第一話 始まりの妖精






 主人公、神無月鏡夜かんなづききょうやは小さなトラウマを抱えた猫かぶりの少年だ。

 トラウマといっても親友に裏切られたという他人にとっては些細なものだった。

 しかし、本人にとっては人を信じられなくなるような重い出来事の一つ。そのせいで、俺を信頼してくれるのは難しいかと思ってはいる。


 まあそれは今ここで考えなくてもいい内容だろう。



 とにかく鏡夜は美形で猫っぽく、身内認定されるまでは腹黒い選択肢しか出てこず、ある一定のイベントをこなせば他のキャラクターに対してツンデレになるのが特徴の主人公だ。

 その頭の良さ以外は攻撃も体力もないため他のメインキャラクターたちに支えられて生き残ることが出来るといった性能から、ゲームの難しさを引き上げているのは彼のせいなんじゃないかと言われている元凶。


 ゲームをクリアした人々から見れば彼こそヒロインの一人に類されると言われるぐらいだ。


 そういった性格がドストライクだと言ったお姉さま方によって、他のメインキャラクターとの二次創作が大いに話題になりいわゆるそこからホラー嫌いの人でもやりたくなるという人気ゲームへとなった点が有名だった。

 それ以外にもホラーゲームとして謎を追求したい勢から名高い人気となった。


 まあそれでも投げ出す人が大量にいて、詰みゲーとかクソゲーとかいわれるレベルだったのに、その後に出てきた夕赤などの続編ゲームが人気に火をつけた要因ともいえるけれど……。


 神無月鏡夜なんて他のキャラクターに比べたらまだ優しく可愛らしい性格をしていると俺は思う。

 青組には個性豊かなキャラクターがいる。というか大半が危険人物しかいない。


 まあイベントさえこなせば優しくなるから多分大丈夫だろう。


 それに、最大の難関でみんなのトラウマとされた彼女だっているから――――。




《入学式の途中ですがいくさのお時間でーす!》



(ひぇ……きちゃった……)



 やはり前世の記憶は正しいのか。


 響いてきた声は、入学式のマイクの音からじゃない。

 まるで頭の中で響いたような幼い女の子だった。


 それは、ゲームでよく出てきた悪魔……じゃなくて、妖精のもの。

 ああ始まったのだと分かって戦慄する。


 今ならまだ神無月鏡夜に頭がおかしいと思われる程度で済んだはずだった。


 いやものすごい致命傷だけれど、それでもまだ引き返せるレベルにいた。

 鏡夜ならば俺が敵だと思われるような行動さえしなければ関わり合いになりたくない女だと思われる程度で済むからこそ、あの裏庭で暴露をする覚悟を持てた。


 でもこうなったら、生き残るという意味で新たに決意を決めなくてはならないかもしれない。



「なんだ、今の声……」



 呟いた声は鏡夜ではなく、近くで座っていた新入生から発せられたもの。

 それと同時にざわめく声も大きくなった。


 ああ、ゲームで見たことのある光景だ。

 それに感動なんてしない。むしろ恐怖が近づいてくるという意味で逃げたくなる。


 鏡夜は周りを観察しているのだろう。

 俺も周囲を見れば、困惑に満ちているのは新入生がほとんどだった。

 この学校の在校生たちはそれを当然の事のように受け入れており、教員や保護者は何故急に騒がしくなったのだろうかと首を傾けて戸惑っている様子が見てとれる。


 そうしてマイク越しに、校長が口を開いた。



「皆さん静かにお願いします。神無月鏡夜さん、前へどうぞ」


「はい」



 鏡夜も他の新入生と同じく内心では困惑に満ちているんじゃないだろうか。しかしそんな感情を表に見せず、威風堂々と壇上へ歩き出している。

 さすがの度胸。主人公だからだろうか。


 俺ならばこの世界がゲーム世界だと知らず、何の知識もない状態でここにいたらいろいろと失態をしていただろう。



《新入生をアップロード。クラス別アップロード。赤組と青組、黄組をアップロード!》



 アップロードとは、すなわち名前を刻まれるというもの。

 そうなってしまうと俺たちはもう妖精から逃げられることはない。

 学校を辞めても休んでも、十八歳になるまでは絶対に俺たちをクラスごとに分類して連れて行くからだ。


 ……そういえば、この世界って夕青でいいんだよな?

