第三十七話 あかいろちいろ
「やばい。やばいやばいやばいやばい――――ッッ!!」
天は現状を良く思っていなかった。
むしろ最悪だ。このまま放置していたら、何か嫌なことが起きる。
どうすればいい。
何をしたら、生き残ることが出来る?
(アカネちゃん! なんで手を出しちゃったんすか!?)
天はギリギリと歯ぎしりをする。冷や汗が頬を伝って地面へと落ちていく。
その時間すらも惜しかった。しかしどうやって介入すればいいのか分からなかった。
焦りと苛立ち。直感が生存本能を揺さぶり、このままではいけないと示してくる。
「反撃するつもりか?」
「このままじゃ頭にぶつかって死んじゃうじゃないの。私は今、あっ君の傍から離れるつもりはないの」
そう言って、二人は向き合う。
陽葵はいまだに攻撃の構えを止めず、何かがあればすぐに仕掛けて――――それをアカネが片手で薙ぎ払う。
アカネは手を出した。神が人間へ手を出した行為を天は驚愕していた。
しかしアカネは自ら攻撃をしようとはしない。陽葵が手を出したからアカネが動くという姿勢を崩してはいない。
「このまま逃げ続けるつもりか?」
「うーん。そうねぇー……貴方が諦めてくれるまでは、逃げた方がよさそうね」
自分があの二人の間に出ることはできない。
それこそ命の危険が迫ると分かる。アカネはともかく、陽葵が敵対すれば容赦ない竹刀の攻撃をこちらへと向けることぐらい理解できている。
天啓と言う名のこの直感能力は、ある意味アカネ神から譲り受けたもの。アカネだってこの状況を良くは思っていないはずだ。
それでもなお――――やらなくてはならない意味があるのか。
(違う……違うっす。だってアカネちゃんは、神様だから……)
人とは違い、神は理不尽の上に立つ全知全能の存在だと思われている。
……でもそれは、少しだけ違う。
それを生まれた時からずっと傍にいた天は理解していた。分かっていた。
人とは違い、アカネ神は神社に縛り付けられている。いくつか理由はあるが、それは古くからの取引に基づいているというのは知っている。
桃子という相性のいい人間の身体を借りれば外で自由にやれる。
攻撃能力も人以上になるし、神社の中は神域もあって無敵だ。
だがそれ以外の……特にこういった妖精の領域の中に関しては、アカネは神であってもできることは少ない。境界線の世界は、現実世界ではない。妖精のホームグラウンドだからこそ、神としての権能は剥がされるも同じだった。
特に、人の身体に縛り付けられている現状は――――。
(陽葵ちゃんは自分の意思でやっているわけじゃないはずっす……)
アカネ神が自由に動くことを嫌う誰かがいるということ。
彼女は今は何もする気がないようだが――――妖精を潰せると分かったらすぐさま行動に移す程度には考えていた。虫けらを握りつぶすために妖精をこちらへ引きずり出してしまおうと考えていた。
神が死ぬことに、喜ぶ奴は誰なのか。妖精以外にもいるのか。
この現状を作り上げた妖精は、あの世とこの世の曖昧な境界線をはっきりさせるためにより長期の防衛戦をと言っていたが……。
(アカネちゃんが死んでも……ちゃんと、神社の方へ帰るっす。死ぬわけじゃないっす……)
――――なのにどうしてこんなにも、己の心が揺さぶられるのだろうか。
嫌な予感がする。
きっとそれは、己の鋭い直感から来ているものだ。
「おい何の騒ぎだ!?」
「っ――――!!」
聞こえてきた声と肩を叩いたその手によって、天はビクリと身体を震わせる。
しかし振り返った先にいた男に天は目を輝かせた。
神無月鏡夜が天に向かって首を傾けている姿に、天啓を得たような気がしたからだ。
「ちょっと手伝ってくださいっす!」
「はぁ?」
すぐさま行動に移さなければと天は鏡夜の背中を押して前へと進ませた。
陽葵とアカネはいまだに小競り合いをしているようだった。
それらの騒動を見ていた鏡夜は目を瞬き、引き攣った顔で天を見る。
