第二話 本音でぶつかり合う
キリキリキリ、という何かが裂ける音が聞こえる。
紙を引き裂いたような音に似ているが、この世界では始まりを意味する音。
化け物が空間を裂いてやって来た、ゲーム開始の合図だ。
《じゃあ後は頑張ってくださいねー!》
無慈悲な声と共に妖精はポンッと消えていった。
それに対して何か言いたいような顔をしていたクラスメイトもいたけれど、今は集中しなくてはならないと理解しているからか誰もが無言でじっとしていた。
(ゲームの時とは違うな……)
ゲームでならば、ある選択肢の一つとして存在する阿鼻叫喚エンドが有名だろうか。まあどっちにしてもバッドエンドだから意味ないけれど。
特に酷かった阿鼻叫喚エンドでは、混乱し妖精の言葉を信じきれずにいた鏡夜がクラスメイトをまとめきれずゲームオーバーとなった場面が思い出される。
後半で反撃といっても、鏡夜は戦うことは出来ないキャラクターだ。
前半で皆が好き勝手に動いたせいで化け物に襲われ、ようやくといった時にはもう手遅れな場面。あれは惨い。泣くしかなかった。
しかし、化け物の弱点を見つけるのは戦いの後半だから序盤からこんなに無言でいるのもおかしい事態だ。
やっぱり主人公に全部任せて正解だな。これからもそうするか。
「っ……」
そうしている間に、敵がクリスタルの気配か何かを察知したのか足音が近づいてきた。
素足で歩いているような、ペタペタとした音。
しかしその音はとても重い。
ゲームでならば最初の犠牲者となるはずの不良たちの鮮血によって身体中を真っ赤にしていたが、その水滴が落ちる音は聞こえない。
ギィッ……。
扉を押す音が聞こえた。
そうして大きく扉を押す音。カリカリと引っ掻く音がして―――
ドンドンドンッ! という、扉をぶち壊す勢いで聞こえてくる音が鳴り響いた。
びくりと身体を反応させる者がいて、険しい顔をして扉を睨み付ける者がいて。
女子生徒の数人は口を両手で押さえて涙目で震えていた。
外は明るいためか、視界は良好。
化け物が目指す先は生命力の結晶であるクリスタル。
人外の力はすさまじく、扉を蹴破るまでにそう時間はかからないだろうと理解させる勢いがあった。
春臣が閉めていたカーテンの裏からちらりと外を覗き込み、鏡夜を見た。
「…………やれ」
鏡夜の声が聞こえたと同時に、扉が開かれた。
入り込んだ化け物が人を襲う前に――――扉が閉められ光が遮断される。
入ってきた化け物は一体。
人型をした細長い男のような姿。身長は春臣の二倍ぐらいはあるだろう。四メートル程の身体を折り曲げて進むその異様な光景に、誰かがごくりと唾をのんだ。
身体は柔らかいらしく、頭が出入り口にぶつかってもぐにゃりと歪んですぐ元に戻ったのが見えた。
柔らかそうで細身だからと油断してはいけない。
奴の腕が振るわれれば確実に人は吹っ飛び死に絶えるだろうから。
真っ黒の肌。目も口も――――すべてが影のように黒く、人ではないと明らかに分かる姿をしていた。
それが、ゆらゆらと揺らめきながらも二足歩行をしていた。
「ぎ……ぃ……」
人の放つ声とは違う、奇妙な音が暗闇の中から鳴り響いた。
そこから何かが動いたような気配はない。ただ床をひっかくような音。時折放たれる化け物の音。それぐらいだろうか。
ゲームで見た人に向かって襲い掛かるあの化け物の様子とは本当に一変していた。
俺が見たゲームプレイより、はるかにイージーモードな状況だった。
(このまま三十分ぐらいか……)
恐怖で震えている生徒含めたほぼ全員が壇上へ避難している。
度胸のある生徒たちはクリスタルの防衛のために体育館の四隅――――それも、二階に位置する場所にいる。
化け物がクリスタルを襲おうとすれば四隅にいる誰かが音を鳴らして引き付ける作戦だ。二階にいるから一気に襲い掛かる心配はない。
暗闇の中での化け物の移動速度は遅く、音に反応して近づくがすぐ無音になったら立ち止まる性質をしていると伝えているからだ。
本当だったら着信音によっておびき寄せることが出来たならよかったと、鏡夜は言っていた。
でもこの世界では通話機能は使えない。というかネット機能は遮断され、使えるのはアラーム程度だろうか。