 いやさっき夕赤主人公に会ったけれど、一応いるってことはわかっているけれど……。


 一番最初に売り出された夕青のゲームがある意味成功したから、次のゲームとして出たのが『夕赤』だった。赤組がメインとなったストーリーだったし、恐怖が少なく無理ゲーではない、ただの爽快バトルアクションゲームみたいなものだった。


 夕赤主人公からして魔王様っぽいところあったし。



「いやでも……」



 ありえないと首を横に振って、ざわめく周囲から真っ直ぐ鏡夜の方を見た。

 彼は真顔で壇上に上がり、ゆっくりと――――こちらを見たのだ。



《バトルスタンバイ。魔防結晶スタンバイ!》



 視界がぼやけていく。

 妖精が何かしているのだろう。周囲の空気が揺れ動くように感じた。

 遠くにいた先生たちがうっすらと消えていく。――――いや、実際には消えてはいないはず。


 でもまるで蜃気楼のように、先生たちの体が一気にかき消えてしまったんだ。

 それはすなわち俺たちが境界線の世界へ連れていかれたという証。


 彼らが消えたんじゃない。俺たちが消えたんだ……と、思う。たぶん?



(あれ、そういえば何で俺たちが消える側だったっけ?)



 何か、重要なことを忘れているような気がする。思い出せない部分がある気がする……のに分からない。なんだろうかこのもやもやは。

 うう、頭痛いような気がする……。



(いや、忘れていることならあまり意味はないはず。今必要なのはこれから来る化け物を退治することだけだ)



 今ある現実は本物で、俺の頭の中にある前世の記憶の通りに動いている。

 ――――すなわちこれは、本物だ。


 消えるかどうかとか些細な問題だろうと思考を切り替える。

 だってここからが本番だ。


 夕青のゲームが始まったのだと、体が震えてしまった。

 しかしそう思えたのは俺だけらしい。


 周囲にいる生徒たちは椅子から立ち上がって周りを見て動揺している。

 困惑したように冷や汗をかいて、何が起きたのかと喚いて。



「なんだよこれ! 新手のどっきりかよ!」



 残念、どこぞの小悪魔な妖精による神隠しの一種です。

 ドッキリだったらよかったなー。



「保護者席……ううん、先生がいない。お母さんたちもいないし……何が起きたの……?」



 若い生命力を使ってクリスタルを作るから、生徒以外は対象者とならずこの世界から追い出されるんです。

 まあそんなことを言えるわけもなく、立ち上がってどうしたらいいのかと話し出す青組の生徒達を眺めていた。


 壇上からこちらへ戻ってきた鏡夜が真っ先に近づいたのは、とっくに作り上げられた俺たちが守るべきクリスタルの結晶。俺たちが守るべきもの。


(あーあー……殺されなきゃいいなぁ……)


 そういえば死ぬときの痛みってどうなっているんだろうか。それに主人公と同じように幽霊は見るのかな。

 現実で死んだらゲームオーバーだが、境界線の世界で死ぬのはゲームではバッドエンド直行を意味することだからな……。


(こういう時に夕黄主人公だったらどうするんだろう。直感によっては諦めちゃうのかな。いやそんなわけないか……)


