殺試合

「私達の邪魔だけはしないで欲しいんだけどな。吉野優子」

「官野帝って奴と関係があるの?」

「へー? 良く分かったね。調べて分かるような事じゃないのに」

「あんたは人を舐める癖があるみたいね」

「それで? それだけなのかな?」

「恐らくだけれど、官野帝が若かった頃の警察は、冤罪で逮捕をするケースも少なくなかったわね。視点を変えれば、メディアで取り上げられさえしなかった事件もあったと推定出来るわ」

「冤罪で逮捕されて、それを報道される事も無かったって事じゃないの? それで、あんたはその人の憎しみを受け継いだ」

「あはははは! 官野帝以外全部違ってるよ? そんな下らない話をわざわざしてくれるのかな?」

「へー? 官野帝に関する事ってのは本当なのね」

「後は合ってるけど、違ってるかな? 憎しみなんて引き継がれる訳無いよ? 感情って言うのはさ? 意思を持つか持たないか。それだけだよ? 桜庭楓」

「まともな事は言えるのね。それなら教えて頂けるかしら?」

「時間を稼いでるだけだよね? ここに味方が来るまでの」

「時間を稼ぐだけなら、貴女と優子を戦わせれば良いだけよ。分かっているのかしら」

「そっかそっか」


 息を吸い。

ゆっくり吐きながら構える。

皇桜花は、あろう事か直立姿勢のままだった。

「私を倒せるのかな? 吉野優子」

 少しだけ動き、相手の動きを伺う。

予想通り動きもしてこない。

「私の前に3回も現れたのは貴女が初めてだね。吉野優子」

 パワーリスト。

アンクル。

ショルダー。

あろう事かウェイトジャケットまで外して行く。

地面に落ちる音の重さが、どれだけの負荷かを物語る。

「今まではちょっと遊んでたのもあるんだけどね」

 前傾し、構えて来る。

そんな型をあたしが知らないのは多分。

こいつは生きるか死ぬかの状況で戦って来たから。

「お前は本気で殺せそうだ」

 桁違いの速さの蹴りをガードごと吹き飛ばされ、体勢を立て直す間も無く地面に着いた手に蹴りが入る。

間一髪で躱し、受け身を取って構える。

「腕一本頂くつもりだったんだがな」

 こっちに反撃の手を与える事無く続く拳。

隙を見せたかと思えば飛んで来る蹴り。

距離を取る事も縮める事も出来ず、ガードしての消耗戦に持ち込まれる。

けど、それなら。

わざと開けたボディに蹴りが入る隙を逃さず入れた左回し蹴りを躱され、潜り込んで来た顔面を踏み台に距離を取る。

「流石は私と互角なだけはあるな。貴様も力を隠していたか」

 1回目は奇襲された。

2回目は奇襲をした。

こいつはいつ殺されるかもしれない状況なのを体で分かってる。

だから奇襲をして殺し、奇襲から身を守る事に長けてるんだろう。

本当の意味で初めての対等な勝負に持ち込んだ。

だからこいつは重りを全て脱いだんだろう。

あたしは本気でやらないと負けるって思ってるから。

今の状況は『殺し合い』ではなく『勝負』なのだ。

だから鋭さを増してくる攻撃を何とか捌き、反撃に転じる事も出来る。

勝負は流れ。

責める時間もあれば耐える時間だってある。

けど、相手は自分を良く分かってる。

こいつはガードしてはダメなんだ。

極力攻撃は避ける。

それを徹底してる。

けどそれが命取り。

避けるのだって体力を使う。

ましてやこいつはここまでどれだけ動いて来たのか。

この場合は避けるなら距離を取った方が良い。

そんな暇を与えるつもりは無いけど、相手もそれを分かってるのかは分からない。

かと思えばあたしの拳をそのまま受け流し、投げ飛ばそうとするけど体を捻り、反動そのままに脛に蹴りを見舞う。

脛にプロテクターでもしてるのか、繰り出される反撃をまた躱す。

そして一旦距離を取る。

「こんな奴がまだ地球にいたとはな」

 ……やっぱり。

世界中の格闘技。

いや、多分概念を組み合わせたんだろう。

『効率』を求める。

