第六話 この信仰が正しいと言えるのか








 出会ってからたった一日だというのに、神無月鏡夜のキャラ崩壊が激しい件について。


 ああいや違う。現実で鏡夜と会ったのは昨日が初めてなんだ。だからまだ彼自身を知っているわけじゃないから性格について変だと思うことは止めよう。


 ゲームキャラクターという意味ではキャラ崩壊が激しいんだ。

 でもここは現実。俺たちが生きている世界。


 つまり決められた選択肢はなく、彼らにはちゃんと意志がある。

 俺と同じように生きて、話すことだって可能なんだ。


 まあゲームでも何千とパターンが豊富だったから何度やっても知らないルートに進んでいたから今生きている現実っぽいなと思うことは多々あるけれど……。


 ゲームの知識が活かされている以上、人の性格もその過去のトラウマも全て同じなのだから、現実と混同するのは仕方がないことなんだ。それを鏡夜に言っても理解できないかもしれないけれど。


 むしろこの世界が俺にとっての前世でのゲーム世界だと知っていてなお平然と俺と向き合う鏡夜の方がすさまじいように思う。

 誰が主人公だとか、どんなふうに人気なのかとか……まあ俺が鏡夜本人だったら気にするんだけれどな。


 とにかく今は考えなくてはならない。

 このままでは俺の知識は意味がなくなるかもしれない。

 ぶっちゃけ妖精に興味を持たれたかもしれないという時点でものすごい死亡フラグが立ってしまったかもと怯えている状況なのだから。


(あーでもなんだろう。鏡夜以外にもやばくなりそうな予感がする……うん、まとめた方がいいか……)


 ノートに書くのは夕青についてのもの。

 今の時間なら少しぐらいは許されるだろう。



 この世界はゲーム世界『ユウヒ―青の防衛戦線―』こと夕青として知られている。

 夕青シリーズは全部で四作品。一年から三年までの夕日丘高等学校の生徒としてのお話とその後をメインにしたホラーゲームだ。

 その後赤組と黄色組をメインにして書かれた、『ユウヒー赤の攻略戦記―』と『ユウヒ―黄の生存戦略―』がホラーゲームとして新たに発売されるようになった。


 しかし通常のホラゲーとは違って対応策は常に変化する。

 特定の化け物が出ると分かっているのは第二話まで。それからは数千にも及ぶであろう化け物共の中から選ばれるとかなんとか。少なくとも俺は何度もリトライしてやっていても同じ化け物と遭遇することはできなかった。


 だからこそ、第二話から難易度は急上昇する。

 俺の知識が意味のない未知の化け物さえ出てくるかもしれない。そんな不安もちゃんとある。


 第一話はプロローグ含めたチュートリアルの練習のようなもの。

 化け物は主に五感のどれかが鋭く、それ以外が劣っているものばかりだ。

 順番で言うと『聴覚』、『嗅覚』、『触覚』、『視覚』――――そして第一話の最後に現れるプレイヤーにとって難題の『味覚』がいる。


 それと同じく、夕赤と夕黄にもそれぞれ別の化け物がいて……。


 しかし対処法さえ分かっていれば、後は運と状況次第で何とかクリアはできるのだ。

 問題はゲームの第二話からだろう。妖精が本格的に参戦してきたあれは死んだ。



(これも鏡夜に話した方がいいよね……)

 


 とりあえずと、ページをめくって白紙にすらすらと書き込んでいく。

 先生たちに気づかれぬようたまに黒板を見ながらも……。


 夕青のキャラクターについてまとめておこう。

 現実にいる鏡夜達とは全然違うかもしれないけれど、過去の出来事は同じみたいだから入学式当時はまだゲームキャラそのものだったはず。


 神無月鏡夜について。

 主人公。優等生ぶった猫かぶりの男子高校生。

 頭がよく学年主席に位置する。辛辣で毒舌。目的のためならば手段を問わず、人を切り捨てることも厭わない。序盤でもヒロインである白兎を切り捨てる選択肢だってあるぐらいには功利主義。

