第11話 メモリカード
朝から非常階段を7階まで登ったのは、確実に私の判断ミス。なんとか朝礼に間に合った。汗をにじませ息を切らしながらデスクに到着する。
「まどかさん、おはようございます」
ふんわりアイドル笑顔で挨拶してくれる要くんには、全く死角無し。キラキラのわんこ男子の、裏の顔を知った様な気がするのに気持ちは騙される方向に固定されてる。強い。
「おはよう、要くん」と、渾身の笑顔で挨拶を返し、他の同僚にも挨拶をする。まだ、朝のエントランス事件はみんなに伝わってないみたい。
チーフの綾香さんの締めで朝礼が終わると、私は仕事に集中する。自分のプライベートが無いからこその社内カップルリサーチだったわけで、ターゲットになるなんて真っ平ごめん。
お昼が近づく頃、社長秘書のしのぶが私のデスクにやってきた。同期のしのぶがクスクス笑って何か言いたげ。
「しのぶ、久しぶり。何の用件? 」
「あら、白々しい。社長からあなたに届け物よ」
はぁ……と受け取った紙袋の中に、ビニールにパックされたメモリカードと会社ビルの向かいにある洋菓子店の生チョコ。しのぶのセレクトだって直ぐ分かる。秘書課は暇なの!? メモリカードを手に、何が入ってるのかお察し。しのぶの顔を見上げる。
「社長が楽しみにしてるって」
「うわぁ……」
しのぶは口の端だけで笑うと、さっさと秘書課に戻って行った。メモリカードをポーチにしまって、平静を装いディスクトップに向かう。午後の仕事に支障が出るのは勘弁。何とか今日は定時に上がりたいのよ。
お昼のチャイムが鳴る。フレックスが多いけど、この時間にランチに動く人が多い。私は学生の弟と同じ弁当をデスクで広げて、綾香さんの方を見ると……枕をデスクに置いて突っ伏して睡眠を取るみたい。
あの枕、この間の家電量販店で買ってたやつかな。年下の男の子と半同棲すると体力的に大変なのかも……なんて、考えてしまう。
本当、藤田くんみたいなのと付き合ったら大変かも……なんて妄想が働いて、箸が止まる。いや、つ、付き合わないし! 断ったし!
「要〜! 飯食いに行こぉ〜! 」
「ちょっと待ってて」
危うく喉を詰めそうになる。藤田くんだ。そうだった……時々、要くんとランチ行くんだったわ。私は身をすくめて隠れるけど、要くんの隣の席の私は居場所がバレている。
「何隠れてるんですか? 」
「…………」
大型の藤田くんがヒョイっとデスクトップを超えて見下ろしてくる。慌ててプイッと目をそらした。気分は蛇に睨まれた蛙のよう。
「白沢さん、既読して下さいよ」と、藤田くんはそう言って要くんとランチに出かけて行った。
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