第五十八話 意識改革
「なーんてね。冗談だよ」
いや、冗談に言っているようには聞こえなかった。
本気で言っているように感じた。本気で俺に向かって約束したようなことを言っていた。
「お前……」
「ちょーっと話したかっただけ。どうせ私は容疑者のままだし、久しぶりにアンタに会いたかったのも事実だよ。誰かに聞かれる可能性のあるここで話す内容なんてなーんもありはしない」
「……」
海里が言っている内容にハッと我に返った。
警察官がこちらを伺っている。話を聞かないと言ったが、本当に聞かないとは限らない。
しかしそれは――――頭のおかしいことを言って信じない可能性の方が高い。
しかし海里は警戒を示した。本気で言って、本気で冗談にしようとした。誰かに話を聞かれてもいいように。
警戒を示すのは警察官だけじゃないのか。誰かが聞いてるのか?
それを話す気にはなれず――――しかしわざわざ海里が俺に会おうとしたのは理由がある。確実に。
先ほどの話も何か……。
「そういえば覚えてる? 前世の記憶を思い出してゲーム世界へ転生したとかそんなことを言った馬鹿な女の話。ゲームのやり過ぎてそうなったんじゃないかって私は思ったんだけど……そんな馬鹿げた話あるわけないのにね」
「……」
「あっそういえばアンタ覚えてないんだったっけ。あいつ高校の頃から頭わるーいことばっかり言ってさー。もともと頭は悪かったけど、前世とかいうよく分からない悪夢見たことによって劇的にかわったもんねぇ。ゲームで言うところのチート性能使ったキャラクターになろうとして努力しまくって……部活だって入ってないし特技も何もないくせに、みんなが楽しく笑い合える卒業式を目指してたって話」
海里は言葉を紡ぐ。
俺に記憶があるかないかなんてどうでもいいかと言うように。
「でもあいつちゃんと努力してたんだよねー。弓道部で大会の優勝したのもあいつが頑張ったからだし、秘密にしようとせずちゃんと打ち明けてくれたからこうやってワイワイ楽しくみんなで遊べたし。私たちが高校を卒業してぜーんぶ終わってからゲーム作ろうってなったもんねぇ」
冗談っぽく言っているが、これは本当の話だ。
俺は知っている。
覚えている。入学式の時に紅葉秋音が前世の記憶をぶちまけて全てを押し付けようとした話を。
弓矢の力を使えない、紅葉秋音の話を。
でもあの時俺は使えた。海里夏がリセットをする前――――妖精によって招き入れられた境界線の世界で、校舎の近くで海里夏と追いかけられていた時に破魔の矢と言われたアレが使えた。
何故、俺はそれが使えたのか――――。
「鶏が先か、卵が先か……あいつの言ってた前世の記憶って夢をそのままその通りに作ったのがあの夕青シリーズだよ。まあ鏡夜は知らないだろうね。その真実を知ってるのは私とあと数人程度……シナリオに関わった人だけなんだから。他は私たちの高校時代を表してるとでも思ったんじゃないの?」
「そうか……ならクレーム入れてもいいか? 紅葉秋満に姉を悪女にしたこと許さないと言っていたぞ」
「アハハッ! ならそれは張本人に言ってもらわないとね! だって夢を見たのは私じゃないんだから! 私……いいえ、私たちはその話を聞いただけ」
「……そうか」
妖精が作ったあの箱庭の世界じゃない。
この世界こそが、俺達にとっての夕青世界なのか。
ならどこかに妖精はいる。
別世界のどこかに封印されたとかなんとか妖精は言っていたが……もしかすると意外と近くにいる可能性が出てきた。
海里はこれを伝えたかったのか。
なら俺に思い出して欲しいことは……。
俺を紅葉秋音と呼んだ理由は。
「……なあ、お前は何に怯えているんだ?」
「怯えてる? 私が?」
「いや、なんでもない……」
話せないというような態度に周囲を警戒し、俺は問い詰めることを止めた。
しかし海里は何か考えるような表情を浮かべて俺を見たのだ。
「ああそうそう。何度も何度も夢に出てきた前世の記憶って呼んだあの悪夢ってね……あいつは忘れちゃってるんだ」
「えっ」
「悪夢って幸せな夢を見たら忘れるのと同じだよ……うーん、ゲームキャラクターで例えた方が早いか」
海里は言葉を紡ぐ。
「成り代わりしたキャラクターは……別の言い方をすれば『別世界から前世の記憶を持った魂がそのキャラクターに憑依する』っていうことになるね。ならもともと居たそのキャラクターは魂ごと消えたのかって話になる。でもそれは違うって私は思うね。ただ奪っていた身体を奪い返してもらったに等しいと思うよ」
「……それは、そのキャラクターは混乱しないか?」
「まっ、そりゃあ同意ない憑依だったら混乱するだろうね。だからあいつはともかく……元々自分の身体を与えてもいいと思った人はどうだろう。混乱するどころかそれが一番と喜んでいるかもしれないよ」
――――でも、と彼女は言う。
「記憶なんて曖昧なものは、いつか忘れちゃうんだ。忘れることが出来るんだ。魂がむき出しになって別の人間に乗り移っても……その瞬間を狙われたらもうそれで終わり。別人から別人へ憑依し直したならそのチャンスを逃さないのは敵なら当然。
さて、アンタは一体どちらかな」
にっこりと笑った海里夏が言った言葉を深く思考する。
嫌な気分だった。
でも根本的な意味が分かった。
遠回しに言ってきた内容に――――信じたくはないが、理解できた。
「以上、海里夏の高校時代に研究したホラー会議でしたぁ。あははっ、何その顔ビビってんの?」
「やかましいっ! ……でもまあ、お前と話せてよかった」
「私はもっと話したいけどね。もうそろそろ時間だから……話すのも残りちょっとだけど……」
笑った海里が見た場所は、窓ガラス。
一度だけそちらを見て――――俺を見る。
「紅葉秋音に会ったら、ちょっとだけ文句言っといて。あいつ高校時代のことぜーんぶ忘れて大学謳歌してるみたいだし」
「初めましてっていわれるんじゃねえのか?」
「そうかもね。なら悪女になったつもりか紅葉秋音って伝えといて……ああでも、あいつ行方不明なんでしょ? 多分どっかの神社にでも行ってるんじゃない? あいつよく星空んちの神社にいたし」
「星空……そうか。分かった。……外に出られるようになったら探してみるよ。弟さんとも約束したしな」
「よかった。私はきっとここから出られないだろうから……」
「出られない?」
でも、頑張れば出られるだろう。
犯人という証拠がないのだから。……と思ったが、彼女は外を見ただけだ。
「都合よく自由になれるわけじゃない。現実って甘くないんだよ。例えばで言うけど……アンタが見た夢と、アンタが忘れた高校時代は結構違う……きっとね」
「……そうか」
「そうそう。いじめっ子が虐められてた子に復讐されるみたいに……ハッピーエンドで終わるわけじゃない。必ずどこかで因果は巡るんだ」
「まあ終わり良ければ全て良しだなんて都合の良いことありえねえもんな」
「分かってんじゃん。……だから、早く思い出して。頑張りなよ」
そうやって、海里は笑ってこれ以上話すことはないとばかりに俺から顔を逸らしたのだった。
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