ただそれだけの目的の為に。

相手を効率良く殺す為の概念を自分で作ったのか。


「あんた、何者?」

「皇桜花だ。桜は王の花だ」

「は? ……何言って」

「次に会う時は、どちらかが死ぬまで殺し合うか」

「逃げるならあたしの勝ちって事で良いのかしら」

「貴様を殺すのは目的ではない」

「その目的ってのだけ聞かせて欲しいんだけど?」

「ある人物を殺す事だ」


 そう言い残し、皇桜花は去って行く。

捕まえるなら今だけど、追いかけても無駄だろう。

あたしだって病み上がりだし、あいつにとって目的じゃないならこれ以上は何も意味が無い。


「お嬢ご無事ですかあああああああ!」

 おっさんが気持ち悪い顔で走って来る。


   ∧∧.∩       ∩_ ∵’、

  (    )/  ⊂/"´ ノ )

 ⊂    ノ   /   /vV

  (   ノ    し'`∪

   (ノ


「取り合えず、戻りましょう」

 道路に散らばった重り。

明らかな手加減を、されてた。

こんな奴に、本当に勝てるんだろうか。



 地下に自転車かバイクでも用意してたんだろうか。

かなり遠く。

やはり誰もいないビルへと繋がってたらしい。

『犯人は別の車で逃走してます! くれぐれも気を付けて下さい! 位置情報は転送してあります! また何か進展があったらお伝えします!』

 倉田さんの車にスピーカーとPCを取り付け、取り敢えずPCPの車と同じような機能を使えるように、あたしの運転中翔太がやってくれた。

「ああ。華音ちゃん頼んだ」

 同時に翔太のスマホに電話が掛かって来る。

『今からPCPの拠点に戻るわ。黒の御使いの大まかな目的は分かったわ。本人からもある程度情報が聞けたから、そちらが終わり次第ね』

 楓さんと優子さんも無事だった。

皇桜花と対峙しても、尚死なずに戻れるのは本当に心強い。

「こっちも直ぐに捕まえて戻る。お疲れ」

『あら。帰って来たら抱き締めて頂戴』

 余計な通話を切り、アクセルを踏む。

1つ疑問が浮かぶ。

皇桜花は何で楓さん達の所に行ったんだろう。

「俺もそれは疑問だった。わざわざ話して、情報を落とす意味が分からない」

 そう。

そこなんだ。

本人からも情報がある程度聞けた?

話す意味が分からない。

けど、話した事実が残ってる。

翔太は両小指を絡め、手を口元に当てる。

「姉ちゃん達の前に姿を見せる事が目的だったのか。或いは情報を伝える事が目的だったのか……」

 今の段階で、どっちがどっちとは言えない気がする。

偶然会った?

もっと有り得ない。

「皇桜花が現れた段階では、姉ちゃん達が何をしてるかは知らなかった筈。それなら」

 翔太が顔を上げ、ハッとする。

もう何か分かったのか。

それが意味が分からない位に凄い。

あたしじゃまだまだ。

「警察内の状況ってどうなってる?」

 ここまで言われてあたしもやっと分かった。

この時を狙う可能性が高いって事だろう。

けど、警視庁が簡単に占拠されるとは思えないし、そこは倉田さんを信じて良いと思う。

「そうだった。それにもしそこに行くならわざわざ姉ちゃん達……」

 ……桜庭財閥は?

翔太が急いで電話を掛ける。

「楓! 財閥の本社の警備状況ってどうなんだ?」

『え? ……特に通常通り厳重だけれど』

 あたしは運転操作を自動操縦に切り替え(安全運転になるから速度は遅くなるけど、本当に緊急時だから)、別の人に電話する。

桜庭財閥への警備をしてるかどうか。

お願いだからしてて欲しい。

そんな事を願って。

『桜庭財閥? SPがいる筈……まさか!』

 更に余裕と時間が無くなり、不安が膨らむ。

前提欠如。

警察内部の人間を炙り出すのに、桜庭財閥に何かを仕掛けても十分に可能性が見込めるから。

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