第2話 定石を踏んだ記録
「……時間は経った。もう俺に同調して見てはいないはずだ。俺自身としているというよりは、映画感覚で記憶を見ているんだろう?」
ああ、そういえばそうだ。
最初は俺の考えが手に取るようにわかっているのに今は違う。
この俺と、今の俺は確実に違うと分かる。夢ではない。これは海里夏が見せてくれている過去の俺だ。
「さて、先ほど妖精を殺すと言ったが、そっちで何とか出来るように考えろというような無責任なことはしない」
俺の声が真剣なものに変わる。
絶対に忘れるなと言うような口調で、聞き逃してはならないと分かる声で説明する。
「人類における終末兵器を意味する害虫。悪戯に人の魂を弄ぶモノ。境界線の世界を管理させられている犯罪者。ホラーゲームではそういう定義としてキャラクターを作ったんだ。冬乃と白兎の二人によってな」
長く深いため息が聞こえてくる。
思い出したくもない記憶のようで、怒りの感情も滲み出ていた。
「人の想像だけで作ったホラーゲームのはずだった。それ以外は他のゲームと同じ……いや、それより下の身内だけで楽しむゲームにするはずだったはずなんだ。ただそれは本当に偶然だった。何億という奇跡以上の確率で起きた偶然だった」
それは、想像などではない。
断定的な声でもって話す内容だと感じた。
「彼女たちの作ったホラーゲームは、異世界の現状を表していたんだ。……妖精以外はな」
――――ただそこに、主人公やヒロインがいないというだけ。モブしかいない、妖精たちしかいない。そして妖精もその定義は異なる。あのユウヒと言う名の妖精は、おそらく全く異なる生き物だろうと俺が言う。
彼女たちが作り上げたキャラクターはいないゲームの世界が現実にあったのだと話す。
「偶然はまた偶然を呼んだ。俺たちはまた不運を引き起こした。夕青のゲームを全く似た異世界にいた妖精が――――たまたま、俺たちのホラーゲームの世界に干渉したんだ。いわゆる俺たちの世界で、彼女たちが作り上げたゲーム世界を見つけて……それでこのざまだ」
それ以上は何も言わなかった。
違う……もうとっくに終わった出来事だというつもりで、言えなかったのだろうか。
「でもいくつか同じなおかげで、協力できる神はいた。アカネ神もそこに含まれる」
アカネ神。
五色町に住んでいる、妖精を寄生虫としてしか見ていない、何か行動できるのならすぐさま切り捨てる気満々で敵意を持っている女神。
縁切りの力を持っているであろう神様。
「でも、神様は理不尽で協力的と言うよりは契約に縛られている。だからあまり期待はするな。……ああそうだ。そちらにいる紅葉秋音の様子はどうだ? きっとお前のいる紅葉秋音は……俺と同じような口調になっているはずだ。性格も異なるかもな」
鏡をじっと見つめては、悲しそうな顔をする。
幼い俺――――すなわち、この記憶を取り戻す前の俺が何かやらかしたとしてもきっともう平気だろうと言いつつ、また説明をし始めた。
「ここにいる今の俺の記憶は妖精に悪用されてはいない。頭の中を覗かれてはいない。弄られていたのだとしたら――――この手鏡は妖精にとって不都合なものだからな」
手鏡にぼんやりと映った俺は、なんだか自嘲気味な笑みをしているように思えた。
そして言いにくそうにだが、はっきりとした声で――――。
「時間軸か世界軸……まあどちらかが異なるが……幼い頃、記憶の戻った俺は紅葉秋音をわざと鏡の世界へ送った。あの時にきっと妖精たちに会うだろうと考えていた。奴が秋音に手を出してその魂を喰らおうとするのは分かっていたんだ。それを考慮して……わざと俺は食わせた」
もしも今、俺に身体があって行動ができるとしたらこいつのことを責めていたかもしれない。
「それでも無事に帰ってくると思っていた。彼女の力の性質上――――妖精が嫌う魂だから、喰われずに帰ると」
それはある意味、罪の告白。
秋音を見殺しにしたと同じ言葉を吐く。
「紅葉秋音は普通の人間とは少しだけ異なる。この世界においてあいつは俺と同じく重要人物だ。だからこそ食われても大丈夫だと判断していた。あいつを食っても妖精はすぐ危険と判断して吐き出すと思っていた。駄目だったならこの命を使ってでもアカネ神に頼もうと思っていた」
……これらの話を聞いていて思う。
俺はなぜ記憶がないのだろうか。
何故紅葉は前世でホラーゲームをしたという記憶が残っているのだろうか。
ぐちゃぐちゃになったというのは、俺と紅葉の中身がぐちゃぐちゃになったという意味か?
