後章 神は俺を嫌っているようだ

第五十二話 始まりは騒ぎから





 目が覚める感覚は、いつにもましてとても怠く感じた。

 瞼を開けるのさえ酷く力がいる。眠くはない。意識ははっきりしているのに、体が石になったかのように動かない。


 頑張って努力して目を開けると、そこは見知らぬ天井だった。



「……あっ」



 声がかすれて、ちゃんと出なかった。

 しかし指が動く。少しずつ身体の調子が戻ってきているような気がする。

 ……気がするというだけで、本当にできるとは思えないが。


(苦しい……なんでだ……)



 ここは何処だ。夕日丘の保健室か何かか?

 やけに消毒のような匂いがするが、なんかあったのか?


 上体を起こすのは難しいだろうが、頑張って顔を上げて周囲を確認する。

 そこにあるのは――――俺の腕に伸びた点滴。顔に違和感があると思ったら呼吸器がつけられており、病室なんだと気づいた。


 ぼーっとしていた俺の様子を見に来たのか、扉が開く音がする。

 その後に何かを落としたような派手な音。ファイルか何かを派手にぶちまけたらしい。




「――――ッ!! せ、先生! 先生!! 患者さんの容態が戻りました!!!」




 ここは、何処なんだ。




・・・



 看護師に騒がれて、先生を呼ばれて。

 そうしてまた体調が元に戻ってきて数日が経った。



 ――――最近、何故か怖い顔をした男たちが部屋の外で俺の様子を見ているのが分かった。

 その男は中年ぐらいのおじさんが二人。たまに三人から四人と増えてはまた減っている。しかし確実に何人かはこちらの様子を伺い、部屋から出たら先生に話を聞くことがしょっちゅうだ。


 何があったのだろうか。

 あの妖精の言葉ははっきり覚えてはいるが……もしもあいつの言う通りここが現実の世界だとして、俺は何をされたんだろうか。




「今まで何をしていたのか覚えてる?」


「……いいえ」


「君の名前は?」


「その、ちょっと曖昧で……鏡か何かで確かめたら分かるかと……」


「顔を見ないと分からないのかい?」


「……」


「ふむ。じゃあ最後に質問だ。今の気分は?」


「最悪です」



 先生がにっこりと笑って「今日の検査は終了ね。また明日もやるからとりあえず寝ちゃいなさい」と言ってきた。

 まだ身体を動かすこともできず、立ち上がることすら困難なため言う通りにする。


 しかし寝る直後――――扉を開けて外に出た先生と看護師に話を聞こうとしているスーツ姿のいつもの男たちがいて、その声が聞こえてきた。



「先生。彼の容態は?」


「まだ本調子じゃないですねぇ。リハビリはこれから始めますが、まだ治っているわけじゃない。もしかしたらもう一度昏睡状態に陥る可能性だってあるんだ。だからまだ接触はしないで欲しい」


「しかし、また起きることが出来なくなるとすれば――――今がチャンスなんですよ!」


「もう少し待っていてくれ。どうせ彼以外にも目覚めた人は多いんだろう?」


「くっ……分かりました。ではまた後程」



 ぼんやりとした頭が聞き取れたのはこれだけだった。

 ――――しかしこれで理解できた。



 現実であるこの世界でも、何かが起きているのだと。



(……まあ、昏睡状態だったらしいからな。しかも……おそらく、海里達も入れて複数。集団昏睡状態で原因不明ときて、それで一気に目が覚めたとすれば何かしらの騒ぎになるのは当然か……)



 妖精については喋れない。

 というか、それが現実のものだったと話しても頭がおかしいとしか思われないだろうから。



 とにかくリハビリを始めてまた数日。


 何も知らない風を装って体力回復のために眠っていて――――窓を開けていたおかげか、隣室から聞こえてきたのはテレビの音だった。



 俺達についていくつか話されていた。

 集団意識不明者が多発し、俺たちはその容疑者としてニュースで騒がれていた。





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