第五十一話 こうして皆は一つになりました






「あははははっ! 夏、お前がリセットをしてくれたおかげで揃った! そろったんだ!」


「気味の悪い笑い声を上げないでほしいっす!」


「大丈夫。もう終わったよ! めでたしめでたしハッピーエンド!! でも今回は、陽葵は苦しまなくて済みそうだ!!」


「あっ……」



 天が何かを察したかのように、青ざめた顔をした。

 

 燕の聞こえてきた声が不気味だった。

 なんだか嫌な予感がする。天じゃないけどものすごくやばいような気がする。


 これは多分、夕青を知っているからかもしれない。あの数多ものバッドエンドをプレイし経験してきた俺だからこそ分かることと言うか……なんというか……。



 隣にいる冬野白兎も怖かった。

 ここにいること自体、やばいような気がした。



(真っ赤な血の部屋。つまり……赤い……ハッピーエンドだ……!)



 夕赤のハッピーエンドで起きた陽葵以外が全員死亡したあのハッピーエンドの背景のようだ。

 真っ赤で濡れた壁も床も天井も……もしかして、陽葵が殺したんだろうかと。



「アアアアもう駄目っすね!!! 分かってるっすよあの時アカネちゃんが殺されちゃったら!!!」


「はい?」


「おいおいちょっと待てちょっと待て。これ何がどういうことなのか説明しろ!!!」


「うるせえ桜坂! 今はこっちだ!!」



 現状に精神が追い付かず発狂者多数。

 天の言葉に桃子と夏は舌打ちをして、鏡夜だけが天に聞き返そうとしていた。



「まだ手遅れじゃないだろう!! 燕は押さえてあるし、陽葵だってそこまでじゃない! お前はこれで終わりだと言うつもりか!!?」


「――――その通りだよ」



 鏡夜の声に、反応したのは冬野白兎。

 笑った顔がこちらに向けられる。



「……やっぱり神って理不尽っすよね。勝てると思っても……無理なんすよ……」


 

 天が言った声が響く。

 でもその言葉は頭を通り過ぎた。理解できなかった。逃げられなかった。

 身体が動かなかった。全員が硬直して、それを見ていた。



「繰り返しても、学習されちゃあ意味がないんすよ……結局は俺らの方が詰みだったってことっす……」



 何故天が話せたのかすら分からないぐらいには……。

 赤い壁が、その床が――――暗く影が落ちる。




《おいしそうなこどもたち》




 影から伸びてきたのは、無数の手だった。





・・・




 これは、昔々とは言い難いけれど、ちょっとだけ昔のお話。

 ――――きっと、全ての始まりとなったお話。


 何かをやり遂げるために、何かを失った。

 それだけは覚えている。



「……あ、れ?」



 目が覚めたら、視界は真っ暗だった。

 地面を歩いている感覚はなかった。

 重力の感覚もなく、壁も地面も何もない――――暗闇が周囲を覆っている。


 何があったのかすら思い出せない。私は何も覚えていない。



「……ここは、どこ?」



 記憶が曖昧で、過去何をしていたのか分からない。それが問題だった。

 ただ暗闇の海を彷徨っている魚にでもなった気分だった。魚だったらどれほどよかったんだろうかと悔いた。

 理解してしまえば、恐怖を覚える。


 光が一切来ないこの場所にいることが耐え切れなくて、ただ助けを呼ぶために叫ぼうとした刹那。



《身勝手なものですよねぇ……誰かの命を守るために、貴方の全てを差し出す羽目になるだなんて……》



「……誰?」



 不意に聞こえてきた少女の声に、少しだけ正気を取り戻す。

 誰の声なのかは分からない。でもなんだか怖いことだけは覚えている。

 


「私は……何が起きたの……?」


《取引をしたんですよー。私たちを助けてくれるって……そう言ってたじゃないですかー?》



 助ける?