 ふと、気になったことがあった。

 ――――主人公と他のキャラクターとの死が明確に違うことだ。


 他の生徒が主人公のように死んでも、ゲームステージが終わればただの悪夢として処理されるはず。

 主人公の場合はプロローグが終わり第一話の防衛戦の後から幽霊を見るようになった。しかし他のキャラクターは見なかった……と思う。

 まあその時の生徒に起きた不幸の連鎖は酷いし憐れむものもあったけれど……。


 不意に、誰かが俺の肩を叩いた。



「紅葉さん」


「えっ、神無月くん? なんでここに……」


「それはわざと言っているのかな」



 クリスタルの近くにいるはずの主人公が何故俺に近づいてきたのだろうかと一瞬疑問に思えて……。

 ああ、主人公の苛立ったような顔でようやく理解した。



(まあそりゃあ裏庭で俺が預言っぽく変なことを言ったらすぐこっちに来るのは当然だよなぁ。でもゲームだったらクリスタルの近くにいて初めてそこで妖精が出現して、そこでチュートリアルが始まるはずなんだけれど……)



 あれ、妖精さん何処に行った?



「紅葉さん、僕の話を聞いているか」


「あっ、うん。ごめんなさいおれ……じゃなくて、私の予想とは外れてチュートリアルが始まらないから」


「チュートリアル? ……なるほど、つまりこれは君の言った通りの出来事ということか」



 目を細め、俺を見た鏡夜は何を考えているのだろう。


 幸い他の人たちはクリスタルの近くに集合しており、最初の犠牲者となるあの不良たちはもうとっくに体育館の外へ出ているぐらいだ。


 クリスタルから少し遠く、敵が襲い掛かってくるまでに時間がかかるであろう出入り口から遠い壁沿いにいた俺と鏡夜は向かい合った。



「神無月君は、私のことが信じられない? もしかして敵だと思ってる?」


「いや、君の言葉を信じるよ。ここが現実的じゃないからね」


「……つまり、神無月君から見たら私はまだ得体のしれない変な女ってこと?」


「あはは。……あの時話してくれたから、僕はこうしてそこまで取り乱していない。だから、感謝はしているんだよ」



 感謝はしている。でも否定の言葉はない。

 まあつまり、裏庭で言った言葉は信じられても、俺自身はまだ信じ切ることが出来ないということか。



「君はどうして僕に言った? 何が起きるのかは分からないけれど、言うことによって生じるリスクは高いだろうに……何故、話をしようと思ったんだ?」


「君が神無月鏡夜だからだよ。君の頭の良さは私が命をかけて行動することのできる唯一だからね」




 クリスタルから一定の距離を離れた時点で、死ぬ確率は格段に上がる。

 この境界線の世界では、化け物にとってクリスタルが囮となる存在。生命力にあふれた、奪わなくてはならないものだ。

 しかしそこから離れたらどうなるのか……。すなわち、クリスタルと似た生命力を持つ俺たちが狙われるようになる。


 だから危険で――――この境界線の世界のどこかでいるだろう他のクラスメイトと合流することは困難だった。

 それが俺の中にある知識の一つだ。


 夕青の主人公しか頼れない時点で生き残れる確率はゼロに近い。

 でもこいつの頭脳を信じたい。



「……待ってくれ。……命をかけるとは、どういう意味なんだ?」



 ハッと我に返った鏡夜が、クリスタルを見た。

 そうして私を見て何かを考える。


 それは俺の言った言葉を信じるに値するかどうかということだろう。



「言っておくけれど、今はまだチュートリアルだから酷い状況にはならないと約束する。でもこれからは分からない。

 私を、みんなを助けてほしい――――神無月君の力が必要なんだ」



 俺はまだ死にたくない。

 まだ、生きていたい。


 頭を下げた俺に対して、鏡夜は無言でいた。

 しばらくは何も言わずにいたが考えてばかりでは何も意味がないと思ったのだろうか。



「これから起きることを話してくれ。具体的に何をしたらいい?」



 この質問に対して、一瞬だけ言葉が詰まった。

 言ってはいけないという感情。でもそれは……何故?


