第五十話 朝比奈家の秘密




「な、なんで……?」




 何が起きているのかが分からない。

 しかしこちらへ殺意を向けた二人の目は変わらず、俺達を確実に殺そうとしているのだけは分かった。


 殺意なんて生きてきた中で感じたことのなかったものだったはずだ。それなのにすぐに分かった。

 陽葵の鋭く燃えているような目が。燕の冷めているようで逃がさないという黒い感情ばかりが見える目が俺たちを捉えて離さないからだ。


 白兎は何も言わずに呆然とそこを見ていた。

 俺だってよくわからなかった。何が起きているのかすら混乱しきっていて、彼らを見ることしかできない。

 しかし桃子だけは違ったらしい。



「ちょっと! わたくし達はあなた達の敵ではありませんのよ!?」


「敵じゃないのは分かってるさ。でもボク達は敵と味方とかそういうのどうでもいいんだよ」



 吐き捨てたような声で言う燕がポケットから取り出したのはカッターナイフだった。

 包丁を手にしている陽葵と同じで武器を手にしている。


 確実に俺たちを殺しに来ているのだと分かって、体が震えた。



「……あなたたちがそうなるというのは分かっておりましたわ」


「えっ?」



 桃子ちゃん。今分かってたって言ったか?



「何を唆されたのかは分かりませんし、知りたくもないですけれどね! わたくし、これでも巫女もどきですので!!」



 二人へ向かって走って近づいてきた桃子。

 陽葵たちは警戒をしているようだが、すぐに殺そうとはしていないようだった。


 片手を伸ばし、燕の身体を――――俺の時のように、何かの攻撃でも加える気かと思った。

 しかしそれを予想していたのか、燕に攻撃が当たる前に陽葵がその手を掴んで捻る。



「陽葵の前じゃそんな攻撃当たらないよ」


「ええそうでしょうね!! でも分からないのかしら、黄組はわたくしだけじゃなくてよ!」


「なっ―――――!!?」



 アッと、声が出た。

 驚いたのは俺だけじゃないらしい。



「星空天……か?」


「そうっすよ秋音ちゃん! とりあえず二人を止めないといけないっていうのだけは直感でわかるんで!」


「うぐっ……!」




 燕を床へ倒し、天がその上から身体を押さえ込む。

 陽葵がそれを見て天に向かって攻撃しようとしていたが、短いスカートがふわりと上がりつつも桃子の足が彼女の包丁へ向かって蹴り上げられた。



「少し眠っていてくださいな!」


「っ!」



 陽葵は何も言わずに、その蹴りを顔面で受けた。

 そうして倒れた彼女と押さえ込まれた燕。血濡れの上に押さえ込まれているので顔とかが若干赤く染まっているが……。



「これから貴方たちを浄化いたしますわ!」



 聞こえてきた声に、疑問が確信に変わった。



(ああそうだよな。浄化ってことはやっぱりおかしいよな……赤組って……ここまで弱かったか?)



 あの可愛いマスコットみたいな小虎とあの朝比奈陽葵の立派な犬となっていた狼牙さえいないのは……ハッピーエンドの先を想像すれば分かるけれど……でもそれは、陽葵が仕掛けた行動だから受け入れたのだ。