 でも今助けてほしいのは私の方だと思う。


 首を傾けても、それは声のする少女には届かないかもしれない。

 でも何かを察したのか、笑い声が聞こえてきた。



《あなたは私たちと接触した。私たちに会いたいと言ってくれた。助けてくれると言ってくれた……うふふふふ! だからこんな場所にいるんでしょうに!》


「……いろいろ言いたいけれど、一つだけ質問させて」


《はい、何ですか?》



 少女の声は、とても不気味だ。

 声から察するに私より幼いのは確か。でも純粋無垢な声とは違い、抑揚がなく感情が含まれてない奇妙なもの。


 怖いという印象しか感じられない声に体が震える。

 それを考えないようにするために、私は疑問を口にした。



「こんな場所って、なに? ここは何処なの?」


《……ふふふ、あははははっ!!》


「えっ?」



 とても楽しそうな声だった。

 いやそれだけじゃない。


 分かった。理解してしまった。

 聞こえてきた声はいくつもの誰かの声と重なっていた。

 少女の声。少年の声。男の声。女の声。お婆さんの声。お爺さんの声。


 すべてが同じタイミングで笑う。口の中に何人もいるかのように、声が重なって不協和音のように聞こえてくる。



「……あ、れ……なんか。光が……?」



 暗闇の中で光が浮かぶ。

 私の頭より上の方。月明かりか何かと思えるぐらい小さなもの。


 その光の存在が嬉しくて近づこうとして――――。



《分からないんですかー? あなた、今――――私たちの中にいるんですよ!!》



 ――――背筋が凍った。


 光の真後ろに浮かぶのは様々な目。様々な口。手足もいくつもあって、それらすべてが巨大なものだった。

 ニヤニヤと気味の悪い顔をしてこちらを見下ろしている。


 まるで私が手のひらサイズの小さな人形になって、大きな人間たちに弄ばれているかのような錯覚に陥る。



《いらっしゃい。ようこそ来てくれましたね白兎さん。貴方の事……歓迎しますよ?》



 巨大な手が一つ、伸びてきた。

 それが私を掴んで離さない。


 もしかして、私を食べようというのか……!?



《さあ始めましょう。貴方を縁にして世界を――――ねえ、道は作ってくれたんでしょう?》



「あっ……ああ……!!」



 思い出すのは、死んだときの記憶。前世の事。


 そうだ。

 ああそうだ。私は騙された。


 あの時、殺されたのだ。彼女たちのせいで。

 ――――助けてほしいと呼びかけてきた彼女たちという名の奇跡を目にして、あの時勝手に動いたから……!!



「いやだ……! 私は、貴方たちを救おうとしたのよ! なんで……なんでなんで……!!」


《お馬鹿さんですね。私が欲しいのは自由です。貴方たちを犠牲にして――――自由を得るために!!》



 ゲームを作っていただけ。

 冬乃と一緒に、皆の思い出を作ろうとしていただけ。


 ああ……そうか……。




「夕陽……あいつが……っ!!!」



 ゲームの妖精、ユウヒと同じ名前を与えられた少女。ゲームルールを説明するだけの存在だったそれを気に入っていた彼女。

 イラストを制作し、声も入れて作り上げたゲームの数々。

 その中で、夕陽はいくつか分からないものを入れていた。よく分からない記号。一瞬だけ映るイラスト。明るさを調整して見えてくる隠されたもの。それら全て彼女が制作した。


 でもどうせ、ホラーゲームだからそう言うのも楽しみの一つだとかいうものだと思っていた。

 ゲームをテストプレイした時、最初とは違って狂ってきたのは何で?

 バグだと思ったそれらが――――ああ、画面を通り越して襲い掛かってきたのは、何で?


 そうか。彼女が私たちを陥れたのか。



《うふふ、理解してももう遅いですよー》



 聞こえてきた声は届かない。

 口の中に入れられる感触がして――――食べられたのだと、理解した。



《神無月鏡夜……世界の根本を壊さなきゃ……ああ、アレをもっともっとバグらせて、狂わせて……アハハッ!! もう少しだけ熟成した後に食べてしまったら、どうなるんだろう!!》



 遠のく意識の中、無邪気そうな声が頭に響いた。



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