「アカネちゃん達の間に入って仲裁してくださいっす! 敵対されてもアンタだったら大丈夫っすよ!」
「おいそれ生贄になれと同じ意味じゃないのか!?」
「今、アカネちゃんを失うわけにはいかないんすよ! なんか嫌な予感がするし! 早くしてほしいっす!」
「だから何故俺が――――」
「質問や文句なら後で聞くっすから! 早く!!」
大きく背中を押すと、鏡夜はその力に負けてよろめきつつも前へと出ていく。
何かしら言いたいような顔を天に向かって睨みつけながらも――――深い溜息と共に二人の間には入っていった。
「……何の用だ、神無月鏡夜」
「まあまあ落ち着いて。今は争っている暇じゃないだろ」
「否――――争う必要があると言えばどうだ?」
陽葵の鋭い視線が鏡夜にも向けられる。
しかし鏡夜はそれに臆することなく、同じように陽葵を睨みつけた。
「生徒たちが何人も死んでいるんだ。それもこの世界にいる化け物達のせいでな。しかもまだ半日程度しか経ってないんだぞ。分かるか朝比奈……このまま仲違いを起こして争って人数を減らされるぐらいなら仲良くやれって言ってるんだよ」
「不穏分子と仲良くやってどうするつもりだ? 何かがあればこちらが危ない目に遭う」
「そもそもこの女に対して何でそこまで敵対するのかが意味わからねえんだが……いや、何も言うな。俺は自分の目で見た真実しか信じない」
「知らないというのならこの場をかき乱そうとするな」
「じゃあ何だ。お前は全部知っているっていうのか? 彼女がこの事態を引き起こした元凶だと思っているのか?」
その言葉に陽葵は何も言わなかった。
それと同時に――――天は朝比奈陽葵の意識が完全に鏡夜へ向かっているのを理解し、アカネの手を引っ張って後方へ連れていく。
己の背中より後ろへ。
全方位大丈夫とは言えないが、なんとなくここなら安心できるかもという感情のままに背中で庇っておく。
そうしている間にも、鏡夜は何も答えない陽葵に対し深いため息をついた。
「現実で生き返る可能性があるとしても――――人間が感情や知識に任せて誰かを殺すだなんてやってはいけない行為だ。誰かを悪だと断じて殺すな。それは人を救うための正義じゃなく、ただの偽善でしかない」
「っ……」
陽葵が目を見開く。
それを鏡夜は真正面から見据える。
「憎むのも恨むのも勝手だ。不安に思うのだって……今は誰もが同じ気持ちでいるんだ。彼女に責任を押し付けるな。今は耐え忍ぶときだろう」
「……そうか」
「ああそうだとも。全く……」
鏡夜の言葉に、何か思うことがあったのだろうか。
陽葵が手を下ろして、戦闘態勢を解除する。
しかしまだ引き下がることはできないと陽葵が口を開いた。
「勝手が過ぎたことは詫びよう。しかしこのまま彼女を野放しにしておくわけにはいかない」
「……ならある程度、お前たちが不安に思わない方法を取ればいいだろう。両手を拘束するとか、誰かを見張りにつけるとか……でも危害を加えるのは無しだ。俺はともかく、黄組の身内と話し合って妥協点を見つけてこい」
「ふむ、そうだな」
アカネの身内ではない鏡夜だからこそ、陽葵の敵意が消えたともいえるのだろう。
天は安堵の息をついた。アカネはそれを見ているだけだったが……。
「ああよかったっす。アカネちゃん、もう大丈夫――――っ」
刹那、何かが突き刺さる衝撃に襲われる。
――――よく見たらそれは、陽葵が昼間に使用していたはずの剣だった。
己の心臓に位置する部分に深く突き刺さっていることを理解して、不意の激痛に襲われた。
分からない。何故こうなったのか理解ができない。
(アカネちゃん……?)
背後にいたのはアカネだったはず。
しかし後ろにいたのは一人の少年だった。無表情に死んだ目をした、未雀燕だった。
――――天の思考が暗転する。
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