第三十六話 かみさまなにいろ?






 天啓。すなわち、星空天の未来予知にも匹敵するほどの直感。

 命の危機に関することならば全てを見通す力がある。

 それだけではない、いわゆる神に愛されている身であるだからか、それとも星空家の契約のせいであるのか。


 それを自身はきちんと知らない天は、ただ身体中に感じた悪寒に身を震わせる。



「……なんか嫌な予感がするっす」


「あらあら、うふふ……それはある意味外れじゃないかもしれないわねぇ」


「どういう意味っすか?」



 全ての神は未来を予言するわけではない。

 全知全能の神という存在がすべてではない。

 しかし――――このアカネという神は違っていることを天は知っている。


 疑問に思い首を傾けた天が、右に避けなければいけないと何かを感じ取る。



「っ――――!」


「……ふむ、わざとではあったが……なるほど、これを避けるか」


「あ、朝比奈ちゃん? 急に何っすか!?」


「いや、聞いていた通り……とても良い直感を持っているようだったからな。少しばかり試したくなっただけだよ」



 朝比奈陽葵が真剣……ではなく、竹刀を手に持ちこちらへ向けた。

 いつの間に武器を増やしたのかと天は冷や汗を流しつつも後退する。


 このままここに居ては駄目だと確信したからだ。



(……ここにいたら朝比奈陽葵にやられるっすね……でも、外に出ても危険か)



 直感とは、己の身を守るためのもの。

 誰かに奪われるぐらいならと施された神の恩恵。


 しかしその力は全て――――この場所では、一切の安心できる場所などない。



「少し聞きたいことがあるんだが」


「な、何っすか」


「お前の奥にいる……そう、その女だ」


「彼女が何か?」


「燕が言うには神そのものであるという話らしいのだが……その彼女に聞きたい。お前は味方か? それとも敵か?」



 つまり、人ではない存在であるアカネを疑心に思い問い詰めるためにこちらへ来たということだろうかと、天は考える。

 その直感は働かない。何と答えても意味がないと悟る。



「私は中立の存在。貴方たちを助けるためにここにいるわけじゃない……と言ったらいいかしら?」


「……そうか。ならばなぜお前はここにいる?」


「ここにいるのは、あっ君が巻き込まれたからよ」


「ふむ、なら……誰かが助けてくれと叫べばそれを救おうとは思わないのか? この男以外は、どうでもいいと思っているのか? ――――元凶を叩き潰したいとは思わないのか?」



 陽葵の言葉に天は首を横に振った。

 それができるのであればアカネはとっくに妖精を叩き潰してどうにかしていると。


 すべての元凶を潰して、あの神無月鏡夜の後ろにいる邪魔な女神を潰して、そうして平和な学校生活を謳歌できるようにしてくれると。


 それができない詳しい理由を、天は知らない。

 しかしこちらが祈っても意味はないということだけは知っている。神がそこまで自由に動けるわけじゃないということを、天は己の身をもって理解している。



「アカネちゃんに手を出すつもりっすか?」



 竹刀という名の武器を手に迫っている朝比奈陽葵は危険だ。

 彼女自身はいわば単体兵器。

 化け物をも蹂躙する力があるということは――――天の直感でそれを知らせてくれる。


 人とは思えないほどの化け物のような存在なのだということを理解させられる。

 陽葵は無表情のまま頷いただけだった。



「私はあまり人間以外の生き物を信じるつもりはない。むしろ信じたせいで今の私があるんでね……」



 陽葵は口にする。

 無表情に無感情。しかし純粋な殺意を示しアカネを見た。



「朝比奈家は『しきたり』と言う名に縛られて生きていた。女であるこの私は生きていてはならないそうだが……アカネと言ったな、君は私をどう見る?」


「難しいことを言うわね。あなたは夕飯の材料や調味料を口に出して言うことを当然とでも思うのかしら?」


「…………そうか。やはりそうなのか」



 陽葵の目が冷めたものへ変わる。

 それだけではない。赤組の生徒になにかを指示し、動いた。



「何を……」


「私は殺しを好まない」



 陽葵の声が響く。

 校庭の中央に置いていたはずの懐中電灯を次々に消していく赤組の生徒たちの姿が見える。



(まずい……!)



 アカネは確かに桃子の身体を借りているときはゴリラのように力が強い。

 しかしそれだけだ。スピードもあるが、今この瞬間は動くことは難しいだろう。



(俺という存在が、アカネちゃんを自由に動けなくさせる……ってことっすか!?)


 

 天から離れれば、彼自身の身に何かの危険が迫るだろう。

 そう直感が囁く。己の身体中から警告のような本能が響く。


 何を言ってもどう動いても――――陽葵が敵対するのは目に見えて分かっている。



「アカネちゃんは敵じゃないっすよ!」



 それでもなお、天は叫んだ。

 彼女に攻撃しても意味はないのだと伝えようとした。



「敵じゃないが、味方でもないのだろう? ……絶対的な味方ではないのなら、この場に留まっても仕方があるまい。……クリスタルは砕けてはいない。この世界は現実ではない。死は確実のものではない。殺したくはないが……そうした方が良いと結論付けたまでだ」


「言ってること滅茶苦茶っすよ! 殺したくないなら殺さなきゃいいでしょ!」


「何を言うか。彼女が人ではない存在だとすれば……不穏分子は、払うまで」



 竹刀を持った陽葵が動く。その速さは人ではないように感じた。

 目にも止まらないスピードで、アカネの真後ろへと移動する。


 そうして冷めた目で、目標を定めた。



「最低限の犠牲は必要だ。……仲間はともかく、人と違う脅威はいらない」


「ぐっ……アカネちゃん!」



 振り上げた竹刀がアカネの頭へ向かう。

 アカネは逃げなかった。ただ手を伸ばして――――。



「人間が私に敵うとでも思っているの?」



 その竹刀を、片手で受け止めた。

 それだけだった。





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