特殊な角度
あたしは倉田さんに簡単な使い方を説明する。
倉田さんは自宅でPCを使ってる事もあり、スムーズに済んだ。
だけどそれが目的じゃないのは皆が分かってる。
楓さんがあれだけ焦ってるように見えたのは。
もうそこまで来ちゃってる可能性が高いから。
捜査に必要な機械をあたしと華音ちゃんも手伝って3人で運び、本格的な指令室が出来上がる。
「こちら警視庁の倉田。たった今PCPに緊急特別指令本部が完成。以後、警官連続殺人事件の指揮はこちらで執る。繰り返す」
警部だった頃から知ってるけど、こうして見ると凄味がある。
凄い人と知り合いなんだなーと場違いな感想が漏れる。
「さて……メディアやネットでもかなり話題になっている。警官の見回り人数を複数にした事でとりあえずは事件の拡散を防ぐ事は出来たが……」
「黒の御使いを追うか、目の前の事件を解決するのか、ですよね」
「それらは翔太君と桜庭君らも動いている。我々は大人数で動けるメリットがある。失踪か殺人か。まだ分からない事件があったのは覚えているかな?」
あたし達は頷く。
「さっきの翔太君の考察を考えれば、この事件がどう関わっているのかを突き止められれば。起ころうとしている大犯罪の尻尾を掴むきっかけにはなるだろう。それにチンピラの争いも」
あ、そっか。
分散して色んな事件を調べるって事。
確かに大人数で同じ事をやっても良いけど、飽和が怖い。
それに、少人数を分散させて襲われるリスクも減らすって事だろうか。
「鮎川君は、今から柳生弦さんの所に行って来て貰えるかな?」
……え?
「彼に話を詳しく聞いた方が良いだろう。何より、今ここにいる3人で会いに行けるのは、鮎川君だけだ。警官ではなく、桜庭君のSPをつけよう」
ある意味、一番怖い思いをするのもあたしな気がする。
「ああ。心配しなくて良いぞ。翔太君との事はもう話してある」
……。
「あの、私はそれなら」
「華音君は、今から私と面会巡りだ」
ああ。
良く分かんなくなって来たけど腹を括ろう。
女は度胸だ。
2人の刑事さんと車で到着した場所は、8階建ての廃ビルだった。
人通りもまるで無い。
近くにこんな場所がある事に驚くと同時に、黒の御使いがいかに地理関係を把握してるかが伺える。
「死亡したのは富田博美29歳。このビルの4階から転落したものと思われます」
カン、カンと音を立てながら登って行く刑事さんの後ろ姿は、どこか寂しげだった。
「先輩刑事だったんです。色々と教えて下さって。尊敬していました。自殺するなんて思えなかった。それに、亡くなった日は富田さんの誕生日だったんです」
やっぱり刑事。
これで殺害予告を送って来た人物とこの事件の犯人が繋がった。
だったら一刻も早く、事件を防がないとまずい。
案内された現場はそのままの状態になってるとの事だ。
揃えられた靴と遺書。
これだったら確かに自殺する為にここに来た。
そして遺書を残して飛び降りたって考えるのが自然。
けど、多分そうじゃない。
「スマホのログは現在調査中ですが、現状はこれと言って不審な点が見つかりません」
さっきの刑事さんの言葉を思い出す。
責任感が強く、真面目だったんだろう。
自殺以外の理由でここに来る事はまず無い。
けど、それが可能になる方法がある。
両小指を絡め、手を口元に当てる。
無理な理由ではなく、可能になる方法を。
頭を切り替える。
どんな理由ならここに来るか。
脅迫?
遺書の中を確認する。
仕事に疲れたと言った内容。
それでふらっとここに来て、飛び降りた。
執拗なパワハラを受けてた男性社員も、下手したらこうなってたのかもしれない。
だけどこれは違う。
尊敬されるような人物が、自発的に動いてないとは考えられない。
違和感を見つけた。
それならと、交友関係を聞いてみる。
「休憩中は、良くスマホを見ていました」
スマホならチャットログを追う事が出来れば何とかなるか。
……いや、違う。
そうだ。
これから自殺する人間が。
どうして4階から飛び降りる?
窓がついて無いって言っても、仕事に疲れて自殺するような人間が、ビルの窓の状態を調べるのはおかしい。
ここは偽装された現場の可能性が高い。
「確かに……何故屋上へ行かなかったのでしょう」
確かめる為に屋上へ上がる。
屋上には手すりが無く、景色が見渡せるようになってる。
そして遺書が置いてあったその真上と思われる場所。
そこから見た景色に、全ての理由を悟る。
「何て事だ……」
HAPPY BIRTHDAY
確かにその文字が遠くの建築物に見えたのだ。
4階から見た時は何の変哲も無いただの建物だった筈なのに。
屋上から見たこの景色。
だとしたら。
この景色を見せる為に犯人は被害者を呼び出した。
そして転落死させた後、現場を偽装した。
呼び出したのは多分チャット。
……何だ?
殺害予告、呼び出し、そしてこの景色からも文字が浮かぶ。
まさか、有り得ない。
そう思いつつも、否定できる材料がどこにもなかった。
文字で標的を死地まで案内するとでも言うのか。
ハッとして時計を見る。
時刻は午後の1時。
0時10分に殺害するなら。
もう次の標的が殺害されててもおかしくなかったから。
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