ホラーゲームに転生させるとか、神は俺を嫌っているようだ
かげはし
前章 ホラーゲームに転生させるとか
プロローグ 転生したらホラゲーの世界だった
前世の記憶って何であるんだろうって思うことがある。
強くなってニューゲームってわけじゃないだろう。なのになぜなのか……。
「ああ転生しても現代だったとか、面白くもなんともないよなぁ……」
俺の場合は『女体化転生』という何とも微妙なものしかもらうことが出来なかったらしい。
まあ女体化とかそういうのにはあまり違和感がないから気にしなくてもいいか。男だった時の感覚が残っているようなものだし。
恥ずかしいこともあったけど、今はこの自分をちゃんも受け入れている。
……それにしても、前世の記憶があるのは神様が俺に対して何かしらの業を背負わせたというのだろうか。
前世では何処にでもいるような普通の生活を送っていて、それで事故で死んだだけなんだと思う……。
まあ完全に覚えているわけじゃないけど。
「……これが俺じゃなかったら普通にお付き合いしたいレベルなんだけどな」
鏡の前でまじまじと見た自身の姿。
茶髪のポニーテールに、勝気な顔立ちとスタイル抜群の身体。栗色の瞳は勝気に輝いていて、美人というよりは可愛いと言えると思う。
これは俺の努力の結果ではない。両親から貰った遺伝子の結果だ。
それにおっぱいは平均程度だが、誰よりも美乳であると自信を持って言えるだろう。まあ、誰かに言うつもりはないけれど。
しかし女に生まれ変わっても俺の中身は男だから――――誰かと恋人になったり将来は夫婦になったりなどということはないだろうな。
俺にはまだ小学生の可愛い弟がいるから、あの子に子孫繁栄は任せようと思う。秋満は頭もいいし、将来も有望な弟だ。
……うん、俺は男に抱かれるつもりはない。
「うーん……でもどっかで見た顔立ちなんだよなぁ……」
何時からだろうか。ずっとデジャヴのような感覚に襲われるときがあった。まるで自分が自分でないような感覚。
今目の前にいる自分が他人のような――――自分自身だというのに何故なのか。
記憶があるからか? だから他人事のように可愛いと思えるのか?
紅葉秋音という名前も、その見た目も。
そして、これから毎日のように着るはずの高校生の制服もどこかで見たことがあったような気がする。
夕日丘高等学校というこれから入学する場所でさえ、何かデジャヴを感じている。
もやもやするというのに何故かその疑問が晴れない。
何かを忘れているような気がするんだ。
冬の匂いがする、大事な何かを……。
「……いやもう、今悩んでいても仕方ないか」
そうやって、気のせいにしなきゃよかったんだ。
――――教室の中で出会ったその一人を見て、ようやく理解した。
俺が何故こうして記憶のあるまま転生したのか。
その業が何なのかを。
(でも俺は何も出来ない。死ぬしかない……?)
転生してチートを貰ったわけじゃない。
ただ女体化したってだけ。
でも頭脳は同じだから、小学校の頃からイージーモードで日々を送っていた。
とりあえず気楽に、強くなってニューゲームを満喫しようと思っていただけだった。それがいけなかったのか?
こちらへやってきた少年が誰なのかを俺は知っている。
でもなんだか懐かしくなるような――――幼い頃に会ったような感覚。
多分前世の記憶のせいだろうけれど……。
「初めまして、僕は神無月鏡夜。これからよろしくね」
「初め……まして。わ、私は紅葉秋音っていうの……」
教室内にて爽やかな挨拶をしてきた黒髪の美形に対して引き攣った笑顔を返す。
人形かと思えるぐらいにはまつ毛が長く綺麗な顔をした中性的な男。細身で男性の平均身長ぐらいにはある姿をしている。
深い海を思わせる青色の瞳を見た瞬間、俺は誰なのかを思い出し盛大に口元を引き攣らせた。
(神よ、俺は何をやらかしましたかあああ!!!)