でもそれを止める人がいないと無理だからこそ、わざわざ人による囮作戦を実行していた。
これは、鏡夜による即席の作戦だった。
多少の危険はあれど、道具も何もない状態からよくこうして一致団結していけるものだと他人事のように感心さえしてしまう。
これならば大丈夫だと思えた。
――――ああ、それがいけなかったのだろうか。
「きゃああああああああ!!」
聞こえてきた声は、体育館の外からだった。
悲鳴を聞きつけた化け物が扉へ向けて移動し、外へ出ようとしているのが見える。
光が漏れないよう気を付けながらも外を覗いた鏡夜に続いて覗き見れば、そこにいたのは真っ白の少女だった。
(なんで外にいるんだよメインヒロイン!! いや彼女の生まれからしてそうなるのは当然でしょうけれどねえええ!!!)
ラスボスにしてゲームクリアをするために最大のカギを握る純白の少女こと、冬野白兎。
彼女は夕日丘高等学校の生徒ではない。
幼い神無月鏡夜と出会い、救われた特殊な女の子だ。
白の名の通り、彼女は染まりやすい体質をしている。
殺されれば殺されるほど、彼女は黒に染まっていく。それがいけない。
黒となれば、終わりだ。
彼女は殺されてはならない。
絶対に生かさなくては、今後死亡フラグが急上昇する可能性があるのだから。
鏡夜が彼女を見て何か考えているようだということは分かった。
しかし今彼女をそのまま放置していてはだめだ。
「鏡夜、俺が行く」
「えっ」
素のまま表情を変えずに鏡夜に向かって言った俺の言葉を、彼はただ困惑しているように見えた。
・・・
体育館の出入り口は4つ。
そのうちの2つはバリケードで封鎖しており、残りは化け物が通るための囮用と、万が一のための逃げ道確保に使っていた。
化け物からは見ることのできない――――壇上の裏手からの出入り口。
裏手側から通れば奴らに遭遇せず逃げることは可能。
外は快晴で他の化け物がいる以上、外に出ることによって生じるリスクは高い。
だからこそ、紅葉があの女の子を救いに行くと言った言葉が信じ切れなかった。
冗談を言ったつもりかと思ったが、本気のようだと気づいたのは紅葉の目を見てからだった。
嘘をついているようには見えない。
何故、他人のために命をかけることが出来るのかと。
「彼女が死ぬような事態は避けたい」
「……それも君の知識の一つか?」
微笑むだけで何も言わない紅葉に苛立ちが込み上げる。
大体彼女の言動に何故ここまで振り回されなければならないんだ。
「ああそうだ。もしも桜坂春臣君が来たら俺が救出しに行ったって言っておいて」
「…………いいだろう」
どうして桜坂について言及するのかは分からないが、一応頷いておく。
どうせそこも知識の一つだと言いそうだ。
ここがゲーム世界だというのも信じ切れていないが……しかし、彼女の言った通りに世界は進んでいる。
問い詰めたいことは山ほどあるが、ここで聞く意味はない。
まずは調べなくてはならない。
時間もない。
俺はあまり体力がないから、彼女ならばもしくはと――――。
この非常事態において、彼女という存在がとても頼もしく思える。
それが良いことなのか悪いことなのかわかりはしない。
しかしただ、何故か――――心の中で、彼女を信じてもいいと思えるんだ。
「あーでも、どうやって助けたらいいかなぁ?」
「おい」
急に不安そうな顔をしやがって。
ああ、変なところで間抜けな奴だと心配になった。
しかし紅葉は笑って、校舎側を気にしつつ口を開いて言うのだ。
「かんなづ―――ああもう。面倒だから鏡夜って呼ぶね。あのね、俺は鏡夜の指示でなら外へ出て救うことが出来るって思えるんだ。だからどうやって助けられるのか知恵を貸してほしい」
「はっ?」
「生き残るために必要なんだ。君ならどうにかできるでしょ?」
「何をっ……君は、何を言っているのか分かっているのか?」
知恵を貸してほしいと言った紅葉秋音は本気で俺の言葉通りに動こうとしていると分かった。
それがどういう意味なのかを、理解してしまった。
俺の指示に従って動くということは、その命を俺に預けるという意味を持つ。
もしもその指示が間違っていても、彼女は突っ走るかもしれない。そんな熱意を感じてしまったからだ。
頭がおかしい女は、こんな状況下でも狂っているのか?
