彼女を穿つ楔となる







「あなたは私のこと、怖くないんですか?」


「怖いよ。だってまだ何が起きているのか分からないし、知らないことだらけなんだから」


「あらあら、うふふ……恐怖を感じていてもなお、私についてくるだなんて愚かですねぇー」


「でも、私がいてもいなくても何かが起きていたはずでしょう?」


「……それはどうでしょうね」


「え?」


「まあともかく、あなたのようにゲームを現実だと受け入れる馬鹿がいてくれて良かったってことですね!」



 少女がこちらに向かって振り返る。

 そうして、あの夕青ゲームのアニメーションにて出てきた妖精がウインクしてきた時のように、キラッと星を出すような笑みを浮かべて言うのだ。



(ゲームを現実だと受け入れる、か……)



 人間とは、見たもの全てをきちんと受け入れ信じる者と信じない者がいる。

 これは夢なんだと思い込み現実逃避する者はいるだろう――――私の身に起きているすべてを、他人が共有するとすればだけれど。



「そうだ、聞きたいことがあるんです!」


「ん?」



 くるくる回ってから前を向いて歩き出した少女が問いかけてくる。

 その言葉に私は首を傾けた。彼女は楽しそうにしながらもまた口を開いた。



「神という存在について、何か思うことはありますかー?」


「……いや別に。私から見れば神というのは……ただ人間にとっての心の拠り所のようなものとしか思えない」


「うふふ。そういう正直なところ好きですよー」



 私の言葉にクスクスと笑う妖精に似た少女は、私より年下に見える。

 楽しそうな表情を止めようとしないからか、より無邪気で幼く感じてしまうのだろうか。

 でも、実際はどうなんだろう。


 この少女がゲーム世界に繋がっている存在だとしたら、何かしらの力を使える人物だったとしたら……。



(こんなこと、他の人に言ったら頭がおかしくなったって思われるかな……)



 それでも私は信じてしまう。

 少女が妖精と同じ存在であるということも、ホラーゲームのあの世界がこことは異なる世界であるということも。


 それらすべてを教えてくれたのは――――今目の前でどこかへ向かって歩いている少女なのだけれど。



「この世界には確実に冬野白兎……あのゲームの設定にある神がいるはずなんですよー」


「えっ?」


「本当はあの世界で対処出来たらよかったんですけどねー。実際、数多ある世界の私はそうやってきて失敗してしまったでしょうから」



 その言葉の重さに思わず立ち止まる。

 最初に言われた時は理解がしきれなかった。しかし何度も思考を回してその境地へ至る。



「ゲームは数百……いや、下手をすればそれ以上もの人がプレイしていることになる。それら全てが、数多ある世界の一つってこと!? あれら全部が、現実で起きていることなの!?」


「半分不正解でーす!」


「えっ?」



 にっこりと笑った少女が言う。



「人生においてリセットなんて存在しません。戻ることは許されません。それは現実と同じですよー」


「……じゃあ、ゲームのリトライとかリセットとかは」


「パラレルワールドってご存知です? あなたがゲームをやらなかった世界。あなたがゲームを現実だと受け入れない世界になっていた場合、こんな風に動くことあり得ませんよねぇ?」



 クスクスと笑いながら、少女は話す。

 まるで親に向かって何かを自慢する子供。もしくは得意気に披露するエンターテイメントのようだ。



「あなたのゲームにいる私は……いいえ、こちらの世界を見た私は、きちんと全てを見通した筈です。私だったら絶対に彼女をここへ誘導してやりますよ」



 それは決意の証なんだろう。

 絶対に成し遂げてみせるという確信でもあり、覚悟の目をしていた。



「……ねえ」



 それでも分からないことがあった。

 私は何度もホラーゲームをリトライしてきた。分からない部分も多いし、ゲームシステムに四苦八苦することだってあった。

 ただスレの忠告通りに動いたり、キャラクターの有能性について調べたりを繰り返しただけだ。


 私はすべてを知らない。

 でもゲームでのバッドエンドの数々は知っている。



「冬野白兎は妖精によって殺されたバッドエンドもあったはずでしょう? それなのに失敗したの?」


「ええ……だって冬野白兎は真名ではありませんから……私が欲しいのは、その中にいる彼女だけ。私たちをこうして縛り付けて楽しんでいる……福の神などと名乗る神々のうちの一つ」



 それ以上は話そうとはしなかった。

 額に青筋を立てて怒っている様子がわかる。でも笑う。空を見上げて、何かについて嘲笑っている。


 そうして――――彼女はふと、何かを思い出したかのように笑うことを止めた。

 風によってひらりと舞うスカートを手で軽く押さえながらも。



「……さて、具体的に質問しますねー」



 立ち止まった少女が、私に向かって話しかけてきた。

 それが事実であるかのように。


 質問というよりは、確認をするためのものであるかのように。




「あなたの名前は紅葉秋音でよろしいですか?」




 その質問に、私は小さく頷いた。



 でも私は、あの紅葉秋音とは違う。

 黒髪青目で全く異なる見た目をしているから同姓同名の別人だろうと思っていた。


 ――――そう、思い上がっていた。



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