第1■話 大好きな貴方へ






「きょうやー」


「ん?」


「なんでずっとこんなことするの?」


「……俺の生きる世界がホラーゲームだなんて嫌だからだよ」



 鏡夜はそう言いながらも、毎日私を家に遊びに連れていき、部屋でいつものように合わせ鏡を行う。

 それを七回行った。

 合わせ鏡の中心に私を立たせて、夕日が沈むまでの間に鏡に映らないようにしている鏡夜と話をする。

 

 お話は、今日何があったのかについて。

 最近木々の葉っぱがたくさん落ちて道路が綺麗な真っ赤の絨毯みたいになっていること。

 夕日丘で一番大きなお屋敷に同い年の女の子が引っ越してきたこと。


 鏡夜は逆にホラーゲームについて語ってくれた。

 大きな流れ。通常のプレイだとどうなっていくのか。物語のように何度も何度も――――。



「……今日で最後だ」


「かがみであそぶのは?」


「おう」



 七日間毎日のようにやって、今日は八回目の日だった。



「そこで喋らず、夕日が沈むまで立ってろ。……それで、何か見えたら教えろ」



 鏡夜がそういった後は、何も話さない。

 つまらないからとちょっとだけ口を開いたら、鏡夜が私を睨みつける。



 そうしてしばらく経っただろうか。

 夕日が半分以上沈んで、夕焼けの赤色よりも暗い青が目立ってきた時だった。



「紅葉秋音のキャラクターの特徴は、核を破壊するものを見る目だった。まあそれは一部の能力だけれど……もっと重要なのは……いや、それは話さなくてもいいか」


「ふぇ?」


「破魔の矢ってゲームでは説明されていたけれど……アレには一撃も与えられていなかった。裏ボス戦で垣間見た紅葉秋音の能力はいわゆる『視ることを得意とする目』だ」


「みる?」


「そう。……夕青シリーズだけじゃなく、朝比奈にも秘密があるように……全てのキャラクターに重大な意味が隠されているのもそのせいだ。だから俺は……」



 夕日が沈む直前、何かの影が垣間見えた。


 小さい影だった。

 私ぐらいの――――幼い女の子の影が見えた。



「きょうや! なにかみえたよ!?」



 揺らめいたそれを私は興味本位で手を伸ばしてしまった。

 鏡にこつんと手がぶつかる――――刹那、鏡夜が横から私の背中を押してきた。


 普通だったらぶつかるはずなのに。

 鏡にぶつかって、それで鏡夜に文句言ってちょっとだけ喧嘩になって終わるはずなのに。



「俺が行ったら絶対に戻ってはこれないだろう。俺が道を開けておくから――――お前の目で、白い兎を捕まえて……連れてきてくれ」



 身体がずるりと鏡の向こう側へ入り込む。

 透明な壁がなくなって、そのまま鏡の世界へと迷い込む。

 振り返って鏡夜がいる方を見たら合わせ鏡となっている場所の傍で鏡夜がこちらを見た。手を伸ばしたらちゃんと通れた。だから帰れるって分かった。


 鏡夜の考えていることがすごくて、嬉しかった。

 何時も泣いていた私の傍にいてくれた鏡夜だから、大切な友達だから――――。


 ただ鏡夜の言葉を信じることが出来た。

 鏡夜は私に頼っているのだと、私が何とかして鏡夜のために動いてやろうと思えたんだ。

 鏡夜が私を見て頷いた。



「……ほら、行ってこい」


「わかった!」



 結局はちゃんと周りを見ていなかったのかもしれない。

 ゲームのキャラクターとしてしか、私のことを見てくれなかったのかもしれない。



「しろいうさぎってなんだろう……」



 鏡の中はいつも見ていた鏡夜の部屋が正反対になったような場所。いわゆる鏡の世界そのもの。

 部屋から出ても誰もいない。

 家から出ても、誰もいない。



 思わず楽しくなって――――ちょっとだけ楽しんだ。

 道路で寝転んでみた。

 大きな声を出してみた。


 行ってはいけないとお母さんが言った場所で遊んだ。

 でも一人だからつまらなかった。



「ぐすっ……」



 涙が出てきた。鼻水が出てきた。

 でも、泣いていても誰もいない。鏡夜の声も聞こえないし、誰もいない。


 それだけが寂しくて――――でも、鏡夜に頼まれた白い兎を探さなきゃと思っても何もいなくて……。

 だから帰ろうと思った。


 鏡夜は道を開けてくれていると言っていたから、そこへ向かって歩き出して――――。



《――――?》



「……だれ?」



 聞こえてきた幼い女の子の声は、とても楽し気だった。

 でも誰もいない。聞こえた声もちゃんとした言葉としては伝わらない。



