第五十三話 最初の被害者








「ゲームの繋がり。ゲームをしただけで昏睡状態なんて本当にあり得るんですかねー」


「それを調べるために俺たちは動いているんだろうが」


「まあそうなんですけどね?」




 いまだに疑心暗鬼に陥っている後輩に彼は溜息を吐いた。



「神無月鏡夜が目覚めたんだ。彼には早く思い出してもらわないと困る……」



 神無月鏡夜は他の容疑者とは少しばかり異なり、いわゆる被害者として扱われていた。

 あの容疑者達と同じく関係性はある。中心人物かもしれないと言われてはいる。しかしその後起きたすべての事件には無関係であり、かつ連続昏睡事件における一番最初の犠牲者であるため犯人として扱われるようなことはなかった。


 ただ何か重要な手掛かりを持っているかもしれない。

 それを確認するため何度も病院へ通ってはいる。しかしいまだに記憶が戻った様子はない。


 以前直接、話をしたが困惑した様子でこちらを見ているだけだった。



「ゲームを作った事実を忘れているだなんて本当なんですかね……というか、あんなに意識がはっきりしていてかつ鏡を見てから名前を思い出したとか……記憶喪失すら本当なのかどうか……」


「何度も言っているだろう。彼が犯人かどうかをはっきりさせることも含めての調査だ」



 神無月鏡夜は表向き被害者として扱われていた。

 しかしまだ犯人じゃないと断定されたわけじゃない。


 だから彼らは動く。

 




・・・




(くそ……動きにくい……)



 病院でリハビリと称して歩いても必ず誰かの視線が突き刺さる。

 テレビで何かしら話していたらしいが――――顔はまだ知られてはいないはず。いや、それともネットなどで特定はされているかもしれないか。



 とにかく視線だ。

 誰かの目が俺を監視する。思わず振り返った先にいたのはあのスーツ姿の男たちであり、怪しい動きをしたら即座に問い詰めるというような目をしていた。


 まあそれ以外にも昏睡状態から目覚めた患者ということで歩いているだけで誰かに見られるようになったが。



(事実は話せない。夕青ゲームの妖精の事情なんて教えても精神が狂ったと思われるだけだ)



 妖精が素直に現実世界へ返したのも何かしらの意図があるはず。

 俺に命じた冬乃の魂を持ってくること。それ以外にも何かあるはず。


 そもそも持ってくるという言葉自体がおかしい。

 俺たちは行き方を知らない。帰るのだって妖精が勝手にしたことだ。それに自由になったことで妖精の言動を無視して動くことだってできる。



 ――――本当に、妖精が何もしなかった場合はだが。



(あの妖精が何もしないだなんてこと有り得ないだろう……)




 俺の感覚はいまだにおかしい。

 記憶さえ曖昧だ。なんというか、リセットする前の紅葉秋音としての記憶と感覚が鮮明に残っているせいか。

 もちろん鏡夜としての感覚も残っているのだ。リセットされた後の神無月鏡夜の記憶だって残っている。しかしリセット前の神無月鏡夜の記憶はない。


 まるで穴が開いた部分を紅葉秋音の記憶と感覚によって塞いでいるようなもの。

 しかしリセットした時のとそれ以前の紅葉秋音の記憶以前――――あの手鏡を通じてみた記憶などは思い出せない。


 まだ俺はぐちゃぐちゃなのか。

 それとも思い出せないでいるのか。



 ただひたすら眠って、ふと起きたら――――俺が紅葉秋音になっているような感覚がする。

 俺の存在そのものが鏡夜ではないようなときもあるんだ。



(妖精が何かするとすれば精神性のモノ……)



 俺たちをぐちゃぐちゃにしたあいつが、何もせずに現実へ逃がすわけはない。

 俺達には確実にリード付きの首輪がつけられている。


 何かをするか逃げようとした瞬間に妖精の手によってリードが引っ張られ、あいつの世界へ強制的に戻されてしまうだろう首輪が。



(確実に見られているはずだ)



 冬乃を連れてこいと言ったその言動は、すなわち冬乃と接触したら道を繋げるというようなもの。

 俺の内側でも見られている。もしかしたら心も読み取られている。



 何も知らない人間にも監視されて、妖精にもいまだに見られているだなんて事実気づきたくはなかったが……。



(どうすればいいのか……)



 一度試しにどうすれば妖精を欺けるかと考えても、数日経っても妖精から何かしらの罰は与えられてはいない。忘れられることも、その考えを捻じ曲げることもない。


 しかしそれは見逃されている可能性が高い。



(……いや、まずは行動からだ)




 看護師に話をしようと思い、俺がベッドで横になっているときに検診に来てくれた彼女に話しかけた。




「すいません。外部と連絡をしたいのですが……思い出せないのでそう言うのって調べられるでしょうか?」


「あら、誰に?」


「もちろん家族にですよ。まあ、思い出せていないのでいるかどうかすらわかりませんがね。なんせいまだ一度も僕をお見舞いしてくれませんから……」



 今必要なのは、外部との接触。


 それは最も難易度の高い方法だ。

 妖精に操られておらず、かつ警察官たちによる監視の目がない人間に限られるのだから。



 まず何も知らない看護師たちにとって家族に連絡をとるのは自然な選択だった。

 監視されている可能性は高いけれど、問題はその次からだろう。



 さて、この世界での神無月鏡夜の全てを思い出さなくては……。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る