「紅葉さんは、僕が死ねと言ったらその通りに動くのか?」
「青組として生き残るためなら、必要ならそうするよ」
この状況下で、死んでもいいというその態度の裏に何を隠しているのか知りたくなった。
妖精の説明通りならば現状死んでも本当の意味で『死ぬ』ことはない。
だが、死ぬことによって何らかのデメリットが生じるのは確実だろう。
それでもと、紅葉は譲らないようだ。
「僕があの子を救うなと言ったら?」
「それは指示じゃなくて『切り捨て』だよ。……俺はね、あの女の子を救うために必要な方法が知りたいんだ」
「僕の指示に従って紅葉さんが死んでも、それでもいいのか」
「うん。生き残りたいからね」
矛盾のような言動。
しかしそれで当然というように、彼女は頷く。
……それほどまでにもあの真っ白な少女を救う必要性があるのか。
いろいろと聞きたいことがある。
彼女の言動と知識について問い詰める必要があるのは分かってはいるが――――このままでは手遅れになる可能性が高い。
でも一つだけ、彼女に聞きたかったことがある。
「……俺を信じる理由はなんだ」
素のままに、それを問いかける。
何故俺の言葉を信じて動こうとしてくれるのか理解ができない。
赤の他人だろう。今日初めて会ったはずの、知人以下の存在だろう。
俺を無条件で頼る理由はなんだ。
「君が神無月鏡夜であるから」
そこに迷いも何もなく、真っ直ぐな目で俺を見て話す。
「生まれる前から、君を知っているから」
狂ったことを、自信満々な顔で言う。
(……馬鹿なんじゃないのか)
意味が分からない。
そんな風に俺に頼るくせに、命だけは賭けることの何かがあるのかと思わせる。
でも不思議と彼女の知識は信じられるから――――だから、その言動が恐ろしい。
「信じられないなら俺を道具か何かだと思ってもいい。俺は絶対に鏡夜を裏切らないよ」
「そっ、んな話。信じられるか」
「あはは。まあそりゃあそうだよね……でもこれは本当だから、どうか分かってほしい」
ああ、なんて女だ。
ありえない。裏切らないだなんて、そんな言葉に騙されるつもりはない。
でも何故、この女は真っ直ぐ俺を見て笑うんだ。
本気で言っているように。それが当然と思っているかのように。
俺の何を知っている?
この女は――――紅葉は、何故こうも好意的に俺を見てくれるんだ?
真っ直ぐ見てくれる瞳に嬉しいと感じる理由はなんだ。
命をかけてもいいほどの信頼なんて、今まで感じたことがない。
引き攣った口元が、ゆっくりと開かれる。
苛立ち交じりに舌打ちをしたい気分が襲い掛かる。
いつもならばこんな風に取り乱したりはしないというのに――――。
「後で覚えてろ」
衝動的に呟いた声に、紅葉が笑った。
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