 体力が少ない欠点があり、己の身一つで戦う状況下では必ず死ぬ。清浄な魂の持ち主のようで幽霊や堕ち神に好かれやすく、境界線の世界を行き来する影響であの世に過干渉されている。

 どこにでもあるような日常の中でも死亡フラグは満載。


 冬野白兎について。

 メインヒロイン。真っ白な猫っ毛の髪と兎のような雰囲気が特徴。

 丁寧な言葉を使ってはいるが、素は普通の女の子らしい口調になる。人に化けているからか、どうにも世間知らずのお嬢様という印象が強い。

 正体は福の神。現在は元神様。

 堕ちると反転するらしく、福の神から厄神へ変貌する。その場合黒髪へ変化するため、堕ちたかどうかは分かりやすい。

 鏡夜に執着しているのは堕ちていても変わらない。何処へ逃げても追ってくる。その場合の弱点は不明。とにかく殺されないようにすべし。


 桜坂春臣について。

 神無月鏡夜の対となる人物。英国王子な見た目に似合わない粗暴さがあるが意外と優しい。野球部所属。しかし金髪について言及され夕日丘高等学校にて騒動を起こし退部する。

 体格が良く、運動神経も抜群。戦闘特化の一人である。しかしながら幼い頃に命について考えさせられる事故を引き起こしたことがあり、誰かが死ぬ、もしくは誰かを犠牲にすることを嫌うため鏡夜とよく対立する。しかし鏡夜が誰かの命を救う選択肢をした場合協力的になる。

 誰かを救おうとして突っ走った先に死亡フラグがあるため要注意。



(……っと、俺については書いた方がいいか? ……いやでもなぁ)



 紅葉秋音とは俺のことだが、必要あるだろうか?

 ゲームキャラクターとしての紅葉秋音は弓道部の天才少女として知られている。そのため遠距離戦においては抜群の実力を持っている。

 しかし彼女は性格が悪い。というか悪女に等しい部分がある。

 サブヒロインだが鏡夜に惚れていればメインヒロインである白兎が普通の人間じゃないと気づいて罠にかけて殺すか化け物にわざと殺させる。

 それ以外にも鏡夜と他の仲間たちを仲違いさせるような言動が目立つし、彼女がいたから死んだという部分も多々……。



(俺が生まれ変わった先が紅葉秋音でよかった……ともいえるのか……)



 ただ惜しいのは俺が弓道部に通ってはいないことだろう。

 そもそも弓なんてやったことないし、出来るのかどうかすら分からない。

 ……あーでも、紅葉秋音の実力があったからこそ切り抜けた場面もあったよな。とりあえずまた時間がある時に試すか。



 それともう一つ。書いておこう。

 


 妖精について。

 ユウヒという名の妖精。『境界線の世界』の管理人。

 あの世とこの世があやふやになったせいで、若い人間の強い生命力を囮に化け物をおびき寄せ、その間に境界線の補強をするというやばいシステムを作り上げた張本人。

 そのシステムによって人が死ぬことに何の罪悪感もなく、ただの実験体を見ているようなものである。

 悪いものに好かれやすい神無月鏡夜に興味を抱きわざとあの世にいる住人を引き寄せることもある。それ以外にもあらゆるトラブルを引き起こす原因。裏ボスだから興味を持たれないよう注意。

 管理人として義務を果たすことを最優先としているため、その琴線に触れなければいいと考える。



(……ああ、そうだ。あの子もいたな)



 教室でチラリと見えた藍色の髪の毛をした女の子。男っぽい姿をしているけれど、それはわざとだということを知っているし、本来の性別が女性なのも知っている。

 交流してはいなかったあの子についても書いておくか。



 海里夏かいりなつについて

 サブヒロインの一人。見た目はボーイッシュ。しかしあまりにもやる気がないヒロインとして有名。

 夏の特徴は面倒なことだったら生きることすら諦めるという潔さだろう。

 人ではないため、境界線の世界によってむき出しになった鏡夜の魂の清浄さに惹かれて彼に近づくようになる。感情が爆発すると面倒な事態になるため要注意。攻撃的な部分もあり、選択肢によっては戦闘特化の一人に数えられる。




