最初から意味がなかった物語
「……うっ」
酷い頭痛に襲われて目が覚めた。何が起きたんだったか……。
しかし身体が動かない。目を動かすぐらいしか、俺に出来ることはない。
《ああ、ようやくお目覚めですかー?》
急に目の前に妖精が現れる。
俺の顔を覗き見るように、彼女がひらひらと羽を動かしつつニヤニヤと笑ってきたのだ。
「っ……妖精が、なんで……」
《うふふ。あはははっ! もしかしてまだ思い出せていません?》
思い出すとは……。
ああそういえば俺は――――白兎によって影に引っ張られたんじゃなかったか。
燕が笑って、陽葵は何もしなくて。
それで鏡夜たちが逃げようとして、天だけが諦めたように抵抗しなかった。
冬野白兎が、全てを終わらせたんだ。最悪の形で。
《ああ、まだ紅葉秋音の意識が強いようですね……まああなたの身体は紅葉秋音ですから、そのせいでしょうかね?》
瞳を見て、俺の心でも読んだのだろうか。
ただ肩をすくめている妖精を呆然と見つめながらも思うのだ。
「……俺たちは、死んだのか?」
《ふふふ。さてさてでは答え合わせと行きましょうかねー!!》
上機嫌に笑って妖精が言うのだ。
俺の疑問に答えずに……いや、今から答える気ではいるのか。
しかしそれでも――――嘲笑う顔は変わらずにいた。
《最初っから詰んでいたんですよ。貴方たちは》
「……えっ?」
《記憶をいじる? 縁を切る? それとも私のもとまでやってきて、殺そうとする? あははっ。無駄ですよそんなの。無駄無駄》
笑う。嗤う。嘲笑う。
すべてに対して虫けらでも見るかのような目で。
何もかもを――――下に見て。
《私は妖精ユウヒ。ホラーゲームのゲームマスター。そうやって生み出された設定のおかげで……神になった気分でしたよ!!》
妖精が小さな体でくるくると回る。
笑うことは止めずに、とても楽しいというような幼女のような声で。
《私と契約を最初に交わしたのは夕陽と言う名の女の子でした。直接会うことはできませんでしたけど……でも、あの子はすべてわかっていた。私が助けてほしいこともすべて! 夕陽のおかげで――――私はこうして、ただ眠っているだけの罪人ではない。復讐をするために動けた! 自由への一歩を踏み出せた!》
「ま、待て……ちょっと待ってくれ……意味が分からないんだが!?」
《あらあら。そういえばあなた記憶と魂がまだごちゃ混ぜなんでしたねー》
そういった妖精が、しょうがないと溜息を吐いた。
《もともと、貴方と私は異なる世界で生きていました。私は大昔……まあいろいろとありまして、罪人として生きていたんですよー》
「ざ、罪人……?」
《ええそうです。まあ私と言うか……この妖精としての私は一部分なだけ。本当の私はまだ眠っています》
「えっと、つまり分裂? な、何で眠ってるんだ?」
《永遠に悪夢を見ろと呪われたからですよ。神々によって人間に変えられて殺された。かの朝比奈家によってね……》
朝比奈?
……陽葵の家が関わるのか?
妖精が話す内容が分からなくて、思考がよく回らなかった。
おそらく最初の話をしているのだろう。
《私は外へ出たかったんですよ》
妖精の一番初めの内容を。
《そうしている間に――――私がいる世界とはまた異なる世界で、貴方たちがゲームを作っていました。私たちの世界に似たゲームを》
「……ゲーム?」
《ええそうです! 本当に、町の名前も生徒の名前も。私を処刑したあの家も同じだった。メインキャラクターたる貴方たちを覗いて面白いぐらいにそっくりなゲームでした!! ……でも、唯一違っていたものがあるんですよ》
にっこりと笑う妖精がこちらを見た。
その目は歪んだ口元とは違って、笑っていなかった。
《私のいる世界では、妖精ユウヒのような自由はなかった。ずっと閉じ込められていた……それが羨ましくて、妬ましくて……ああ、何でゲームの私はあんなに楽しそうなんだろうって……》
「な、んで……別世界のゲームの話だろ? 閉じ込められてるなら、何でそれを知っているんだ?」
《一番最初にこの世界へ転生して来てくれた女の子が、その全ての記憶を持っていたからですよ。それを教えてくれたんです。私に食べられるという選択をしてくれたおかげで》
「……はい?」
《夕日丘夕陽と言う名の女の子。私にそっくりな顔をした女の子がこの世界へ転生してきたんです。やりたいことがあるからと言って、私たちに喰われることを選んだ……それが最初の始まり。私はそこで別世界を知った。ゲームの存在を知った》
意味が分からなかった。
だってそれじゃあ、その夕陽と言う名の女の子は全てを知っていたということじゃないか。
この妖精よりも何かの能力があった? 桃子や天のように、何か力があった?
それとも――――もしかして、夏のように呪われていたのか?
《うふふ。いっぱい悩んで可愛いですねー! ああ、もっとこの時間が続けばいいのに……》
「何言ってんだ……まるで、終わりがあるみたいな言い方……」
《終わりはありますよ。だってここは別世界と言っても……私のゲーム世界なんですから》
「えっ?」
あれ、どういうことだ?
