第5話 交渉

最近、恋心とは裏腹に倦怠感が増してきた。

重りを担いでいる様な毎日だ。

かといって筋肉トレーニングというわけにはいかない。

今まで出来ていた事に時間がかかったり、又は出来なくなっている。

というわけで、彼女の仕事が増えてきている。


子供の話を聞いて以来、彼女の事を『お母さん』と認識してしまっている。一人の女性であった時の方が気楽にエッチな妄想ができていた。

情報が私の思いを湾曲させるのだ。

彼女は私の思いに気づいたから、予防線として子供の話をしたのだろうか?

私には子供がいるんだから、いやらしい目で見るなよ、という忠告だったのか?

それとも、子供がいて、お金が必要だからもっと給料をあげてくれよ、と言いたかったのだろうか?

実は頼みたい事は本当はまだ沢山ある。

2時間では足りない。

体力がなくなってきた今、彼女の手が必要だ。

ここはひとつ、思い切って交渉してみようではないか。


「あのさ、最近、契約約時間よりオーバーしちゃってて悪いね」

「い〜え、大丈夫ですよ。ちゃんとその分お給料頂いてますし!」

「あの、提案なんだけど、週3日来てもらってるのを週4日とか5日に増やせないかな?あと時間も増やしたいんだけど、どうかな?もちろん時給も上げるからさ」

私は彼女を独占したいわけではなく、子供の事を考えていた。いつか引き取るとなったらお金が必要だろうしと。

「……ごめんなさい、私別の仕事もしていて……」

「そうだったの?」

「まだ初めたばかりなんだけど、お給与がいいから続けて行こうと思って」

「そっか」

「実は、週3回ここに来るのも難しくなるかもしれません」

「え?」

「やっぱり、その、将来を考えて貯金していかなきゃいけないから……」

彼女に辞められたら困る私は、ついいい加減な事を口にしてしまった。

「同じくらいの給与出すよ!」

「え?」

「いくらなの?時給」

「……」

「時給2000円として4時間いてくれたら8000円だよ」

「もうひとつの仕事はもっとお給与がいいんです……」

私はピンとピンク系の仕事だと気付いてしまった。

「でも、来てもらわないと困るんだ……」

つい本音の弱音が出てしまった。

「本物の介護ヘルパーさん頼むとか……」

「じゃあ、わかった、来てくれたら、続けてくれたら……財産あげるから!」

何故だかわからないが咄嗟に出てしまった。

「何言ってるんですか?」

「本気だよ!」

「もう、冗談やめて下さいよ〜」

「このマンションも君のものになれば、子供と一緒にいつか暮らせるじゃないか!」

子供というのはきっと目に入れても痛くない存在だろう。彼女は付き合う相手を間違えただけで、本当はいい母親になれたはずなんだ。

「……でもどうして?」

「役に立ちたいんだ、誰かの……」

「気持ちは有り難いけど……」

「……」

「もう、この話はおしまいにしましょ、ねっ」

「……」

「わかりました、今まで通りちゃんと来ますから、ね、心配しないで下さい」

彼女は優しい声で私を慰めた。


「ちょっと、横になるよ」

「じゃあ、私はお風呂掃除してきますね」

「うん」

私はベットに潜り込み、自分の発言をもう一度振り返った。

遺産をあげてもいいほど彼女を想っているなんて。

結婚もしていないし、彼女でもないのに何を考えているんだ?

恋は盲目とは私にピッタリの言葉じゃないか!


あぁ金の切れ目が縁の切れ目になるのか?


私はゆっくり膝を曲げ丸くなった。


どれくらい時間が経ったのだろうか、私はふて寝をしてしまい、彼女の匂いは微かにしかもう残っていなかった。

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