第4話 告白
実は彼女の声を聞くだけで、血が一点に集まってしまう。
視覚は男性にとって大事な刺激材料なのだが、私の妄想力からしたらなんの問題もない。
今日は雨で風が強そうだ。窓がギシギシと音を立てている。
彼女はいつもより遅れてチャイムを鳴らした。
2つ目のチャイムが鳴ってもなかなか入ってこないので玄関へ行ってみると、びしょ濡れのカッパをゆっくり脱いでいる様子であった。
風が強すぎて自転車にカッパでは厳しいと判断し、傘も裏返ってしまうのでカッパ一枚で歩いてきたそうだ。歩きだと15分はかかるだろうか。
「寒くない?濡れたでしょ?」
「風がすごくて」
「タオル持ってくるから待ってて」
「大丈夫ですよ~」
私は洗面所にあったタオルを差しだした。
「靴が濡れて靴下まで浸透してるみたい。ごめんなさい、靴下ここで脱いでもいいです?」
「うんうん」
私は冷えた彼女を何とかしなくてはと思った。
頭に温泉マークが浮かんだ。
「ねえ、お風呂沸かすから入っていきなよ」
「え?!」
「このままだと冷えて風邪ひいちゃうよ。こんな天気だから買い物も行かなくていいし」
「……うん」
私はすかさずお風呂のスイッチを押した。
「髪も濡れた?」
「フードしてても風がすごくて」
私は台所へ行き、お湯を沸かして紅茶を用意することにした。
「紅茶は体を温めてくれるから、お風呂が沸くまでお茶しよう」
「なんかすいません」
「佐久間氏に貰った美味しいクッキーがあったんだよな~」
私は一人、この状況を楽しんでいた。少し舞い上がってもいた。そう、この非日常感にほくそ笑んでいた。
私が紅茶の準備をしていると、彼女はいつもの郵便物の仕分けを始めた。
お湯が沸き、彼女が横から私の体を押しのけた。
「火傷したら大変、私がやります」
私は彼女の言葉に甘えて、クッキーをテーブルに運ぶことにした。
彼女は両手にカップを持ち静かにテーブルに置くと、私の隣に腰掛けた。
『もうすぐでお風呂が沸きます』とアナウンスがはいり、「ちょうどいいね!」と私は満面の笑みで言った。
満面の笑みというか、スケベな顔になっていなかったかと心配になったが、彼女がすぐに「うん」と答えてくれたので杞憂に終わった。
あぁ、ダージリンの香りが豊かでたまらない。
お湯に浸った茶葉が元気よくジャンピングしてくれたのだろう。
隣には彼女。
なんて一時だ。
カップに口をあて、熱さを警戒しながらゆっくり啜ると、隣から啜る音がこだました。
私はクッキーを紅茶に少し浸し口に運び、また浸して、運んだ。紅茶にはクッキーの油分とカスが浮いてみっともなくなるが、私には見えないので問題ない。
この最高に美味しい食べ方を佐久間氏に教わって以降、クッキーは浸すと決めている。
「実は、私、子供がいるんですよ」
突然のカミングアウトに紅茶とクッキーが変なところに入ってむせ込んだ。
「大丈夫?」
彼女は私の背中を叩いて慌てている様子だった。
慌てているのはこっちの方だ。
子供がいるなんて、今、このタイミングで言うとは。
咳がようやく収まった頃にお風呂の音楽が鳴りだした。
♪~♫
『お風呂が沸きました!』
今日は何故かアナウンスが鼻につくように聞こえたのは気のせいだろうか?
「じゃあ、お風呂頂きま〜す」
「うんうん」
いいタイミングと思ったのだろうか、彼女は遠慮していたはずのお風呂にそそくさと入りに行った。
安全上、脱衣所には扉がなく居間からは場所によって丸見えになってしまう。私は彼女の着替えに目のやり場がなく困っちゃうなと思ったが、その心配はいらなかった。彼女もそれを承知で扉の無い脱衣所でも堂々と脱いでいるに違いなかった。
何とも侘しい。
私は虚しい気持ちでバターの味が濃い高級クッキーを貪った。
彼女が着れそうなシャツと短パンを脱衣所に置くと、しばらくして彼女は湯気と共に出てきたようだ。
「あったまった~」
「そこに服置いといたから、良かったら着て」
「ありがとうございます~」
どこかすっきりしたような声に聞こえる。
「気持ち良かった~」
彼女は髪を拭きながらソファーに座った。
私は子供がいた事にまだ動揺していて彼女の顔を見れないでいた。
「ついでに真田さんも入って来ちゃえば?」
「え?」
「だって、今いい温度ですよ~」
「いや、でも、また沸かせばいいし」
「もったいないじゃん~今入って来ちゃって下さい!」
私が彼女を半ば強引にお風呂に入らせたのをよく思っていなかったのか?
仕返しかと思うくらい、半ば強引に勧めてきた。
「わかったよ、入って来るよ」
私は諦めた。
しぶしぶ脱衣場へ行き、子供の事に頭が奪われていた。
彼女が浸かった湯船に入ると、溶けだした彼女のエキスと一体化しているんだ~とかなんとか妄想して興奮して、一物がそそり立った。
いかんいかん。
私は湯船から出て早々に体を洗い髪を洗い彼女のエッセンスを洗い流した。
服を着て居間に戻ると彼女は爆音の中、リンスの匂いを撒き散らしていた。
おかげで部屋は綺麗になった。
私はソファーに座り、髪をタオルで乾かしていると、彼女が隣に座って来た。
「私ね、知らない間に不倫してて。でね、できちゃって。妊娠したって言ったら逃げちゃって」
次から次へと強烈な言葉が並ぶ。
突然始まった話の続きに困惑するも、お構いなしの様子。
「産んでシングルマザーになって、新しい彼氏ができて。でも彼が子供嫌いでね。初めはつねる位だったんだけど、段々酷くなって。私も泣きわめく子供にイライラしちゃって。怒鳴ったり叩くようになっちゃって。近所の人が通報したらしく、私達捕まっちゃったんです」
「うん」
「子供はすぐに施設に入って、彼とはすぐに別れました」
「そうなんだ」
「それからずっと子供には会ってないの」
「……」
「驚きました?」
「うん、そりゃあ、驚くよ」
「そうですよね……」
彼女は少し笑っていった。
「これから社会復帰してね、いつか、いつになるかわからないけど、子供を引き取りに行こうと思って。この仕事は、社会復帰の第一歩って感じで始めたんです」
「そうだったんだ」
「……」
私の髪は濡れている。途中で手を止めてしまったからだ。
まるで夕方のニュースで流れてくるような話に目が点になった。
そして、その登場人物と自分が関わっていた事、恋をしていた事に複雑な思いで一杯になった。犯罪者だからとかじゃなく、ただただ、信じられなくて。
彼女は一通りの仕事を済ませると、乾燥気に入れていた自分の服に着替え、帰って行った。
私は洗濯機に手を突っ込み生暖かい服を取り出した。私は目一杯、何度も何度も鼻で大きく吸い込んだ。変態行為で私も捕まるだろうかと皮肉を漏らすと、目薬をしたわけでもないのに頬が冷たく濡れていた。
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