犯罪に対する見方
「殺人を行った事を後悔はしていませんよ」
江守信男さん。
久遠正義らに殺人を教唆された唯一の逮捕者。
動機は今でも鮮明に覚えてる。
殺されたって被害者は何の文句も言えない。
それ位に酷かった。
私は兄さんの事、PCPの事、今日本で起ころうとしてる事を簡潔に説明する。
「そう……ですか。そんな事が……。 さぞ、辛かったでしょう」
その辛さは、今は感謝として今も私の中で生きてる。
「有村さんは、記憶が戻った時に、誰かを殺害しようと思う環境では無かったのですね」
その通りだと思う。
仮に私が兄さんの代わりに助かって。
それで兄さんが植物状態になったとしても。
真実を知って同じ事をしてたと思う。
そんな時に支えてくれた由佳さん達。
そう言う人がいたから。
私はきっと。
「犯罪を犯さないに越した事は無いです。殺人は、行きつく所に行きついてしまった者達の運命だと思いますから」
美園さんも言ってた。
犯罪が悪なんて、分かっているんだ。
そうなるかならないか。
支えてくれる誰かがいるかどうか。
人、なんだろう。
「これはすみません。私に話があるんでしたよね」
頭を振り、切り替える。
さっきの江守さんの殺人に対する考え方と、実際に自分が死ぬつもりだった事を併せれば、美園さんと同じ質問をしても意味が無い。
だったら私が江守さんに聞きたい事は唯一つ。
どうして久遠がこの事を知れたのか。
当時の事件は確かにマスコミに多く取り上げられてたのを確認してる。
でも、それをどうして知れたのか。
その手掛かりを掴みたかった。
「申し上げたかは定かではありませんが、匿名の手紙で私は事件の真相を知りました」
確かに言ってたと思う。
けど、それがもし久遠からの手紙だったとしたら、加害者全員の名前が書いてないとおかしいのだ。
最初から殺害を教唆するのが目的なら、その方が効率が良いのは間違い無いと思う。
「そう……ですね。当時、私が何日もかけて得た情報から、神田がその1人だと分かりました。ですが私はこの時点では、どうやって彼を告訴するか。それだけを考えていました。しかし証拠が無い以上どうする事も出来ません。そんなある日、電話が掛かって来たのです」
それが久遠からの……。
「いいえ、女性でした。ボランティアのカウンセラーだと仰っておりました」
と言う事は。
館華星が実際の段取りを全て行ったって事。
多分実際に会う約束を取り付け、そこで江守さんの心の闇を知った。
「その通りです。いやはや、素晴らしいですね」
翔太さんの考え方をそのまま使っただけだ。
素晴らしくも何とも無かった。
けど、1つだけ分かった。
久遠達がこうした人物を見つけられてるのは。
被害者の遺族。
ここに焦点を当ててるから。
だけど、どうして加害者を突き止めたのか。
江守さんが教えたんだろうか。
「いえ、申し上げる前に当てられました。そこから段々と引き込まれて行き、殺意が芽生えた事を良く覚えています」
推測を立てた?
……違う。
匿名の手紙を書いた人から聞いた?
誰かなんて分かる訳……。
困った時は原点だ。
良く思い出してみる。
双鏡塔での出来事を。
証拠不十分で当時の事件は幕を閉じた。
それで匿名希望の手紙。
……そっか。
興味本位で虐めをしてた。
けど警察がその人達を調べないのはおかしい。
どうやって心の闇を関係無い人物が見つけられるのか。
その片鱗が見えそうなのに。
警察の捜査の結果、虐めを苦にした自殺と判断された。
……そっか。
視点を変えてみてこうじゃないかと言う仮説。
久遠達は、心の闇を炙り出す。
警察は犯人を突き止める。
違いが明確に見えて来る。
それぞれ目的が違うんだから、聞き方だって違って来るだろう。
警察の質問に対して正直に答えれば、過去の犯罪者からの報復を恐れる。
それに対して久遠達は警察じゃない。
1人になったのを見計らい、聞き出す事は出来るかもしれない。
江守さんも警察と同じような立場だけど、警察かそうじゃないかが重要なんだろう。
「なるほど……」
人の弱み、脆さに付け込んで自分らが必要な情報を手に入れる。
何故か江守さんは拍手してたのが気になった。
「あの頃から、見違えりましたね」
……。
そうなのだろうか。
だとしても、変わったのは。
と言うか覚悟を決めたのはついさっきだ。
江守さんには年月を経て見えるかもしれない。
「娘が生きていたら、きっとPCPと言う組織はさぞ輝いて見えた事でしょうね」
江守さんの涙に理由を知る。
私は何も言わず、目に見えないものを受け取るに留める。
面会終了が告げられる。
私は立ち上がり、お礼を言った。
深々と頭を下げて、江守さんの涙が見えないように。
「犯罪に立ち向かいなさい。唄奈」
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