 ……うん。これぐらいだろうか。

 あとはいろいろと物語について書いておこう。


 俺が知っているゲームの選択肢とその結果とあと――――。



「紅葉さん、何しているの?」


「ッッ――――か、神無月くん!? あれ、授業は!!?」


「もうとっくに終わったよ。それで次の授業は教室じゃないよ。早く準備した方がいい」


「あ、ああ。次って音楽室か……」



 ちらほらといる生徒たちに素で接することが出来ていないのだろう。

 しかし他の生徒から見たら「困っている生徒に話しかけるだなんて、鏡夜君優しい!」とか言われる場面なのを俺は知っている。



「ところで何書いていたのかな」


「えっいやちょっと―――ー」



 不意を突いて奪われたそれに焦り、返してもらおうと手を伸ばすが彼はすぐさまそれを躱す。

 無情にもパラパラとページをめくられていく。


 爽やかな仮面の裏に魔王が見える……。



「へえ? 面白いな」


「いやー面白くもなんとも……」


「紅葉さん、しばらくの間借りるよ」


「えっ」



 きょとんとした俺に対して、彼は笑う。



「借りてもいいよね」


「アッハイ。どうぞお好きに……」



 鏡夜の道具である俺に拒否権なんてないんだろ。知ってたよ!!!





(あーあー、またすぐ来るのかな……)



 ノートを奪われて。でもそれに対して文句を言えずに……。

 まあ仕方がないかと思えるようになった午後の授業中。


 ある生徒にとってはもう二度と体験したくない悪夢であり、またある生徒にとっては待ち望んでいた事態。



《それでは皆さん、戦のお時間でーす!》



 それは、唐突に始まった。


 不意に聞こえてきた妖精の声に生徒たちの誰もがビクリと身体を震わせている。それに訝し気な様子で生徒全員を見た数学の先生が気のせいかと黒板にまた書き始める。

 鏡夜がいくら仕掛けたからと言っても……青組の皆にも、やはり不安はあるのだろう。


 朝の楽観的な表情が一変して恐怖の色に染まっていた。

 しかし鏡夜だけは違っていた。



《バトルスタンバイ。魔防結晶スタンバイ!》



 妖精の声が終わり、俺たち全員が移動を開始する前にと――――

 先生からは、ノートか何かを取り出すかのように。鞄に手を伸ばし掴んだのだ。



《さあ新入生の皆さんにとっては二回目の防衛戦ですよー。がんばってくださいね!》



 そういった妖精の声が響いた後。

 入学式の時とは違って、周りの人間が消えるようなことはなかった。

 ただ――――世界が全て書き換わった。



(あー、やっぱりこうなるか……)



 教室ではなく、公共に位置する夕日丘図書館。

 建物は大きく、様々な本が取り扱われている――――ゲームでならば、隠れることすら許さない化け物から逃げる状況下で最もハードモードな場所だった。



(障害物が多くても、良いことなんてないって知ったのは夕青が初めてだったなぁ……)



