善悪

 由佳さん達の車が、徐々にだけど犯人の車に近付いて行ってる。

『戻ったわ。入るわよ』

 扉が開き、桜庭さん、優子さん、柳生さんが戻って来る。

「状況を教えて頂けるかしら?」

 私は簡単にこれまでの経緯を説明する。

「なるほど? だから刑事の方もいらっしゃるのね」

「どうもお邪魔しています。皆さんが戻られたのでしたら私はこれにて」

「いいえ、いて頂戴。倉田警視のお願いでいらっしゃるのだから。職務を全うして頂けると嬉しいですわ」

 遠慮がちに頷く刑事さんの前では、当然のような作りお嬢様だ。

ただの変態だけど。

「皇桜花の目的は、ある人物の殺害。そしてそれには。恐らく皇の家族と思われる官野帝と言う建築家が関わっている」

「本人が言ってたから間違い無いわね」

 優子さんの怪我が軽くて良かった。

「私が駆け付けた時には既に……。 それにしても、本気のお嬢と戦える人間がいたとは……」

 優子さんの表情から、手に取るように感情が伝わって来る。

さっきの映像を私も見てた。

体中に重りを背負ってあの動きをしてた。

要は以前に対峙した時はつけたまま戦ってたんだろう。

「戦ったのは3回目よ」

「まさか……!」

 頭を切り替える。

これだけの情報が集まれば。

きっと何か分かる事があるかもしれない。

「急いで財閥ビルの状況を確認して頂けるかしら」

「畏まりました」

 どうしたんだろう。

「平常通りでございます」

 状況がうまく呑み込めない。

「翔太君から電話が掛かって来たのよ。財閥の方は大丈夫なのか。黒の御使いは警察を明らかに狙ってはいるけれど、別に警察を狙わなくても、警察内部の殺害対象をおびき出す事は他の場所を狙っても出来るわよね」

 それなら一番交渉材料に使えそうなのは桜庭財閥……って事だろうか。

「桜庭さん……で宜しいでしょうか。私達からも、色々と分かった事をお話させて頂いても宜しいでしょうか?」

「柳生さんですわね。先日はありがとうございます。お願い出来るかしら?」

 仮にも会長にだって物怖じしないのは普通に凄いけど、素直に凄いと言いたくなかった。



 翔太君からの電話を受け、急いで警戒態勢を命じておいた為、とりあえずしばらくは大丈夫だろう。

私は警察病院に来ていた。

許可無しに入る事が許されない、犯罪者を治療する為の病室へ向かう。

黒の御使いの末端。

ここまで来て初めてその尻尾を掴んだ。

パトカーでの移動中に手続等は済ませた為、比較的スムーズに案内される。

厳重に施錠された扉。

開けた先には、2名が生きた状態でベッドに寝ている姿が目に入る。

「……事情聴取って訳ですか」

 イメージとは裏腹な、丁寧な言葉遣い。

もう1名は寝ていた為、パイプ椅子に腰かけ口を開いた男の前に座る。

「詳しい作戦内容は、悪いですが私も分かりません」

 この状況で嘘をつくメリットがあるかもしれないが、それは回復を待ってからでないと無理だろう。

それなら。

スネークと言う組織について。

どうにも腑に落ちない点が多くある。

私は男に黒の御使いのネット犯罪についてを説明する。

分かっている事を伝える事で、時間を短縮したかった為だ。

「なるほど……」

 男はゆっくりと上半身だけを起こす。

「ネットに記事を晒す事で、スネークによる一般人の襲撃。そしてその記事を依頼したのは他でも無い、私達のような有名人である事は刑事さんが考えている通りです。自分が持っている個人資産全てと引き換えに」

 男は深呼吸する。

その言葉をただ、待つ。

部屋には窓がついているが、鉄格子が外から嵌められている為、万が一にも逃走は出来ない。

「なら、一般人への全財産を賭けた復讐が終わった後、どうなるのか」

 ハッとする。

まさかスネークの正体は……。

「居場所を無くすのです。そしてそんな時に、必ず声を掛けられます。仲間になれと。エージェントから」

 個人資産を搾取し、記事を書く。

そうして居場所、地位、名誉を無くした有名人を囲った。

人数が増えれば増える程、今度は自分から入る人間だっているかもしれない。

そうした種が芽になってしまえば。

後は鼠算式に資金と人間が増えていく。

そうしてリアルな犯罪にも人員を裂き、様々な活動を行う……。

「そうです。それに、スネークによって全てを奪われた一般人もそこに含まれます。居場所を無くしてしまえば。人は他の居場所を探すものです。特に日本人にはその傾向は顕著でしょう」

 正に、悪魔のような組織。

「我々は全てを失った集団です。ですから、もう自分では何が悪で何が正義か。そんな事はどうでも良かった。全てを清算した後の事なんて。どうでも良かった」

 本当にそれしか無かったのだろうか。

自分の全てを犠牲にしてでも。

清算すべき過去だったのだろうか。

そんな疑問が浮かばない訳が無かった。

「良く言われますよね。過去の挫折を乗り越えたから今がある。ですがね」

 男は不意に笑い始める。


 そんなもの望んじゃいなかった!

虐められて虐められて!

1つの事に集中するしか自分を保てなかった無理矢理これが好きなんだって言い聞かせて!

そんな先に手に入れた名声と金に微塵も興味が持てなかった!

今でも夢に見る気持ちが貴方に分かるか?

全てが終わった瞬間から夢を見なくなったこれが私にとってどれだけ嬉しかったか!

普通に生きて普通に生涯を終えるだけで良かったんだ!


 男の心の叫びは。

胸に刺さり過ぎて痛かった。

男はすみませんと謝り、嗚咽した。



 夜にも拘わらず男はサングラスをしていた。

何かを探すように辺りを見ては、何もない壁を凝視する。

立ち止まって辺りを見回す男に声がかかる。

「こんばんは」

 ビクッとして男は振り返る。

「音が少ない夜は、とても好き」

 だ、誰だお前は!

叫びが木霊する。

「呼び出した人だけど?」

 こんな少女が?

何故?

覚えがまるで無かった。

「覚えがある訳無いよ」

 少女は拳銃を構える。

「さよなら。犯罪を犯した刑事さん」

 引き金に手をかけた瞬間だった。

「早く逃げろ!」

 固まった男が覚醒するのと、少女が声の主を見るのは同時だった。

声は少年のものだったが、少女に対峙したのは2人だった。

「殺害予告を送り付けた人物だな?」

「こいつが……」

 男は必死にどこかへ逃げて行く。

殺し損ねた事に、何の感情も抱かなかった。

ただ、この2人が来た事は好都合。

それだけ。

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