前世にて人気のあった最難関ホラーゲーム『ユウヒ―青の防衛戦線―』。
通称『夕青』で知られている。
それは、夕日丘高等学校の生徒たちが被害者となったお話だ。
境界線を管理している妖精ユウヒが、とある化け物達を退治してほしいという願いによって作り上げられた空間で強制的に防衛戦をやるというもの。
『境界線の世界』と言われるバトルステージの中心には対象者全員――――つまり、クラスメイトの生命力を集めて結晶化したクリスタルが出現する。
それを囮にして化け物共を引き寄せているため、そいつらを倒すか侵入を防ぐか何かしないとクリスタルを奪われ結果的に対象者全員が死ぬだけ。
しかし境界線の世界にいる間、生徒たちは化け物によって殺されても現実で死ぬことはない。
ただの悪夢のように、全てが終わったら目が覚めるのだ。
だから序盤で死ぬのなら、ただ不幸な目に遭うというだけ。
負けを繰り返せば恐ろしいことになってはいくし、心霊現象に悩まされるようになってしまうが……。
それと夕青ゲームの世界では共通して人の生命力とは『幸運値』を意味するものだとされている。
幸運がなければ死ぬ確率が上がり、またあの世の住人から餌として狙われる可能性が高くなる。
一番怖いところは、ゲームオーバーし続けることによってじわじわと不運が襲い掛かり、突然の不幸によって死ぬという場面だろうか。
階段からこけて頭から落ちたとか、急に花瓶が降ってきたとか。それぐらいならまだマシな方だと言えよう。
グロ注意は確実。突然の主人公の死とかあれはない。
そのための救済措置として妖精から貰えるアイテムがある。
しかしそれでも最難関と言われるだけあってバッドエンドになりやすいのだ。
そして、最大の問題として夕青ではヒロインを除くキャラクター全員に特殊な能力など何もない。続編で出てきた夕赤と夕黄は何かしらあるというのに。
――――今俺の目の前にいる鏡夜もそうだろう。
すなわち、夕青の主人公は体力もないし戦う力のない頭脳特化。唯一戦えるとなれば一年青組では二人程度だろうか。
二十数名いる中で二人だけしか化け物と真っ向から挑むことはできない。
化け物は怪獣かと思えるような気味悪い知性のない獣ばかり。
体力も人間の数倍はあって、倒すことはほぼ不可能だった。
だから夕青のゲームは『防衛戦』がメインなのだ。
戦うのではない。
クリスタルを守るために妖精が作り上げた空間内で道具や武器を拾い上げ、一定時間の間に壁やなんやらを作り時間を稼ぐというもの。
それが出来なければバッドエンドを迎える。
そういうゲーム知識が頭の中で鮮明に思い出した。
何故かは知らないけれど、これから先でそういうのが起きるって直感が働いたんだ。
「あはは……」
「ん、どうしたの紅葉さん?」
「……これから入学式だから緊張しているだけなの。気にしないでね神無月くん」
「そうかい? ならよかった」
この主人公、今は何を考えているんだろうか。
腹黒で毒舌キャラなのを隠して、最初は猫かぶりからスタートするから爽やかそうに見えて内心では俺のことを値踏みしている可能性が高い。
(ああ家に帰りたいっ! 面倒くさい!! でも帰っても意味がない!)
転生したら異世界だったならよかったのに、何で俺はホラーゲームの世界にいるんですかああああ!!
そう頭を抱えて、どうすりゃあいいのかと思い悩んで――――ふと、思ったのだ。
(そういえばこの神無月鏡夜って頭脳特化だったな。頭いいならこいつに全部押し付けて考えてもらう方が良いか?)
俺が頭おかしいとか思われても仕方ない行動だろう。
しかし、死亡フラグが乱立しているこの世界で俺が生き残るための手段は主人公たる神無月鏡夜にしかない!
ならばと俺は、他の生徒に話をして離れようとする彼の腕を引っ張った。
「ねえ神無月君。入学式前にちょっとお話したいことがあるんだけれどいいかな」
――――今思えば、ここから崩壊は始まったのかもしれない。
いいや、すでに崩壊は始まっていたんだろう。
前世の記憶なんて、ある方がおかしいのだから。
・・・
それは、桜が咲き誇る記念すべき入学式から起きていた。
(……なんだあの人?)