 とにかく鏡夜はまだ行くなという目で俺に向かって牽制している。

 それを頷き、


 まあ俺はもう目を付けられているようなものだ。

 だから今更、妖精について警戒も何もないのかもしれないけれど……。



・・・



「また……またこの世界に来るだなんて……!」


「い、生き残れるかな? 大丈夫だよね?」


「あの気持ち悪い化け物にまた会うかもしれないだなんていやだ!」



「みんな、落ち着いて。冷静に行動すれば大丈夫だから」



 一声かければ縋りつくような目で俺を見てくるほとんどのクラスメイトに内心で苦笑しながらも考える。


《おやおや。神無月鏡夜さんは冷静なんですねー! なんだかユウヒちゃんってばちょっとだけつまんなかったり……》


「っ……いや、唐突に現れるのどうにかしてくれないかな。というか、境界線を補強すんじゃないのかい?」


《まだ一線を越えるようなあの世の者が来ているわけじゃありませんからねー。暇つぶしに阿鼻叫喚となっている夕日丘高等学校の生徒を覗き見ちゃいたいんですよー》



 妖精が俺の頭の上をぐるりと回る。

 それに何やら嫌な予感がしつつも――――ただ彼女は、笑うだけだった。



《しかしユウヒちゃんはお仕事には真面目に取り組むいい子なのですよー。じゃあまた、愉快な肉壁になってくださいねー!》



 クリスタルの中に飛び込むようにして嵐のごとく消えていった妖精に小さく溜息を吐いた。


 紅葉の言った通り、あの後妖精はやるべきことのためにこちらにはもう来ないのだろう。遠くから監視している可能性はあるが、他のクラス――――例えば赤組や黄色組の様子を見に行くかもしれない。

 己自身が興味を持たれているというのは分かっているが、なるべく目立たないようにするために桜坂たちに頑張ってもらわなくては。


 これからやる行動は妖精の興味を大きく惹くこと間違いなしなのだから。



(それにしても……ゲームの世界か……)



 前世の記憶だと分からなければ、紅葉の言葉はある意味預言と同じものに類するだろう。


 しかし確実で安全に生き残れるであろう情報は、紅葉がかいたノートに記載してあるのと問い詰めて全部吐かせた情報からして、この数日までしかない。

 それまでにいろいろとこの世界の在り方について知らなくてはならない。


 皆そうだ。

 知らないからこそ、あの化け物が怖いんだろう。


 ならば化け物の生態を――――細かく全てを暴いてやればいい。

 一番懸念すべきなのは妖精だろうが、化け物とは違い知性があるため警戒は怠らない方がいい。


 少しだけ不安そうな顔をしていた紅葉に顔を向けて口を開く。



「紅葉さん。事務室に台車があったようだからそれを使ってくれないかな。僕はちょっと周りを確認してくるよ」


「……うん、了解。まだ時間はあるだろうし、すぐ終わらせてくるよ」


「えっ」



 紅葉が何の躊躇もなく外へ出たことに対して、クラスメイトが戸惑った様子を見せてくる。



「か、神無月くん。この状況何か知っているの?」


「とある少女に教えてもらったんだよ」



 正直に言えば紅葉だが、それを伝えるつもりはない。

 確実な答えより曖昧に発言した方が、みんなが勝手に誤解すると知っているからだ。



「少女って誰だ? 神無月の知り合いか?」


「もしかして……朝の、みんなが話していた……」



 ハッと何かを思いつくようなそぶりを見せたクラスメイト数名。

 周囲に集まった彼らの様子をチェックしながらも、俺は頷く。



「多分だけど、紅葉さんが帰ってきたら分かるんじゃないかな? それよりも皆には本棚を少し動かすのに協力してもらってもいいかな。それ以外にもやってほしいことがあるんだ」


「へ?」


「なに、昨日みたいにまた何かやるの?」


「それはもちろん、生き残るために必要な作業だよ」



 彼らは昨日についてハッキリと記憶している。

 化け物が実際にいたことも覚えているし、これが現実なんだっていうのも分かっている。


 恐怖から立ち向かうことは困難な部分が多い。彼らも同じく、あの化け物と正面から向かい合おうなどと考えてはいない。

 だからこそ、希望があるならそれにしがみつく。まだあの時の恐怖が鮮明に思い出されるからこそ、死にたくないと考える。


 妖精にこの世界へ連れ出される前に持ち出すことに成功した鞄の中身を見ながらも――――。



「僕にすべて任せてくれ」



 紅葉が帰るまでに、こちらも準備を整えておかなくてはいけない。



「……あ? おい神無月。なんだそれは」


「カメラだよ。何処にでもありふれた……ね?」


 見せたのは複数のカメラ。

 これを設置して、動画を撮っていくことで何かがわかるかもしれないと思えたからだ。


(無いよりはマシ程度……だが……)


 今のところ有力な情報源は紅葉のでしかない。

 もしも紅葉の情報が間違っていたらと――――そこだけが懸念材料だったから。


(全部終わったら幸運の瓶についてもいろいろ検証してみるか……)


 紅葉や桜坂と一緒に行った神社で、――――。







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