「紅葉さん?」


「あ、ああいや……」



 首を横に振って、鏡夜と向き合う。

 



「まず第一優先として、あのクリスタルを守らなきゃいけない。あれは私たちの生命力の結晶だ。

 一度や二度程度なら化け物に奪われてもいいけれど……いつか現実で死ぬ確率が高くなるから止めた方がいい」


「一度や二度ということは、また起きるのか……」


「私の記憶通りなら、確実にね」


「ああ、何度もチュートリアルだと言っていたな……ならば、どの程度弱いのか見極めないといけないかな」



 俺の言葉によって、どう対処すべきか考えている。

 その姿はある意味頼もしいとも思えた。


 夕赤だったら物理的に。夕黄だったら直感で。

 夕青ならば、必要な情報を整理して、考えて攻略するのだから。


 だから俺が、になろう。



「どうすれば勝てる?」


「これから来る敵を倒すか阻むかして、この世界を作り上げた妖精が指定する一定時間以内に守れば勝ちだよ」


「……敵の弱点は?」


「入学式に来る敵は目が弱い。暗闇の中だったら何も見えなくて立ち止まる。でも音には敏感だから気をつけて」


「よし分かった。……桜坂君。ちょっといいかな!」


「ああ? なんだよ急に」


「さっき外へ出ていった生徒たちを呼び戻してほしい。君だったら出来るだろうから……それと早急にやってほしいことが――――」



 夕青のメインキャラクターで戦闘特化たる桜坂春臣。

 金髪で格好良く、鏡夜に比べて体格も大きいため見上げなくては目線が合わない。

 英国王子かと思えるような見た目をしているのに乱暴な口調がギャップだとプレイヤーたちに人気で最後の良心とか言われていたけれど、実際に会ったらちょっと不良みたいで怖い。


 でもそこはどうでもいい。

 俺はただ、内心でガッツポーズを決めた。


 なんせ彼は夕青で唯一の常識人にして戦闘特化だからだ。

 彼がきちんと協力してくれるなら、絶対に裏切ることはない味方の一人。



(おっしゃあああああこれで少しは死亡フラグが回避される! たぶん!!)



 チュートリアルで必ず犠牲となった生徒達をも呼び戻すとはさすがは主人公。

 それと同じく、彼の行動によって全員生存となる可能性が高くなる。



「紅葉さん、敵は何処からやってくるんだ?」


「ああそれは――――」



《おやおや。未来予知系の能力でも持っている生徒でしょうかね……困りますねえ。いろいろと……》



 ゲームで聞いていたいつもの声色とは違った、とても静かで不気味なもの。

 この場所へ連れてきた妖精の声が、俺の背後から聞こえてきたのだ。



 その声を聞いた瞬間、なんだか本当にやってはいけないことをしてしまったというような感覚に襲われた。

 それが何故なのかは分からないけれど……。

 


(妖精……にして、ゲームではある意味元凶と言われる裏ボス……)



 恐る恐る振り返ってそちらを見れば、手の平に収まる人形サイズの小さな生き物がいた。

 それは、一見すれば人畜無害のような可愛らしいもの。


 その小さな生き物は、人型をしていた。幼い少女のような顔立ちだった。

 黒髪で目は赤くて。しかしその頬は林檎のように真っ赤で。

 背中には透明で蝶々が生やすような翼を付けており、小さな手には星形の杖が握られていた。まるで御伽噺かなにかで出てきそうな妖精が、俺に向かって怒ったような態度をとってきたのだ。



《もう、駄目ですよ! 新入生に恐怖と夢をお届けするのが私の役割だというのに、それを奪うだなんて!》


「ご、ごめんなさい……」


《謝ったので許します!》



 手のひらを返してきた彼女に思わずツッコミたくなったが首を横に振って思考を切り替える。


 待て。まてまてまて。

 チュートリアルにして本来クリスタルの中から登場するはずの妖精ユウヒが何故ここにいる。


 俺と鏡夜の会話を聞いていた……?

