第四十三話 誰が知り、誰が知らぬか
(……くそ、頭が痛い)
記憶が流れ込んでくるようだった。
入学式はぼんやりとしていてあまり思い出せない記憶だったはず。
確実に俺の頭の中から消え、もう二度と取り戻せないと思っていた忘れていたモノだった。
しかし何故か、俺はその全てを覚えている。
でもそれだけだ。
夕日丘高等学校以前の――――過去に起きた何かしらの出来事については覚えていない。
おそらくリセットと言っても制限があるのだろう。
ああしかし、本当に何故俺は覚えているんだ。
ここの場面だって知っている。
ここで紅葉は俺に全てを打ち明けてくれた。そこが始まりだったんだろう。
首を傾けて不安そうにしている紅葉に軽く笑いかける。
彼女の様子を見る限り、どうやら俺のように何かを覚えているわけではなさそうだ。
それと同じく、あの記憶の中にある紅葉と同じに感じた。
俺の考えが正しいのなら――――彼女の頭の中に、妖精は入っていないかもしれないが。
(ここが過去だというのなら、なるべく別の行動は避けた方が良いか……)
バタフライエフェクトを引き起こして最悪の過去にしてしまってはいけない。
まだ始まったばかりだ。紅葉に関しても考えなくてはならないが、今は話したい相手がいた。
紅葉が話す入学式の後に行われる化け物退治の内容に半分演技を通して信じられないというような顔を作りつつも――――。
彼女と別れて教室の中へ入り、すぐさま行動を開始する。
「海里夏、ちょっといいか」
「もちろん構わないよ。鏡夜」
その反応だけでわかる。
紅葉とは違って、彼女はきちんとあのリセット前のことを覚えているのだろう。
・・・
先ほど紅葉に連れてこられたこの裏庭にて人がいないことを確認する。
そして海里を睨みつけ、口を開いた。
「……覚えているのは俺とお前だけか?」
「いいや。陽葵と天は覚えているはずだよ。あとはあのアカネ神かな」
「そうか。……あと、リセットと言ったが過去に戻るということがお前の力か?」
「まあね」
「では、お前のリセットは完全に時が戻るということか? ……いやでもおかしいだろう。俺は過去の一部の記憶を奪われていたんだぞ。なのに何故俺は奪われた記憶の一部分を思い出しているんだ? 奪われたということ自体が過去へリセットされて無くなったからか? それともこの……手鏡のせいか?」
取り出して見せたのは胸ポケットにいつの間にか入っていた。
赤組で最初に朝比奈が見せてくれた薄紫色に輝く手鏡。
あの朝比奈が見せた時のような濁りはいない。赤黒い汚れもない。
しかし何か普通の手鏡とは違う気がする。
これは大事にしないといけないような、そんな予感に襲われる。星空じゃないというのに何故そう感じられるのかすら分からない。
「……ねえ鏡夜、それについて何か知っているみたいだけれど……誰にどう説明されたの?」
「朝比奈からだ。これは命綱のようなもので、ゲームではセーブポイントのようなものだと言っていた」
「そっか」
「……違うのか?」
「いいや、違わないよ。今のその手鏡だったらちゃんとした純粋なセーブポイントとして鏡夜の入学式当日からの記憶を保存してるはずだからね」
やけに意味深な言葉を吐く。
それを説明する気はあるのだろうか。
だいたい、いつもそうだ。
こいつもそうだし、他の連中だってそうだ。何かしらの事情を抱えていて、それを説明する気もねえ。
まあ信用されてないのは分かるし、俺も他を信じる気持ちは失せてるがな!
それにしてはもう少しだけ――――情報共有というものがあるだろうが! 報連相を大事にしろ!!
(ああくそ……苛立つな落ち着け……)
大きく深呼吸をして、気を紛らわす。
とにかく今は海里の情報が先だ。真実かどうかすら分からない状況だから、余計に感情に振り回されては駄目だ。
あの校庭で、海里が言った言葉が本当だとしたら情報の中に確実に嘘が入っているだろう。
でも今は――――今だからこそ、話せる内容がある。
「妖精は入学式のあの境界線の世界へ招いた後から頭を覗くのか? 今は何もないのか?」
「ああ……リセットをしたことはバレているから、あの世界へ招く、もしくはアップロードされなければまだ大丈夫だよ」
「アップロード……とはなんだ?」
「ふふ。質問ばかりだね? まあそうなるのは当然か」
「チッ……答えろ海里! もう入学式まで時間がないんだ!」
俺の怒声に海里は笑う。
しかし彼女は――――以前のような馬鹿にしたような顔でも、諦めきったような目をしているわけでもなかった。
「時間がないのはこっちも同じなんだよ鏡夜。それに私は現実で使える力は時を早める力しか残されていないんだ。もう戻ることは許されてない」
「なっ……」
「だから――――このぐらいだったら、あの向日葵桃子と同じで精神に作用させることは可能だ」
海里が俺に向かって近づく。
俺は彼女に警戒する気は起きなかった。
敵かもしれないと思う気持ちは、俺を助けてくれた時点でなくなっている。
味方かと思えば微妙だが、俺を殺すメリットはないと思っているはずだ。
そして海里の目は、生きるために必死に足掻こうとするものだった。
吐息が肌に感じられるぐらいまで近づく。まつ毛の一本一本が見えてしまうほどの近距離でも関係ない。
海里夏は、真剣な表情で言うのだ。
「私の目を見て――――そして思い出して。一部分だけでもいいから。アンタは二度、頭を弄られているはずだ」
その目を見ていると嫌な予感に陥る。
何か、暗闇を思い出すような――――。
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