第10話 非常階段

 エントランスから非常階段まで藤田くんを引っ張り、ドアを閉めて藤田くんに追及する。


「なんて、なんて事してくれたのよ」

「僕をブロックした仕返しです」


 私は絶句する。LIN□で甲斐甲斐しく謝っておきながら復讐してくるなんて度が過ぎる。私が恥をかいたわけじゃなくて、勝手に藤田くんが土下座して告白して来ただけなんだけど。噂のネタにわざわざなる必要ないでしょ? 四捨五入でアラサーの私が噂になって良いこと一つもない。


「……なんであんな風にしたの? 恥ずかしいだけじゃない」

「要が外堀から強引に埋めろってアドバイスしてくれたんで、やってみましたよ」


一瞬空気が静まる。


「はぁ!? かわいい顔して意外とエゲツないわね、要くん! 」

「アイツ、前からそーいうヤツですよ。みんな、見かけに騙され過ぎですよ」


 でも、実行するバカいる? ニコニコしたのが目の前にいるけど。声の響く非常階段。誰が聞いてるか分からない。逃げこんだ場所が悪かったかも。


「とりあえず解散……また後でね」

「まだ返事もらってないんですけど。後、ブロック解除してください」


 わずらわしい! スマホのLIN□を開いて藤田くんのブロックを解除する。


「名前、"藤田"はあんまりじゃないですか? 」


 上から覗き込んで私のスマホを取り上げると、フルネームを打ち込む。"藤田淳あーくん"……"あーくん"いる??


「じゃ、次、返事して下さい」


 階段の手すりとふじたくんの腕に囲われて逃げ場がない。身体が藤田くんを覚えていて、惹かれて吸い込まれそう。


「付き合わない! 」

「え——っ! 」


 藤田くんの反応は、全然こたえてない態度だ。メンタルの強さがよく分からない。


「要と綾香さんとの馴れ初め聞きたくないですか? 結構面白かったですよ。まどかの上を行くかも? 」


 要くんと話したの? 私の上を行くって何? うっかり好奇心を刺激されて目を丸くしてしまうし、また"まどか"って言われて藤田くんにペースを奪われそうになる。


「とりあえず、遅刻しかねないから解散で良いですけど、返信はして下さい。デートしてくれない限りネタバレは無いですからね」


 スマホを私の手に返して、藤田くんが非常階段を登り始める。後をついて行く形になって私も階段を上がる。ステップに合わせて背広の裾が揺れるのを見て、「あー、手を滑り込ませたい」って妄想がチラチラする。これだ……これでやっちゃったんだわ! タイプの男性じゃないのに反応してる屈辱感。


 藤田くん、5階。私、7階。パンプスが辛い。藤田くんのタチの悪いパフォーマンスに出勤するのが怖い……。


「付き合ってください」は、ネタに違いない。それか、軽い気の迷いよ。私がそうだもん。

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