第1話 始まりの恐怖は彼女たちから
きっと全ての始まりは、丘の上に立つ建物からだったのだろう。
夕日がとても綺麗に見えるという理由で建てたその一軒家に住む夫婦の間に生まれた娘は、空を見上げるのがとても大好きだった。
朝焼けを見るのが好きだった。
昼間に輝く太陽を見上げるのが日課だった。
そして夕焼けを眺めて、星空に浮かぶ大きな月を見続ける。曇っていても、雨が降っていても……雪でも雷でも何でも、そういう空を眺めるのが彼女はとても大好きだった。
そんな毎日を過ごす少女がある日、笑いかけてきてある作品を見せてきた。
「ホラーゲームの作品作ったんだよ。まだ未完成だから……鏡夜君にプレイしてほしいんだ」
誰かと共に作り上げたというその作品。
彼女はそこのシナリオを担当していたらしい。
しかし一人だけおかしいキャラクターがいた。
「俺たちの名前が全く同じなのはまあ良い。でもなんでお前らの名前は一緒にしてるんだ?」
「白兎ちゃんがそうしてほしいって言ってたからそうしたの。それにこの子、隠しキャラクターなのよ!」
「隠しキャラクターを隠さなくていいのかよ……」
「キャラクター自体は隠してないから大丈夫だよ。重要なのは中身だからね!」
「……まあ、面白そうだしやってみるよ。……そういえば、他の奴等には?」
「完成したらやってもらうよ! えっと、紅葉秋音ちゃん……だっけ? その子にもやってもらうつもり!」
「ああ、そういえばお前らはまだ会ったことなかったな」
「でも良い子なんでしょ? だから会うのが楽しみだよ!」
夕青と略されたそれは、ノベルゲームが大前提となった選択式のホラーゲーム。
そこにいる妖精の夕陽……ではなく、ユウヒによって巻き起こされる非日常の物語だ。
空が大好きなあいつらしいゲームだった。
そしてキャラクターは俺たちに少し似ているミニキャラで表現されており、そこまで細かく作られているわけではないらしい。
表情も笑うか無表情かの二つしか存在しておらず、キャラクターの性能としては未熟な部分があった。
しかし暇つぶしに行うフリーホラーゲームのような感覚で楽しめた。
自分の名前と同じキャラクターが主人公と言うのは、少しばかり恥ずかしいが……。
事前にホラーゲームを作ると宣言し、俺たちの名前を使う許可を出していた。
一人だけ都合が悪く連絡がとれなくなっており、了承できていない少女がいたが――――その弟が「姉ちゃんなら大丈夫だよ」と言って勝手に巻き込んでしまっていた。
いつものような日々は、突然変わっていく。
ゲームが立派になるにつれて、事態は急速に悪くなっていく。
「助けて鏡夜君。白兎ちゃんがね――――」
この後俺は、死んでしまったのだろう。
記憶の中で見えたのは、何かの大きな口に引きずり込まれたいくつかの手だった。
・・・
思考が切り替わる。
先ほど見えていた記憶がまた戻っていく。
「先に言っておくが、夕日丘神社……つまり、フユノ神社には絶対に寄るな。
それは誰かに向けてのもの。
先ほどと同じく自室で、薄汚れた手鏡を手に大きな独り言を言う。
「妖精が頭を覗くタイミングは、現実から境界線の世界へ入り込む瞬間だ」
ベルトコンベアで運ばれてくる食材を見定める人間のように、妖精は招き寄せた人々の頭を覗いてくる。
それを止めることはできない。妖精が俺たちの縁を結んで手招いているのだから――――それを回避する方法は縁切り以外に方法はない。
頭を覗かれることは覚悟しろ。
興味を持たれる状況は仕方ないと諦めろ。
「縁切りを望むのならアカネ神に頼め。でも代価は必要になる……これをやるのは最終手段だ」
それに、妖精との縁切りは一時的なもの。
夕日丘高等学校に在校生としている以上、切られた縁は自然と戻ってしまう。再び結び直されて呼び戻される。それも次は強固な縄のようにして、二度と逃がさないというように。
「――――つまり『行きはよいよい帰りはこわい』だ。問題は境界線の世界から帰るとき」
今の俺は、まだ入学式を終えていない。
だから妖精はそこまで詳しく俺たちを知ってはいない。
「妖精が頭の中を弄るのは、クリスタルの中にある生命力を返してきた瞬間だ。その中の一部に――――妖精の力が眠っている。俺たちが現実に戻った瞬間、妖精もまた俺たちの頭の中に入り込むんだよ」
――――でもそれだけじゃない、と俺が言う。
「現実で起きた夕日丘の事故や事件があまり目立っていないのは何故か知ってるか? ――――過去を捏造する力があるからだよ。事実に嘘を混ぜ込んで、それが本当のことだと思い込ませるんだ」
……しかしそれなら、ノートや写真の意味はなんだ?
記録はちゃんとあった。古ぼけていてかなり年数が経っているのも分かった。事実を捏造するというのなら、その物証の意味が分からない。
それに他にも疑問点は残る。
――――これらの意味する答えはなんだ?
「詳しい説明は時間がないから自分で答えを見つけろ。今大事なのは生き抜くために必要なことと、正気でいるためにどうすればいいのかだけだ」
俺の疑問は、この『俺』は答えない。
ただ説明するだけだ。
「妖精は嫌なことははっきりと顔に出す。それは妖精にとって不都合な事実だからだ」
だから、一番やらせたくない行動をとるのが良い。
そういう感情が伝わる。
「クリスタルを破壊して、自分だけでもいいからクリスタルの一部を取って生き残れ。化け物に喰われないよう逃げろ。あの冬野白兎は気にするな。いや……繰り返しているのだとすれば、もう彼女がこの世界に出ることはないかもだが。とにかくそれで――――もしもできるのなら、紅葉秋音と共闘して妖精を殺せ」
もしもできるのならと、俺はあまりにも不可能なことを言ってきたのだった。
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