第0話 最初から詰んでるゲーム







 前世の記憶なんて、俺の中にあっても仕方がないだろう。そう思っていた。

 記憶を思い出しても、重要な事実を忘れてしまっては意味がない。


 ずっとずっと、生き残ってきたから大丈夫だと思っていたのに……。



「姉ちゃんどうしたの? 早く行かねーと高校に遅刻するぞー?」


「分かってる! お姉ちゃんはちょっと用事があるから秋満は先に行ってて!!」



 戦える力がなかったのが行けなかったのかな。

 ずっとずっと、逃げてばかりだったからいけなかったのかな。


 今ようやく思い出したのだ。

 思い出してしまったのだ。


 俺は弓道部なんて通ったことはない。

 弓矢の経験はない。――――練習したら覚えるかもしれないが。


 それでももう、意味はない。



「遺書を……書かなきゃ……」



 身体が震える。

 涙を流して、弟に気づかれないよう必死にいつものようにふるまっておいたけれど――――。



 この世界は、バッドエンドを終えた後の世界だ。

 今の俺は確定死亡ルートを刻んだ主人公と同じだ。

 クリスタルを防衛失敗し、敗北を経験してしまった。それも何度も何度も、死んでしまったんだ。


 不運は押し寄せる。

 死はすぐそこまでやってきている。



「思い出せたのが……入学式前だったら……始まりの頃だったなら……」



 俺だけじゃない。協力者がいたならよかったのに。


 ああ、神無月鏡夜に頼むには手遅れだった。

 彼はもうとっくにこの世にない。海里夏さえいない。桜坂春臣もいない。別のクラスには頼めない。

 赤組の朝比奈陽葵も、黄組の星空天も行方不明。


 ゲームの全てが……俺にとって最悪の形で終わってしまった世界だった。


 でもこの世界は、主人公がいなくても未来へと進み続ける。

 しかし永遠に先があるわけではない。いつか終わりがやってくるのだろう。



 ポタポタと、机に涙が流れ落ちていく。

 立つことが出来ない。身体に力が入らない。

 怖い。怖い怖い。


 夕青なんていうゲームの記憶を思い出すのが遅くなければよかったのに。こんな気持ちになるぐらいなら、思い出さない方がよかったのに。


 ああ、もう俺は死ぬしか―――――。




・・・



 ノイズが走る。

 手紙を書こうとしていた視界が真っ暗へ染まっていく。


 恐怖に震えていた気持ちが消える。

 先ほどの感情が一気に他人事のような感覚へ陥る。


 なんだ……?




『ああごめん。ちょっと間違えた。こっちの記憶でしょ』




 海里夏の声が聞こえて、汚れていない綺麗な薄紫の鏡が一瞬だけ視界に映った。



 ――――そうして、また視界が暗転する。

 俺の意識は消えて無くなる。





・・・




 夕青ゲームはあらゆる意味で詰んでいるゲームだ。

 新品のゲームを買えば、それでリセットを繰り返してもソフトの中にその記録がされる。

 死亡すればリセットしても意味がない。ちゃんと死んだ扱いになってしまう。


 だから幽霊は出る。

 自身の身でその『死』を認識すれば、それが消えることはないのだから。


 死んだものを生き返らせるだなんてこと、あってはならないのだから。



「さて……どうするべきか……」



 転生した俺は、神無月鏡夜としての身体だった。

 夕青こと、『ユウヒ―青の防衛戦線―』のゲームで生き残る術はない。神無月鏡夜は絶対に死ななくてはならない。ここに転生してしまった時点でもう答えを出しているようなものだ。



 手鏡は……ああ、ちゃんとあるな。

 でも赤く薄汚れているということは――――アレがもう何度も■■した世界か。


 それともこの世界での幼い俺が何かやらかしたのか。



「この記憶は、誰かのための記録になるはずだ」



 手鏡を手に俺は口を開く。

 部屋の中にある姿見を見て、ちゃんとそれに布をかぶせてからだが。


 ちゃんと引き継がせないといけない。

 俺は妖精に喰われてはならない。でも自殺は悪手だ。やるべきことはきっちり済ませておこう。



「ちゃんと見ておけよ」



 部屋の中には誰もいないというのに、まるで誰かに話しかけるように俺は言う。

 どうせ明日になったら夕日丘高等学校の生徒として入学することになるのだから、それを活用しなくてどうするのかという思考でいっぱいになる。



「頭を弄られない方法について、説明してやるよ」



 しかし――――気が付いたら記憶を思い出したという感覚がなんだか初めてな気がしない。何度か繰り返したような……。

 きっとこれは、気のせいなんかではないはずだ。



「紅葉秋音は絶対に生かせ。それと同じく――――彼女の頭を妖精に覗かれるな」



 まだ妖精は覗いていない。入学して名前をその学校へ刻まなくてはいけない。それが妖精の領域へ招くためのルール。


 彼女の頭を弄ったのは別の人物。

 妖精にだけは知られてはならない。アレが■■となれば、面倒な事態に陥る。



「彼女はもともと主人公の補助をするキャラクターでありヒロインだった。防衛戦においても最大の活躍をする女だった。妖精を倒すことのできる唯一だったんだ」


 

 思い出すのは前世の記憶。

 でも、妖精がこちらに目を付けてきた日から。

 ゲームに決定的なバグが起きたあの日から――――。



「ゲームは最初から壊れていた」



 俺が紡いだ声に合わせて、少女の笑い声が聞こえてくる。



 誰もいない自室だというのに――――海里夏が笑う声がしたのだ。




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