第9話 エントランス

 いやいやいや、今、会社のエントランスは出勤タイムで人波激しい。こんなところで立ち話出来ないわよ。


「まどかさん、本当にすみませんでした」

「藤田くん、ちょっと、こんなところで……」


 立ち止まって話をする人などいない。エレベーターや階段に向かう社員たちが、私たちをめんどくさそうに避けて足早に歩いていく。


「あんなに嫌われるなんて思わなくて。でも謝りたくて」


 嫌ってないよ。居たたまれなくて逃げてたんだよ。好きでもない女の先輩のセクハラに乗せられた藤田くんに申し訳ないやら……


「違うのよ。藤田くんじゃなくて、私が悪くて恥ずかしかったの」


 小さな声でなだめるように藤田くんに伝えると、「本当ですか? 」って、心配そうに私の目を見る。


「言い訳するけど、あんな事はした事ないんだから……動揺してLIN□ブロックしてごめんなさい。本当に謝るべきなのは私の方よ」


 如何にも男女のやりとり。小声で話してるにしてもまずい、ちょっと……ギャラリー発生してるよ? チラチラと周りを見て目が合った人は去ると言った状況。


「藤田くん」と、場所を移動しようと声をかけようとしたら、藤田くんはいきなり土下座をした。


「白沢さん、僕と付き合ってください」


 ——ぎゃあああぁあぁぁ!!!


 背広……が汚れるようなエントランスじゃないけど、ほら、みんな立ち止まっちゃう!


「ちょ、ちょっと、藤田くん、こんなところでやめて」と、私も藤田くんに合わせて膝を折って屈むと、去ったはずの社長がまだそこに居た。


「撮れた」


 悪びれない社長がスマホをかざして、藤田くんの土下座告白を動画で撮影してた。


「社長〜〜〜っ」

「まどかくん、またね〜」


 社長は満足気にビルを出て行く。私は深々と頭を下げて見送る。


「あ、社長だ」って、藤田くん。とんでもないことをやらかしてくれたわ。


「ちょっと立って! こっち来て! 」

 エントランスの床に膝を立ててる藤田くんを引っ張る。

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