第■■話 初めまして、新しい鏡夜





「何で俺が神無月鏡夜なんだよ! 死亡フラグしかねえじゃねえかこの野郎!!」




 ああそうだ。

 ああそれが世界の理なんだと、気づく。



 無表情で無感情。

 何もかも流れるように周りに合わせていて、しかし本を読むことだけは唯一の個性のようなもので。


 それが神無月鏡夜だと考えられていた。

 そういう性格をした、大人しい子なんだと思われていた。


 それが常だった。

 それが当たり前だった。


 私が彼に違和感を感じなかったのは、それを当たり前だと思わなかったから。



 ――――私は彼が、初めて自ら息をした瞬間を目撃したんだ。

 だから彼が元に戻ったのだと思えた。それだけだった。


 ただこの時の幼い私は何も分からず、彼に向かって首を傾けるだけだった。



「クソッ……どうにかして夕日丘高等学校に行かないようにするべきか……いやそれよりも、今のうちに何とかするべきか?」



「きょうや?」



 私の存在に気づいたのだろう。鏡夜がこちらを見て驚いたような顔をする。

 いつも一緒に居たというのにそれを覚えておらず、鏡夜は初めて会った人を見るような目をしていた。



「ん、んん? 秋音、紅葉秋音か!? お前何で幼稚園で一緒に……いや待て、そうかお前は……」


「なにいってるの? きょうや、むつかしいこといってるね!」



 舌を噛みつつも私は言う。

 それを鏡夜は苦笑して、無邪気な私に何か拍子抜けしたような顔をしていた。



「馬鹿っぽい顔で……馬鹿なこと言ってんじゃねえよ、夕青の……『■■秋音』のくせに」



 ノイズが走る。

 鏡夜の声が一瞬だけ聞き取りづらくなる。


 ただ私に向かって言った内容だというのは覚えている。

 幼い私はそれを理解できていなかった。だから首を傾けた。



「なんのこと?」


「……いや、お前は気にせずボール遊びでもしてろよ。俺は別に……お前みたいなおっかないのと一緒に居たくねえから」


「ふぇ?」



 後ろを向いて、鏡夜が部屋から出て行こうとする。

 幼稚園から出るわけじゃない。私から離れて行こうとすることだけが理解できた。



「きょうやっ……」



 彼が言った『おっかない』とは何だったのか分からない。

 ただこの時の鏡夜が離れていくんじゃないかと幼い私は理解できたんだ。


 友達でいられなくなると、もっと一緒に居たいのに、いられなくなるかもしれないと……。



「やだー!!!」


「っ!?」



 鼻水を垂らして、私は泣き叫ぶ。

 必死に鏡夜の手に縋りついて、ぎゅっと握りしめて離そうとしない。



「おい離れろ――――」



「いやあああああああっっ!!!!!」




 今離れたら、鏡夜は私を友達だと思わなくなる。


 それが嫌だった。

 幼い私は、鏡夜が友達じゃなくなるのが嫌だったんだ。



「わたし、きょうやといっしょにいる!!」


「……お前」


「わたしはずっと、きょうやのともだちなの!」



 鏡夜は何を思ったのだろう。

 何を考えて、幼い私を見たのだろう。



「初めて会ったのに友達なわけねーだろ」


「ちがうもん!」


「泣き虫のくせに……俺より馬鹿なくせに……」


「ないてない!!」


「嘘つくんじゃねーよ。鼻水垂らして馬鹿面してるくせに」



 鏡夜が何かを諦めたかのように身体の力を抜いて座り込んだ。

 手を握っていた私も引っ張られるように鏡夜の隣に座る。


 ずびずびと、鼻をすすりつつ。

 頬と目元を赤くした私の頭を乱暴に撫でてきたせいで、結んでいたはずの髪の毛がぐちゃぐちゃになった。



「きょうや?」


「お前が離れるなっていうなら離れねーよ」


「ほんと!?」


「ああ……まあ、お前はある意味必要な存在だからな」



 鏡夜とずっと一緒に居られる。

 そう思えた私は、彼が言った言葉を理解できずに笑っていただけだった。





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