《さーって、妖精ちゃんの説明は続けますよ。……まあつまり、私は夕陽を取り込んで全てを知れたんです。でも閉じ込められているのは本当の事です。私はあの世界から出ることはできない。だから時間をかけて――――別世界から二人、こちら側へ引っ張ることに成功しました》
「……いやいや、チートじゃねえか! 異世界から人連れてきてるじゃねーかよ!!」
《チートじゃないですよー! だって肉体は死んでいないんですから。魂だけを連れ込んでも……それを喰らっても、私はこの神社から逃げることはできませんから》
歪んだ口元が、また開く。
《魂を喰らっても、意味はありません。ならちょっとした余興をと考えたんですよねー》
「余興?」
《ええ、私がこの世界から逃げられないなら、私の中で夕青のゲーム世界を作ってしまえばいいと思ったんです!》
「……はっ?」
顔が青ざめるのを感じた。
手足の爪先が異様に冷えたのが分かった。
だってこいつは、とんでもないことを言いやがったのだから。
だって、それはすなわち……。
《最初に言ったでしょう? あなたたちは最初から詰んでいたのだとね》
箱庭に詰められた人形が、レールの敷かれた物語を進むような気分だった。
じゃあアカネは? 呪われたと言った夏は? 鏡夜は?
《とーっても楽しい暇つぶしになりました。アハッ! 神なんて存在に頼る夏さんが私が操れないと思っているあの自信。私が操っていた星空天の直感をアカネ神のおかげだと信じ切っていたあの顔! ぷっ……あはははは! 本当に、笑えましたよ!!》
「っ……」
《神が助けてくれるなら、もうとっくにあなたたちは助かっているはずなんですよ。でもそうとは気づかず足掻いてくれたあの姿……ああ、とっても楽しかった!》
悔しい。悲しい。
そうか、全部無駄だったのか。
俺たちは何も意味がなかった。逃げることすらもうとっくに無駄だった。
ホラーゲームの世界に転生させた、そんな設定で動かされていたのかと……。
《はいはい。話はまだ続きますよー!》
ニコニコと笑う妖精が、またくるりと一回転した。
でもそれはもう不気味なものでしかない。
こいつの傍に居たくない。話を聞きたくない。
嘘だったらいいのに……。
《嘘じゃないですよ。私の話はぜーんぶ本当の事です!》
残酷なことを言って、また説明を始めたのだ。
さりげなく妖精にとって重要な部分は話す気がないのだろう。異世界へどうやって人を連れてきたのかを教えずに……とても楽しそうな顔をする。ああ、ムカつくほどに。
《私は夕陽のおかげで彼女と縁がある人をこちらへ招き入れることが出来ました。ホラーゲームをやっているから……あと、いろいろと夕陽がやってくれたおかげか、縁がある人は何人も入れて遊ぶことが出来ました。
――――でも一人だけ、捕まえられなかった。私のテリトリーだったのに逃げられたんですよ》
そういった妖精が笑う。
まるで空を見上げるように……顔を上へ向けて、笑う。
《一番最初に食べたのは白兎。食べたというよりは……まあ、人形になってもらったともいえますかね。その次は冬乃。でも冬乃は抵抗した。信じられないことに私が作り上げたホラーゲームの奥の手の届かない隅へ逃げて……そうして、まんまと私の中から出ていったんですよ! 元の世界へ帰っちゃったんですよー! もう、本当に信じられないでしょう!?》
「……白兎が?」
《ですから私は、ホラーゲームをより徹底的に管理することにしたんです》
そうして、俺に向かって言うのだ。
《神無月鏡夜はまだ死んでいません。向こう側の世界でまだ生きています。他の皆さんも……私が魂を握っているだけで、まだ生きてはいるんですよ》
「っ――――」
先ほどもそのような説明はされていた。でもこうしてはっきり言われると実感する。
身体が動かないが、もしも自由にできていたなら顔を上げて目を見開いていたことだろう。
そういえば先ほど魂を食べたと言ったが、それはただの妖精による独特な表現だろうか。
もしかしたら管理下に置かれたという意味で言ったのか。
《取引しましょうか》
にっこりと妖精が言う。
取引と言うよりは、強制的に動かされるだけの奴隷扱いだろうに……。
《私はあとちょっとで自由になれるんですよ。貴方たちの世界の魂は、こちらの世界の人間より力が強い。ですからあと少しだけ魂をこちらへ持ってきたら……あの冬乃の魂を私へ持ってくることが出来たら、私が自由になったらちゃんと元の世界へ返してあげます》
そう言って、美味い話を持ってくる。
とても悪そうな顔で、口を開く。
《ああそうだ。わざとぐちゃぐちゃにしてしまったあなたたちの魂は元に戻してあげますよ。ええっと、確か一度は鏡夜と秋音の魂を入れ替えて、二度目に燕の魂を半分にして居れたんでしたか……よし、これで大丈夫でしょう。
元の世界にいても――――逃げようとしたら、私はすぐに分かりますからね》
――――そうして、目が覚めた。
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