窓側の席に腰かけた鏡夜が訝し気に見つめていた先にいたのは、雪が人型になったかのような真っ白の少女であった。
何故真っ白なんだろうか。
なんせこの学校では男子生徒が学ランであるように、女子生徒も真っ黒のセーラー服を身に着けるのが規定となっている。
しかしその少女だけは、何故か白と青を基調としたセーラー服を身に着け明らかに異質な存在だった。
しかも彼女自身が雪のように真っ白な肌と、白銀のようなふわっとした腰までかかる長髪が特徴だった。
瞳の色は赤色で、まるで白兎が人になったかのようだと錯覚する。
鏡夜は眉をひそめて白の彼女を見た。
その女は明らかにクラスの中にとっては異様な存在だ。とても目立つ服装をしているのに、何故か誰にも視線を向けられていなかった。
まるでそこに彼女がいないみたいに。
「っ――――」
不意に女が鏡夜の方を向き、とても嬉しそうに笑みを浮かべた。
それに何故か、背筋が凍るような寒気がした。
「よぉ、何見つめてんだ?」
「っ……あ、ああ」
「ん、どうした?」
肩を叩かれビクリと震えた鏡夜の姿を見て訝しむ金髪の男。
そんな彼に向けて、鏡夜は慌てて猫をかぶった。
そうして、あの少女ではなく目の前にいる彼を見た。
先ほどの動揺を全く見せない爽やかそうな笑みを浮かべて口を開いたのだ。
「何でもないよ。それより君は……同じクラスになった新入生、だよね?」
「ああ、俺の席はここ。お前と隣同士だな。というか聞きたいんだけどお前って入学試験で満点叩き出した噂の神無月か?」
「まあそうだけど……噂って?」
「いや、部活の連中が言っていたんだよ」
「あはは。なんだそれ」
「……にしても、お前さっきから何見ていたんだ? あの紅葉って女か?」
「ん?」
指差した先にあったのは、茶髪のポニーテールを揺らめかせた女子を中心とした男女生徒が笑い合う光景。
あの紅葉という少女は確かに可愛らしく、人に好かれやすいタイプなんだろう。
それ以外にも、教室ではそれぞれがグループを作り上げ話をしていたのが見えた。
教室で一人でいるのが鏡夜とあの白の彼女、そして隣にいる男ぐらいだろうか。
鏡夜はただ首を横に振った。
「あの紅葉さんって人は見てないけれど……なんでそう思ったのかな?」
「おおそうかよ。いや―なんか、噂の神無月鏡夜はボッチのまま友達も作らずにクラスを眺めているからコミュ障なのかと……」
「アハハハハハハ喧嘩でも売っているのかな」
心の中で親指を下にし、余計なお世話だと嘲笑する。
猫をかぶっている鏡夜がそれを表に出すようなことはしないため、目の前にいる男がそれに気づくことはなかった。
「じゃあ何見てたんだよ」
「あはは、何でそれを気にするのか分からないけれど……まあ、ちょっとね。それに僕はもうある程度みんなと挨拶をしていたからボッチとかじゃないよ。
そういえば君は随分と遅く教室に入ってきたようだけれど、何かあったのかな?」
「隣のクラス……ええと、赤組で迷子になっていた奴がいたから送っていただけだよ」
「それはそれはご苦労さま」
意図的に喧嘩を売っているのかと思えたが、そうじゃないらしい。
鏡夜は男に対して観察を怠らなかった。
どう考えても先ほどの真っ白の女性と同じぐらいには目立った見た目をしていたからだ。
金髪は地毛らしく、瞳の色も薄い金色だった。おそらく海外の血が混じっているのだろう。
一見するとどこぞの英国王子かと思える程度には品があるように見えるが、口を開くと乱暴そうな言葉が飛び出してくるためかなり印象が変わる。そこがまたギャップを生み出しているかのように見えるが、女子受けは良さそうだなと評価をする。
しばらくして鏡夜の隣の席に座った男に向けて、優しく笑いかけてやった。
「挨拶はまだだったね。僕は神無月鏡夜」
「桜坂春臣だ。……まあ、仲良くやろうぜ」
「あはは。そうだね」
笑いながらも会話を続けて、人が増えては話をする。
そうしてふとあの少女のことを思い出し視線を向けたが――――そこにはあの真っ白な少女はいなかった。
教室の中の何処にも彼女の存在は見当たらなかった。廊下に行ったのかなと考えるが、それにしては変だと思えた。
何か違和感があった。
「……桜坂くん。ちょっと聞きたいことがあるんだけれどいいかな?」
「なんだよ急に」
「君は白髪の女の子を見なかったかな? 制服も黒ではなかったからかなり目立っていたはずなんだけれど……」
「はっ? なんだそれ」
冗談だろうかと言うように、春臣は目を細めて鏡夜を見た。
「白髪なんて目立つ女、俺は見てないぞ」
春臣の言葉に鏡夜は思考を回しつつ、口元を引き攣らせた。
現在時刻、入学式前の教室内。
正門からここまで来るのに時間はかからない。なんせ一階にある教室だ。
教室の廊下側は窓で誰が外にいるのか分かりやすく、今は数人の生徒が立ち止まり話しているのが見えた。
そもそも普通に考えておかしいだろう。
この教室で目立つ服装をしていたのなら誰かしらの視線は向けられるはず。あのポニーテールの女子生徒ならば思い切って話しかけているかもしれない。
あれは人であったのか?