「だれかいるの?」


《――――それはこっちの台詞ですよー》



 不意に目の前を横切ったのは、絵本などで読んだことのある妖精の姿をした可愛らしい女の子だった。



《帰りたいってどうやって帰るんですか?》


「きょうやのおうち」


《ああ、あの……》


「しってるの?」


《鏡越しに見てましたからね。貴方が七日もかけてずーっと立ってるのも見ていましたよ。楽しそうな声も聞こえてきました。良いなー羨ましいなー》


「ふぇ?」



 鏡夜の家へ歩きながらも、妖精は私の近くで飛び回りニコニコと笑う。

 とても楽しそうに純粋な声を出してくる。



《私はここから出たことがありません。なので誰かと話すのって久しぶりで……やはりとてもいいものですね》


「じゃあ、おうちからでたらいいのに」


《いいえー、出れません。私の意思では鏡から出られないんですよ》


「そうなの?」


《はい。貴方と同じですね!》



 妖精は笑って、私の頭に乗ってきた。

 何を言っているのか分からず、首を傾けておくだけ。


 出られないことに対して、何故「貴方と同じ」と言われなきゃいけないのかと思った。



「わたしはでれるよ?」


《行ってみたら分かりますよ》



 その言葉は、嘘ではなかった。


 鏡夜の部屋で鏡が放置されていた。

 一つだけ。姿見の部分だけ。


 もう一つの鏡は、何故か押し入れの中にあるようで――――。

 それは、合わせ鏡ではなくなっていた。



「きょうや! なんで!?」



 鏡夜はノートに何かを書き込んでいた。

 でも鏡をチラリと見て、時計を見て――――そしてまたノートに何かを書いていく。

 それを何度も繰り返していた。鏡を見る回数が多かった。何か不安そうな表情を浮かべていた。



「……しんぱい……してる?」



 でも視線は合わない。私がいると分かれば何か反応してくれるはずなのに……。


 私が見えていないようだった。



《ほーら、ね?》


「ちがうよ」


《いいえ、あの男はあなたを殺したようなものですよ》


「わかんない」


《可哀そうに、あの男のことを信じていたんでしょう?》



 頭を撫でてきた妖精が鬱陶しくて、首を横に振る。



《諦めなさい。片方の鏡が隠されている時点で、合わせ鏡ではなくなるんですよ》



 妖精が言っている言葉に呑まれていく。


 道を開けてくれると言っていたのに、鏡夜はそれを裏切った。

 私を帰れなくしたのだと馬鹿な頭でも理解はできた。



「きょうや……」



 私は見捨てられたのだと、分かった。

 涙がポロポロと零れ落ちてしゃがみ込む。鏡夜の姿が見えるのに、鏡夜に触ることが出来ない。それがとても苦しい。悲しい。


 見放された。捨てられたのだと思って――――とても、悲しくなった。



《ああ、馬鹿な男……》



 妖精は何もかもわかっているようだった。



《あの男はいつものように効率を重視しているのでしょうねー。私が何を見たのかも知らずに……ああ本当に、馬鹿な男。私が分かっていると知らないで、私を侮り過ぎなんですよ》


「……なにいってるの?」


《貶しているだけですよ。あの男のことを》


「けなす……って、なに?」


《大人になったら分かります》



 嘲笑し冷めた声を出した妖精が、私へ顔を向けた時にはとても楽し気な表情へ戻っていた。



《望むのであればやっちゃいます?》


「……なにを?」


《あなたは裏切られたんですよ。あの男に見捨てられたんですよ。殺されたも同然のことをされているんですよー。分かります? 私の生贄となったということなんですよ?》


「……きょうやにいたずらするの? でもわたしやりたくないよ」


《まだあの男のことを信じているんです?》


「うん、きょうやのこと……だいすきだもん」



 一瞬だけ、とても嫌悪に満ちた顔をした。

 でもすぐに妖精は表情を変えた。



《そう、ですか……ならこうしましょうか?》



 それは、悪魔の囁き。

 鏡夜が彼女を侮った罰でもあるもの。



《私は出られませんけれど、あなたを出してもいいですよ。――――でもその代わり、半分は私が貰いますね。……彼がゲームを始めないなら、私がより面白くしてあげますねー》




 ああそうだと、思い出す。


 ――――ぐちゃぐちゃになったのは、これが発端だった。







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