 本来の赤組はもっと血の気が多くて、陽葵のことを慕っていて……そして化け物相手に命すらなげうち勝利を掴もうとする連中が多いはずだった。


 陽葵があそこまで何も喋らず、また仲間であり大切な存在である燕が攻撃されても何も叫ばないのはおかしいような気がする。



「未雀燕……お前何したんだ?……」



 ただ心の中で思っていたことが口に出た。



「秋音ちゃん、ちょっとだけ昔話をしてあげるね」


「えっ?」


「陽葵ちゃんの事と、最初の事」



 俺の呟き声を拾ったのは、隣にいた白兎だった。




・・・




 朝比奈家が産む子供は絶対に男でなくてはならない。

 娘は忌み嫌われる存在とならなければならない。さもないと生きることができない。

 それがしきたりだった。その裏に伝わっている話は、朝比奈家でしか知らない恐ろしいモノばかりだった。



 昔とは言っても、そこまで大昔の話じゃない。

 今から数えれば十五年前。ちょうど可愛らしい女の子が朝比奈家に生まれた。


 でもその女の子は一番最初に生まれた子供だった。

 生まれてはならない子供が生まれた。朝比奈陽葵と言う少女だった。



「ああ、何故私の娘が!!」



 母は泣いた。父も嘆いた。

 でも結果は変わらない。生まれた子供に罪はない。


 朝比奈家のしきたり。そしてその大昔から伝わる伝承はもしかしたら現実のものにならないかもしれないと希望を持とうとしていた。


 しかしその希望は早々に潰れる。



「お母様。アレはなに?」


「えっ?」


「あそこで笑って手招いている生き物は何?」



 母は見えなかった。

 何がいるのかすら分からなかった。

 おぞましい。恐ろしい。母は娘が怖く感じた。


 しかしそれでも母は娘を愛していた。

 何が見えているのか聞く必要があった。そしてそれを止めさせる必要があった。


 見えないものを見ようとしなければ――――もしかしたらと考えていた。



「な、なにが見えているの?」


「……説明しにくいから、絵で見せてもいい?」


「え、ええ。もちろんよ」



 陽葵が色鉛筆を持って一枚の紙に何かを描いていく。

 それはまん丸の月のようなとても大きな両目だった。青いものだった。

 それは尖った奇妙で大きな耳だった。なんだか黄色いものだった。

 それは人間とは思えないほど引き裂かれたような大きな口だった。赤色で塗られていた。

 それはとても長い手足だった。気持ち悪いほど真っ白だった。

 それは長い長い髪をしていた。真っ黒で塗りつぶされていた。


 それは、化け物の形をしていた。



「ひっ……」



 母は悲鳴を上げた。それは当然だ。

 幼い子供が。まだ小学一年になったばかりの小さな子供が、奇妙な絵を描いて自信満々な表情で母に見えてきたのだから。



「こ、これが……見えていたというの?」


「はい! 今もそこにいて……」


「ッ――――もう二度とそれを口に出して言うな!!!!」



 母は陽葵の手を引っ張った。

 陽葵は良く分からず困惑していた。ただ母が自分のせいで悲しんでいることだけは伝わった。


 涙を流していた。

 ああ、娘を産んでしまったばかりにと嘆いた。


 朝比奈家ではそのまま、長い時間悲しみで満ちていた。

 笑い声が聞こえることなどありはしなかった。


 母は父に相談し、この夕日丘町から逃げることに決めた。そのために町の縁を切っておこうかと念入りに慎重に行動することに決めた。

 しかし――――やってきた家族に対して、五色町の神社の神主がお勧めしなかった。



「七つまでの子供は神の子。見守られているからこうして生きてこられたのだろう。私も息子がいるが……いやそれはいい。とにかく離れても縁を切っても繋がりは消えないよ。君たちの血は朝比奈の者なのだから」



 朝比奈家は大昔から代々伝わる夕日丘の町の番人。

 悪いものを通さず、良いものだけを入れていくいわば狛犬のような役割を担っていた。


 その血は女を嫌った。

 朝比奈家はある起源たる罪人である女を処刑した際―――ーその身に呪いをかけられたという。


 そのせいで娘は長く生きられない。

 変死をするか、行方不明になるか。もしくは発狂して自殺してしまうか。


 神主は娘を見ながら冷静に言うのだ。



「この町での元服は十三と決まっている。十三歳の時にここにまた戻ってくるんだ。中学校入学式できっと……私の息子達……いや、あの子が助けてくれるだろう」



 その神社に住む息子は複数いた。

 その中には血のつながった子供がいて、そして義理の息子もいた。


 義理の子は事情があって中学校まではここで育てて、そのあと親戚へ行くことになっていたが……。

 直感が囁くのだ。彼女に必要だと。



「一度だけでもいいから、今から会いに行くかい?」


「……ん」



 陽葵は両親の嘆きと生まれてはいけなかったという聞きたくない言葉に心が傷つき笑うことが出来なくなっていた。

 我儘さえ言わない良い子になっていた。


 両親はそんな陽葵のことを思い泣いていた。

 いつか来るかもしれない悲劇を思い、悲しんでいた。未来を思ってほしいと。希望を持ってほしいと両親は嘆く。


 そうしている間にも神社にいた神主の子供がやってきた。



「はじめまして、陽葵です」



 何もかもどうでもよかった彼女は、ただぺこりと頭を下げた。

 そこにいたのは、小さな子供。




「はじめまして燕です!!!!!!!」




 どうやらやんちゃ坊主のようだった。

 その身体に似合わず大きな声とキラキラ光る笑顔は眩しかった。


 それが二人にとっての初めての出会いだった。




・・・




「――――ということ」



「……いやいや。ちょっと待って!?」



 あれ、なんかその神主の義理の息子でいつか出ていかなきゃならない位置って転入生じゃん!?

 夕青2に出てきたあのトラブルメーカー転入生じゃんか!?


 でも彼は名前が季節のものと同じ。燕なんて名前じゃなかった。

 別人だったはずだ。黄組と交流があるから天が動いたというのなら分かるけれど、それでも……。



「何でそれを、お前が話すの?」



 これは嘘なんじゃないかと思いながら、白兎を見た。

 白兎は俺を見て――――にっこりと笑った。



 その顔を見ただけで、背筋がぞっとした。




「ここにいたか紅葉っ!」


「えっ」


「おいおい何だよこの状況は……?」


「は?」


「ちょっと待って。ねえこれやばいんじゃ……」


「えっ?」


「あああああああ何でここに来ちゃったんすかあああああ!!!!」



 天の悲鳴が、何かの笑い声と重なる。




「アハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!! ようやくそろった!!!!!」




 その嗤い声は、妖精に似ているように感じた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る