――――そう結論付けそうになった思考を停止させ、内心で首を横に振った。
(ないない。ありえないだろう幽霊がいるだなんて。そもそも朝から幽霊というのは現実的に考えてありえない……)
非現実的な思考に自虐しつつ、こちらをじっと見てきたあのポニーテールの女子ににこりと笑いかけ、挨拶でもしようかと行動を開始した。
――――思えば、それが始まりだったのだろう。
「ねえ神無月君。入学式前にちょっとお話したいことがあるんだけれどいいかな」
教室から離れた場所へ俺の腕を引っ張って連れて行こうとする紅葉秋音。
ただ、これから仲良くしようという意味で挨拶をしに来ただけだった。
だというのに出会って早々の強硬手段に内心で眉を顰めた。
交際の申し込みか何かかと訝しんだが――――それにしては様子がおかしかったように思う。
通常であれば、他の生徒に勘違いされるような行動は慎んでいた。
誰も知らない場所で話したいという彼女の願いは遠回しに断って、入学式を穏便に済ませたいと思っていた。
(……何を考えているんだ)
紅葉秋音はさっぱりした性格の勝気で男女ともにモテそうな女子生徒だと評価していた。
少なくとも俺が話し始めるまでは他の生徒と楽しそうに会話をしていた。俺を見て一目惚れをしたと勘違いするような顔色はしていなかった。
自己紹介をした瞬間――――彼女は一瞬、表情を変えたのだ。
絶望したような目でこちらを見つめていた。
何かの恐怖の色を浮かべて顔面蒼白になっていた。
しかし、どこかで見たような表情だった。
何か懐かしいような、泣きたくなるような感覚に陥る。でもそれはきっと気のせいだろう。
思考を切り替え、何故そんな態度になったのかと改めて考える。
なんせ小学校も中学校も――――紅葉秋音という少女を見たことはない……はずだからだ。
しかし目の前の少女はそうじゃなかったのか。
急な態度の変化に驚いた俺を見て取り繕ったのか、紅葉秋音はすぐ他の生徒と同じように笑いかけてきた。
何故俺を見てあの表情を浮かべたのか。
それに対する意味は様々だと判断し、とりあえず俺だからいけなかったのだろうかと一度離れるつもりでいた。
たまにいるのだ。
俺のような存在に対して委縮して、あまり傍に居たくないと思うような人間は。
……だから、気を遣い離れていった俺の腕を彼女が引っ張って近距離で笑いかけてきたことに対して驚いたのだ。
つまり、俺の容姿に苦手意識も何もないということだろう。
それと同じく好みの顔立ちということもないようだ。下心などといった態度を表に出してはこないのだから。
ならば何故、彼女は俺を見て顔面蒼白になったんだ?
「……あの、紅葉さん?」
校舎の裏庭。
人があまり来ないようなところへ連れてきた彼女は、そのまま俺を真正面から見てきただけで、何も言えないでいた。
ただ、緊張しているように見えた。
告白とは違う、何か思い詰めたような顔で。
頬を染めているわけじゃない。顔面蒼白ではない。
ただ真顔で俺をじっと見つめている。
何を考えている。
何を思って、こんなところに俺を連れてきた?
俺が彼女を観察するのと同じように、彼女もまた何かを言おうとして口をもごもごとしていた。
数分と経っただろうか。
ようやく覚悟を決めたような目で俺を見て、口を開いたのだ。
俺に対して何か言わなければならないことでもあったのか。
それとも文句か何かか?