 いやあり得るな。だってここはユウヒの作り上げたステージ。

 管理人が知らないことはないと言える。


 この妖精はある意味怒らせてはならない裏ボス。

 味方でいるうちは頼もしく、敵になったら恐ろしい存在。

 俺の知識が妖精の逆鱗に触れてしまったらと――――恐怖が込み上げてきた。



「あの……ネタバレ厳禁とか、ないですよね?」


《そうですねぇ、あなたのような未来予知系の人は初めてですから面白いですし、構いませんよ!》


「そ、う……」



 安堵の息をついた俺を、妖精が面白そうに見る。

 でも、それが間違いだった。



《私のこと、知っているんですね》



 くるりと頭上で回った妖精に対して直感的にやばいと悟った。

 妖精に目を付けられるということは、死にやすくなるという意味があるのだから。



「ち、知識として知っているだけです」


《ふーん。それはそれは……是非ともあなたの頭の中を覗いてみたいですねぇ》


「いやそれは…………」


《なーんて、冗談ですよ! 覗き込むのは止めておきますね! だってあなたの頭の中ぐちゃぐちゃですし。あまり汚いものは見たくないんですよー。まあそれ以外は別ですけどね!》


「別って……」


《知りたいですか?》



 まるで悪魔の誘いのようにも見えた。


 冷や汗を流した私の腕を引っ張り上げ、誰かの背中が目の前に立つ。

 よく見たらそれは警戒した表情を浮かべている鏡夜だった。



「君が僕たちをここへ送り込んだ元凶かい?」


《おやおや、懐かしい……いえ、理解が早いようでユウヒちゃんは嬉しいですよー! はい、私は魔の境界線の管理人にして夕日丘町の妖精、ユウヒちゃんでーす!》



 気づけばクラスメイト全員が集まって目の前にいる妖精を困惑気味に見ている。

 ある意味ゲーム通りの展開。



《魔の境界線は、あの世とこの世の境目。しかしこの数百年あの世にいる化け物たちが生命力を食おうと狙ってやってくるようになってしまったんです。

 やってくる化け物の囮としてあなたたちの一日分の生命力を使いましたー!》



 いわゆる、クリスタルが生命力の結晶であるということ。

 それを囮として使われるという話。


 この世界は魔の境界線であるため、妖精が誘い出した人以外の生き物は誰もいないということ。


 ゲームで防衛しなくてはならない一定時間とは、妖精が境界線にてあの世の化け物がやってこれないよう大きな防壁を作り上げるまでの間ということだ。


 その時間は、お話が進むごとに長くなり――――化け物が強化され難易度が高まるので有名だった。

 ラスボスなんて運ゲーに等しいもの。

 五百以上のバッドエンドを経てようやく乗り越えられるとか無理ゲー運ゲー通り越してクソゲーなんじゃないか。

 まあ俺以外の他のプレイヤーたちもあまりの難しさに嘆いて、夕青について炎上しまくっていたけれど。


 でもそこが面白かったんだよなぁ。

 選択パターンでさえ数千とあって、エンドも豊富で楽しかったし。



「……紅葉さん」


「え?」


「あの妖精の言っている内容は、本当のこと?」


「ああ、うん。そうだよ」


「そう……」



 まさかとは思うが、鏡夜が俺に問いかけてきたということは、ある程度は信じてくれたということか?



(落ち着け俺。なんか泣きたい気分になるのもよくわかんねえけど落ち着け)



 好感度がマイナスからようやくゼロ地点へ戻ったと言えるのだろう。たぶん。

 変人じゃないならまあいいかと頷く。


 そうしている間にも、妖精は笑いながら説明をしていた。



《化け物を殺しても構いませんよ。貴方たちが死んでも、その日一日分の幸運が消費されるだけですので本当に『死ぬ』わけではありません! 無様に散って、肉壁役になってくださいねー!》



 今まで黙って聞いていた生徒たちが、恐怖に煽られて感情を爆発させた。



「おいふざけたこと言ってんじゃねえよ! 誰が肉壁になるか!!」


「怖い。なんでそんな……元の入学式に帰してよ……」


《あなたたちが夕日丘高等学校の生徒である以上、それはできませーん!》



 理不尽な説明に一部が怒り、一部が悲しみ、――――鏡夜だけは俺を見て笑っていた。


 とても楽しそうに。

 理不尽な状況でも乗り越えてみせるというかのように。



「……一定時間ってどのくらいかな?」


《そうですねぇ。今回は初めてですし……三十分程度でしょうかね》



 それが嘘か本当かは分からない。

 しかし本当だとしたら、三十分も守らなくてはならないと考えない方がいい。いつか三十分という時間が短く済んでよかったと思うようになるからだ。


 そこも想定し、主人公は動くのだろう。



(ある意味理解力は高いんだよね……鏡夜ってキャラクターは……)



