのなんで……この部屋の中で軽くでも眠ってみたらちょっとは繋がるでしょ。オレが出来るのはそれだけっすよ。後は自分で解決しなよ」




 適当に言っているが、それが答えだと示すかのように断言した。







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