第三十二話 混濁する夢の中で
誰も気づかない。誰も知らない。
夕黄組はともかく、それ以外は見えてはいないのだろう。
何故黒髪になっているのかすら分からず、何故彼女がいるのかすら分からない。
彼女は味方ではない。でも、じゃあ何故彼女はここにいる?
なんで黒髪に変貌しているの?
「き、鏡夜……」
鏡夜はまだ夏と話をしているようで、俺の声は聞こえていないみたいだった。
あの黒髪白兎は俺を凝視しているようで、鏡夜達を見ている様子はない。
俺は彼女から目を離すことが出来ないでいた。目を離したら殺されるかもしれないと思ったからだった。
(白兎が何度も死んで、穢れて堕ちて、それでじゃないの? ……彼女は、以前見た白兎じゃないの?)
何かが違うように感じるのは、どうしてか。頭がおかしいからか。
ゲームの知識は、どこまで信用すればいい?
「ッ――――!?」
遠い位置にいたはずだった。
瞬きをした瞬間、黒髪白兎が俺の眼前へ近づいてきた。
《なんであなたが鏡夜くんの隣にいるの?》
「ひぇ……」
なんでと言われても俺にはどう答えれば良いのかは分からない。ぶっちゃけ今は夏の方が隣にいるような気がするんだけれど……。
でも、それをいったらどうなるのかは分からない。
まるでホラーゲームでの選択肢のようだ。
どれか間違った答えを出せばやられてしまう。殺されてしまう。
そんな恐怖に身体が震えていく。でも、誰もこちらを見ないから分かってもらえなくて……。
《ねぇ、秋音ちゃん》
「えっ」
彼女がにっこりと笑って、でもその目は嗤っていて。
揺らめく黒髪が蛇のように見えてはこちらの喉元を食らいつくように見える。
それと同時に彼女の影が俺を呑み込もうとしているようにも感じて――――。
《その身体、ちょっと頂戴?》
「な、なんで……」
震える身体で一歩後ろに下がって、首を横に振る。
それに二歩前へ、彼女が近づいてきた。
《大丈夫。あなたは私を受け入れてくれるんでしょう? なら秋音ちゃんと私は約束したようなものでしょ?》
「そんな、約束……」
《してないって言うの?》
真顔になった彼女が俺の『死』に見えた。
まるで俺と彼女だけが他とは違う世界に迷いこんだみたいだ。
白兎はきちんと敬語もどきを使っていた。
ああ。もうわかった。
俺の知っている白兎は、彼女じゃない。
(……そうだ。そうだよ。俺はなんで忘れていたんだ)
敬語を使った白兎と会ったのは最初ぐらいだったじゃないか。
俺のことを鏡夜の道具と認定していても……敬語は外さなかったじゃないか……。
何時からだ、彼女が俺たちに対して敬語を使わなかったのは。
いやでも何か違和感があるけれど……。
「お前誰だよ。俺は白兎と約束してないし、お前みたいなのと会ったことすらっ……?」
喉が何かに押されて、声が次第に出なくなる。
言葉が出ない。ぱくぱくと口は開けるのに、何故か言葉が紡げない。
《……酷いわ秋音ちゃん。そんなこと言うのね》
周囲を思わず確認すると、時間が止まっているかのように誰も動かなくなっていて――――それはまるで、ホラーゲームのバッドエンドに出てきた堕ちた白兎による殺害現場にも似ていて……っ。
そうだ。これはもう防げない。
あ、やばい――――!?
《ふふ。でも凄いね秋音ちゃん。半分正解だよ。……私は、白兎だもの》
伸ばされた手が俺の顔面をわし掴む。
そうして彼女が、俺に向かって問いかける。
《以前、一度死んでしまったあなたは私のもの。代償は何がいい?》
抵抗なんて出来ない。
人が彼女に抵抗なんて、出来るわけない。
意識が混濁する――――。
《そうだ、あなたには手伝ってもらいましょうか。冬野白兎殺しのために――――》
・・・
夢の中にいるのだと気づいた。
ここが過去の記憶の中であることも気づいた。
「きょうやはどこかな?」
あの時の感情は、何だっただろう。
私はただ笑って、本しか読まない男の子と一緒にいる時間がとても大好きでいた。
彼はほとんど無感情で笑うことも怒ることもなく、お人形さんのように日々を過ごしていた。
「きょうやー?」
とことこ、と小さな足を動かして彼のもとへ向かう。
幼稚園でよく着ているスモックをひらひらさせつつ、手に持っているボールで鏡夜と一緒に遊ぶために。
本を読んでいて駄目だったらその場で座って、彼が満足するまで待っているつもりだった。
「ふぇ?」
私は彼を見た瞬間首を傾けてしまった。
だっていつもの鏡夜とは違って、何故か複雑そうな感情を表に出して身体を震わせている。
壁に向かって顔をゴンゴンぶつけて。何かをぶつぶつ呟いて。
どうしたんだろう。いつもの鏡夜じゃないと私は考えていた。
もしかして誰かに意地悪されたのかな。そう思って、声をかけようとした時だった。
私と同じく幼稚園だった彼はクワッと目を見開かせて叫んだのだ。
「ハードモードどころかナイトメアモードじゃねえか!!」
「ひぇ」
鏡夜の叫び声にびっくりした私は、思わず泣いてしまった。
それに気づいた鏡夜が私を慌てたように見てきて、それで頭を撫でてくれたことにもびっくりした。
いつものお人形さんな鏡夜じゃなくなっていたけれど、それを不気味に思えなかった。
そんな彼の傍にいても不思議と居心地が良かった。
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