 困惑しざわめくクラスの中央で、鏡夜が手を上げ大きな声を出す。



「皆落ち着いて聞いてくれ。化け物と無理に戦う必要はない。クリスタルを守ればいいだけだよ」


「何でそんな冷静でいられるんだよ神無月! そもそも入学式の最中だっていうのに何でこんな目に……」


「気落ちしていても仕方がないだろう。ここは現実だ。非現実的だったはずの妖精が目の前にいる以上、彼女の言うように化け物がいる可能性が高い。それとクリスタルもそうだ。……君たちだって、理不尽な目に遭い死にたくはないだろう?」



 周りの視線が、鏡夜に集まっていく。

 不良たちは面倒そうな顔で、繊細な生徒は蒼白の顔でいて。

 でも苛立ちや怒りもあった。



「今日は記念すべき入学式だった。この一年共に過ごす最初の日にこんな目に遭ってなんだけれど……だからこそ余計に、妖精の言うようにクリスタルを守り抜いて勝ってみたいとは思わないかな?

 こんなところで震えて何もせずにいるより、今のうちに守りを固めておいた方がいいと思うんだ」



 笑いかけた鏡夜の声が体育館内で響く。



「卒業した時に、いつかまたみんなで集まって、それで入学式はこうだったって笑えるように――――」



(ああ、ゲームの選択肢の一つにあった内容だ……)



 生徒たちを助けるために、震えていた子たちへ向けて無理やりにでも動けるように言ったもの。


 その言葉は、心に落ちるものだった。

 泣いていた子が奮起する。「そうだな」という呟き声と共に、誰もが頷いた。

 


「今のうちに扉を塞ごう。それと椅子でバリケードを作っておこう!」


「ああっ!」


「やることはやらなきゃな!」


「せっかくの入学式だっていうのに、死にたくないもんね!」



 せっせと皆が心を一つにして、妖精に八つ当たりするまでもなくすぐさまバリケードが作り上げられる。

 扉は鍵をかけ、カーテンを閉めて光を遮断し、クリスタルの光の輝きが見えなくなるように壇上にあった分厚いカーテンを上から――――。



(あれ……)



 ゲームとは違う展開に首を傾けた。

 だってこのゲームステージでは、扉での防衛戦が主だったはずだ。

 椅子を武器にしていても化け物には敵わず、ほぼ全滅するというのが当たり前のもの。


 前半のゲームステージではその絶望的状況に主人公が頭脳を使って弱点を見出し、後半にて彼一人だけ生き残ったというものだった。

 しかしクリスタルは食い散らかされゲームオーバー状態。

 現実へ戻っても連鎖する不運により妖精の言った言葉を信じ、何が重要なのかを理解していくというのがメインのはず。


 負け戦が当然のチュートリアルなのだから。



「ねえ神無月君。なんでカーテンをかけるの? クリスタルの周りにバリケードを作るんじゃなくて?」


「君が言ったんだろう。弱点は目だと」



 笑った彼は、青組の生徒全員に向かって言う。



「化け物はどうやら視力が弱いらしい。! 音に敏感だろうから、これから先は声は出さないよう注意していてくれ!」



 彼女が―――という言葉に対しては、妖精の方をわざと見て。

 妖精は何も言わずに面白そうに彼らの行動を傍観していて。


 そうして皆が誤解する。

 それが当然なのだと、いい方向に考える。



「僕の言う通りに動いてほしい。そうすれば今日一日無事に過ごせるだろうから――――」



 この主人公、頼もしすぎる。




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