「でも違った。俺の判断は間違っていたんだ。……妖精だけじゃない。問題はそれ以外にもいる。複数の敵がいる。そして妖精は、様々な世界を見て学習している。俺が転生者だということも分かって行動しているんだ」
俺の感情が流れる。
恐怖。怒り。恨み。悲しみ。
そして――――希望。
妖精が事前に分かって行動しているというのなら、どう動けばいいのか分からないようにすればいいと。
「ホラーゲームの設定では……夕日丘において堕神を沈めた巫女の子孫として考えられていた。その紅葉秋音がモデルとなった人間は現実世界にちゃんといる。俺たちとは違ってまだ奴に殺されてはいない。引きずり込まれたわけではない」
想像が現実となった時、それは確実のものとなる。
キャラクターの設定も同じように意味する。
あの妖精がどこかの時間軸か世界軸において力を行使し、ホラーゲームに似た世界になるように現実を捻じ曲げて作り替えた可能性があるとすれば……。
「紅葉秋音の力はもうとっくにない。破魔の矢の効果は――――ある世界線において妖精が都合の悪いものとして処理し破壊した。それ以外もだ。……だから俺たちは、まあ簡単に言えばぐちゃぐちゃになることを選んだんだよ。俺の知識も彼女の力も……それと同じく他の能力も」
この世界で妖精が処理をする前にぐちゃぐちゃにしたから、その力がない者に『力を失わせる』だなんてことできないだろう。
でもそれをやる前に、燕によって面倒な事態にされてしまったが……と、俺が溜息を吐いた。
「話が逸れたな……とにかくまずは紅葉秋音の頭を覗かせないことについて話そう」
――――俺が手鏡を見た。しかしそれは一瞬だけ。
そして窓の外を見上げたのだ。
「紅葉秋音は鏡合わせを行って境界線の世界へ飛ぶことが出来る。それは過去に実証している。設定も同じだった。妖精によって魂を握られ、招かれるより先に――――彼女にはあちら側へ行ってもらう。そうすれば頭は覗かれずに済む」
……それは、紅葉秋音にしかできない行動なのか?
もしもできるのなら、俺も共に行けたらいいんだが。
「このやり方は、紅葉秋音にしかできない方法だ。彼女の魂そのものがまだ現実とリンクしていないからこそできる。先祖に夕日丘の巫女が関わっているからやれることなんだ」
まるで俺の考えを読み取ってその疑問について答えてきた。
しかしそれなら紅葉秋音が頭を覗かれる心配はない点については大丈夫だろうが……。
「妖精は学習している。紅葉秋音が未来の可能性を潰す敵と分かった以上、彼女を真っ先に無力化させるはずだ。魂や中身がどうなろうと構わず潰しにかかるだろう」
ああならきっと、あの時は最初から間違えていたのか。
妖精に知識があると話したのも、俺のことを興味持っていたのも。
妖精こそが、強くてニューゲームな状態になっていた。だから俺達を詰ませにかかっていた。妖精にとってのハッピーエンドを目指していた。
じゃあ、あの校庭の最後に見た紅葉秋音は……。
……ん?
いや待て。でも彼女は何かが違った。俺に謎を解かれたがっていたように見えた。
あれは本当に妖精か? もしかしたら、違う何かの可能性もあるのか?
