第0■話 さようなら、過去の秋音







 今までのように幼い私が鏡夜に話しかけるだけじゃない。

 鏡夜が私に話しかけてくれるようになって半年ぐらいが経った。


 それでも鏡夜は、何も変わらない。


 でも仲の良さは家族にも伝わっていたようで、こうして鏡夜の家に遊びに行くことをよくしていた。

 私の家に鏡夜が来ることはなかったけれど……。



「夕青のホラーゲームは記録が重要だった。今までの行動すべて……セーブを消しても意味がなかったんだ。表示されている選択肢以外にも、空白の隠されたルートがあることを誰も見つけ出せなかったようなものだ」



 鏡夜は床のノートに何かを書き記していく。

 でも難しい漢字ばかりで私は読み取れず、鏡夜の話ばかり聞いていた。



「俺は今までやってきた夕青じゃない、全く新品の夕青を買った。最初から知った状態で動いたからクリアできたようなもんだ。その後何度も積み重ねて検証はしたけどな」



 鏡夜はぶつぶつと、私の隣でこの世界について語る。ノートに何かを書き記す。

 幼い私は半分以上も理解できず、ただ首を傾けつつも聞いているだけだった。


 でも聞くという態度をとるだけでも、鏡夜の機嫌は良くなる一方なのだから。



「セーブを消去してもアレは覚えている。人生と同じであれはリセットが許されていない。初めからやり直すのだって一部はそのまま俺たちプレイヤーと同じ延長線上にいる。積み重なった結果が詰みゲーになっただけ。……だから、最初が肝心なんだ」


「うん?」


「最初だよ。ここは現実世界だ。ゲーム世界とつながっているわけじゃない……あの夕青と同じような未来を辿るわけじゃないことを祈りたいが……それでも、ここがゲームが始まっていない真っ白な世界だったなら、俺にもやれることがあるんだ」


「んんーっと、なにやるの? あそぶ?」


「ちげーよ馬鹿! 生きるために必要なことをやるんだよ!」


「必要なこと?」



 問いかけた私に対して、鏡夜は黙り込んだ。

 言いにくそうに、罪悪感があるかのように。


 でも覚悟を決めたように私を見てきた。



 そうして――――鏡夜は、私の手を引っ張って押し入れから何かを取り出してきた。



「実験……って言ってもわかんねえよな。とりあえず、遊ぼうぜ」


「あそぶの? やったー!」



 ……ああ、幼い私は本当に馬鹿だった。

 鏡夜が何を言っているのかすら分からず、彼がぶつぶつと呟いた言葉ですら理解しきれず。

 ただ無邪気に鏡夜の傍に居たがっていただけ。



「ここに立ってて」


「んと、ここ?」


「そう。ちょうどそろそろ――――夕日が見えてくる時間だから」



 鏡夜の部屋は自室というよりは今は子供部屋として使われている場所。

 窓から見える青と赤、そして黄色のコントラストがとても美しく幼い私は感嘆の息を漏らした。



「ゲームには運要素が多かった。でもきっかけさえ作れば……鏡から作り出される選択肢は夕日に限定されるが、あれならできるはずだ」


「うー?」


「周りを見るな、前にある鏡だけ見てろ」



 そう言われた通りに、私は動いた。


 大きな姿見を壁に立てかけてある場所へ行き、鏡夜が私の斜め後ろに立って姿見より半分ほど大きな鏡をその後ろに置いた。

 正面にある姿見からはちゃんと私の顔が見える。その鏡から見える部屋の景色も分かる。

 ……鏡の邪魔にならないようにか、何かしているのか。鏡夜が鏡の隅にて半分だけ見える。



 ――――後ろにある鏡には、何も映っていない。

 私の後姿ではなく、姿見が映されて道が連鎖して出来ているように見えた。



 鏡夜はどう見えていたのだろうか。




「……うしろ、なにもないよー?」


「……まあ、秋音にとっては何もない方が良いだろうな」



 でも、と。鏡夜が言葉を続ける。



「これで一つ目のフラグを立てた。あとはお前が死ぬだけだ」



「ふぇ?」



「意図的にラスボスを作り出して、とっとと始末する」




 何を言っているのか、私には理解できなかった。





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