そう思い警戒していた俺は――――。
「現実がホラーゲームだった場合、神無月君ならどう対処する?」
彼女の言葉に拍子抜けした。
率直に言って頭がおかしいんじゃないだろうかと思えたのだ。
・・・
馬鹿なことを先走った。
戸惑ったような目で鏡夜がこちらを見る。
でもそれに対して言い訳をするつもりはない。
だって今こいつに言わないと、後で大変な目に遭うって分かっているからだ!
「あの、ゲームのお話なら悪いけれど……僕はそこまで遊んだことはないから……」
「そうじゃないの! 頭がおかしいって思うのは当然だし私も何を言っていいのか分からないんだけれど……。
とりあえずホラーゲームは現実で、入学式で大変な目に遭うというかなんというか……」
「ええっと……」
苦笑をして、頬をかいている鏡夜の顔は女性ならば誰もが見惚れる美しさがある。
しかし内心では「この女、頭が狂ってやがる」ぐらいは考えていそうだ。
ああやっぱり話が本格的に進んでから話した方がよかっただろうか。
でも今話しておかないと駄目だよな。そうじゃないと妖精によるゲームが始まったあと鏡夜に話してからじゃあ狂言だと思われる可能性が高い。
こうした方がいい、ああした方がいいと話していても――――それを信じる証拠なんて何もない。
だから今こうして話すことに後悔はない。
まだ始まっていないからこそ、教えられることがあるんだ。
「君の頭脳が必要なんだ。でも神無月君は私のことを信じられないのも分かるし、ありえないって馬鹿にする気持ちは分かるよ」
「馬鹿にはしてないよ。面白い発想をするなとは思うけれど……」
(それって頭がおかしいって遠回しに言ってますよね分かります!!)
戸惑いを浮かべる彼に、私という存在を記憶させる。
ここから先は地獄しかないのだから。
「入学式の最中、私たちはある妖精によって神隠しに遭う。嘘かどうかはその時に分かるから、それだけ覚えていてほしい。もしも起きなかったら……その時は二度と私に関わらなくていい」
「……わかった」
しっかりと頷いた彼は「そろそろ行かなくちゃ」と言って離れていった。
今の状況だと、彼はもう二度と私に対して好意的に接することはなくなっただろう。
(まあ、何事もなければそれでいいよね……)
教室から帰る途中。
鏡夜はすぐさま俺から離れ、桜坂春臣と雑談をするらしい。本性を見せていない彼に対して今はもう何も言うことはできない。
しかし、それ以外にも何か手立てはないだろうか……。
(夕黄の主人公に話しかけてみる? いやでも、あの主人公ならもう察していると思うし……)
夕青はあまりにも無理ゲーで有名なゲーム。
それとは違って、夕黄と夕赤はいろんな意味で別ゲームだった。いや、ジャンルはホラーだったしバッドエンドもちゃんとあったけれど……。
何か考えなくてはならない。
だってもう無理なんだ。夕日丘高等学校に名前を刻んだんだから。
生徒として入学することになった時点で俺たちの参加は強制される。辞めることすらできない。学校を休んだり辞めたりしても無理なのだから。
帰りたいけれど帰れない。
泣きそうな顔でただ廊下に立っていた。
邪魔にはならない廊下の隅。歩く人から見れば一度はこちらを確認して心配するかもしれないと思えるような表情で――――。
「……きみ、大丈夫か?」
黒髪赤目の少女が、俺の目に浮かんだ涙を裾で拭い去るようにしながらも話しかけてきた。
それが夕赤の主人公であると知る。
「へ、平気です」
「そうか。ならいいが……何かあったら私に言いなさい」
「……ッ、あの!」
「なんだ」
「もしもこれから先で、人が死ぬような……自分自身でさえ死ぬようなことがあったら、貴方はどうしますか!? 助けを求めますか!?」
「……そうだな」
彼女はその絹のように長くて綺麗な黒髪をふわりと靡かせて言うのだ。
「私なら、死ぬようなことがあろうとも――――もがいてもがいて、そうして前へ突き進むかな」
その答えが、俺にとっての指針となった瞬間だった。
「助けてほしい時にまた話しかけてもいいですか?」
「いいよ。君はなんだか……少しだけ懐かしいと思えるから」
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