そんな疑問にこの俺は答えない。映画の向こう側にいる人物が視聴者に対して受け答え出来ないのと同じように、俺もまた読めない疑問には答えない。
「妖精はおそらく秋音に前世の記憶が混ざりこんだとみているだろう。学習しているから、真っ先に秋音の頭に入り込もうとするはずだ――――そこを阻止する意味で境界線の世界へ先に入ってもらう。その次に、ぐちゃぐちゃになっている俺たちを元に戻す。そのために冬野白兎が必要になるんだ」
彼女の力によって、俺たちは混ざり合ったようなもの。
それによって異なる未来を歩めるようになり――――妖精が望むハッピーエンドを遠ざけるに至ったともいえる。
しかしぐちゃぐちゃになったせいで、妖精の行動が読めなくなったともいえるのだと。
「秋音に平手打ちされる覚悟だけはしとけよ」
まあ、この記憶を見ている俺が『過去の俺』だとするならば、それぐらいはやって当然だろう。
問題は冬野白兎の存在だが……。
「神社にいる白兎は信じるな。でも一番最初に出てきた白兎のことは……妖精は観測できない。一番最初はまだ知らなかった。見れないんだ。いや……見れないはずだ。神の力が薄く、神域から境界線の世界へわざわざ俺たちを見るために来ただけの存在だから。そうなるように『現実の冬乃』が初期にゲームで設定していたから」
でもそれは、妖精が想像以上に行動範囲を広げていたならば無理なこと。
未来を知られている以上――――紅葉秋音の頭を覗かれていることと、今までの過去の俺たちの前世の記憶を見られているのだから対策はされているはず。
「見えないが妖精はちゃんと知っている。妖精が冬野白兎の姿を偽って接触する可能性が高い。本物を消しにかかるはずだ。だからその前に本物の冬野白兎に会ってくれ」
どうやって会うのかは、この俺は言わなかった。
「これから俺は、自分のセーブデータを破壊する。つまり前世の記憶を壊す。……またリトライさせられる時は、俺は真っ白な状態になるはずだ。記憶を思い出せず、何も分からないまま夕日丘高等学校に入学することになるだろう。知識については秋音が持っているはずだ。対応できない場合は……妖精に頭を覗かれて弄られる可能性が高いから……その時は諦めろ」
きっとそれは、最初の俺たちの入学式を意味しているだろう。
でも言いたい。それは絶対に無理だろうと。
記憶のない俺と、記憶があってもそこまで思い出していない状態のまま対応ができなかった紅葉秋音。
だからあの妖精の世界に連れてこられたのか?
それとも最初から詰み状態だったのか?
「これは一度目のルートについての話だ。妖精が秋音の頭の情報を知った。引き継いだ俺もまた、こうして記憶を見ることが出来た。――――その次がチャンスなんだよ」
これはもう失敗は許されないもの。
それこそがきっと最後のチャレンジなんだというように。
「妖精を殺す意味はある。まあ物理的に殺してもまた蘇るがな。でも殺せば――――その時の防衛戦において頭を弄られることはない。それは過去の世界で殺しに成功した俺の記憶が証拠となるだろう」
これからやるべきことは二つ。
先に紅葉を境界線の世界へ送り込むこと。
それと向こうで妖精を殺すこと。
「一度やったチャンスをもう一度繰り返しやることは出来ない。しかし今回妖精を殺すのは――――いや、無事に着いてからまた記憶を見てくれ。その時に話そう。それと今まで見てきたものは手鏡さえ手放してしまえば消えるから、紅葉の件については誰かに託してくれ」
俺が机の引き出しを開く。その中に入っていたのは、小さなハンマーだった。
工具用のそれを手に、手鏡を割ろうと振りかぶる。
「俺もこの記憶は読まれないようにしておく。この手鏡を割ることは今の俺なら出来る。それは秋音の魂が俺の中に混ざっているからだ。……再度警告だ。妖精の学習を甘く見ないようにしろ。それと同じく――――複数の敵には気を付けろ。奴らは俺の魂を狙ってくる。だから白兎は俺を助けようとしてくれている」
いや、敵って誰なんだ。
妖精は確実に敵。
冬野白兎は……過去の俺の言動から察するに味方なはず。
「敵については境界線の世界へ着いてから海里夏から聞け。あいつもまた頭を覗かれても平気な女だからな。以上!」
振り下ろしたハンマーが手鏡へ直撃する。
硝子が割れたような音と共に、視界が暗転した。
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