揺るがぬ決意
車の中、どこへ行くのか分からないまま着いて来た。
そもそも、私と倉田さんが本部からいなくなったら誰がモニターを見て指示を出すのか。
「心配しなくても良い。森田さんにお願いしておいた。彼なら大丈夫だろう?」
まあ、それなら納得だ。
それに警察への大きな指示はさっき倉田さんが飛ばしてくれたから、翔太さんへの指示が出来れば良いって事だろう。
運転席を遠慮がちに見る。
隣の倉田さんの表情はどこか硬く見えた。
「どこへ行くのか、気にならないか?」
勿論気になるけど、翔太さん以外の男の人とこうして行動する事に、少なからず緊張してるのも事実だ。
「私も迷っていた。だがいざ行動に移そうと決めた時、華音君にしか出来ないと判断した」
私にしか出来ない?
この世にそんなものがあるのだろうか。
翔太さんは推理力。
由佳さんは知識と献身性。
桜庭さんは人海と財力。
優子さんは武力。
私はただ、お手伝いをしてるいわば雑用だ。
それでも雑用は誇りを持ってやってる。
「それは翔太君達が心の底からやりたいって思えるものが早くに見つかっただけだ。やりたい事を見つければ、自然と自我は目覚めるものだ」
そんなものなんだろうか。
隣にいる倉田さんだって。
エリート組でもないのに警視の立場にいる。
ちょっと調べたけど、経歴が異常だって事は分かった。
あれだけの怪事件を解決したら、その実績を評価されてもおかしくない。
「着いたぞ。ここだ」
着いた場所には、刑務所と書かれてる。
流石にここまで来て分かった。
「今から会いに行くのは、翔太君が事件を解決して服役している犯罪者だ」
歩を進めるのを躊躇ったのは、兄さんが生きててこの場面に立ち会った時、私は兄さんに会っただろうかって思ったから。
私が語る兄さんは、全て思い出の中の兄さん。
実際に兄さんが生きてたら、私はどうしたんだろうか。
「有村君の件を知っている君以外に、この役目は務まらないと思った。翔太君達とは、犯罪者に対しての考え方が違うと私は思っている」
心拍数が上がる。
倉田さんは何の為に犯罪者の考えを聞きたいと願ったのか。
「犯罪者を捕まえて、犯罪をこの世から無くしたいと切望しているからだ。その為には犯罪者の生の声を聞く必要がどうしても必要だと考えた」
……。
倉田さんの言葉に重みと願いを感じる。
ただ私を貶める何て事をする人じゃないのは分かってる。
だから後は私の問題。
トラウマを超えるか逃げるか。
引っ叩かれてもないのに頬が熱く感じる。
由佳さんに引っ叩かれた事を思い出す。
あの時由佳さんが引っ叩いてくれなかったら、私はどうなってただろう。
あの時は由佳さんが救ってくれた。
けど、今度は倉田さんが提示してくれてる。
決断するのは私自身だ。
……。
心拍数を紛らわせる為に、深呼吸する。
倉田さんはただ真っ直ぐ私を見てくれてる。
私の返事を待ってくれるんだろう。
目を閉じる。
兄さんが犯罪者なのは間違い無いんだ。
けど、私は兄さんを憎いなんて思えない。
由佳さんも、翔太さんだって私が不貞腐れてた時にどれだけ助けてくれただろう。
森田さんは桜庭さん経由で助けてくれた。
ここまで来て、まだ私の中は抜け殻だった。
空っぽなものが抜け殻になっただけだったと恥じる。
それは自分の意思が無かったから。
だけど、それでも。
これだけは言える。
今の私を支えてくれる皆には感謝しかない。
貰ってばっかりのお貰い根性丸出しの私だけど。
目を開ける。
未だに犯罪者の妹だって言われてる事だって倉田さんは知ってる。
それでも私にしか出来ないって言ってくれた。
もう、逃げません!
声が上ずったかもしれない。
そんな私を見て、倉田さんはゆっくり頷いてくれた。
「声に魂が宿ったのを感じた。華音君ならなれるかもしれないな。物凄いネゴシエーターに」
交渉人だっただろうか。
なれるだろうか。
私には分からないけど。
自分の意思で、逃げないって決めた。
だから前に進む。
それだけだった。
楓はさっきからスマホを忙しなく動かしてる。
あたしには想像つかないけど、きっと財閥の事とか、勿論事件の事とか色々あるんだろう。
大きく載った事件は、現在はネットでも簡単に情報が入手出来るものの、何れも犯人が捕まったり、時効になってる事件が多く、全ての事件が目を覆いたくなるような事件が多いけど、これだと埒が明かないって楓に文句を言うと、ノートPCを渡された。
そこには未解決事件、凶悪犯罪の事件が世界各国ぎっしりと詰まってた。
こんな資料があるんだったらもう簡単に当てをつけれるんじゃないかと言うと。
「それが出来ていたら、わざわざ貴女にやらせないでしょう。私の落ち度は兎も角察して頂きたいわ」
と返されたから怒るに怒れなかった。
けど、ネットに無いような情報を、一体こいつはどうやって仕入れてるのかが謎だ。
それに、ここまでやる理由は何なのか。
「今はそんな事、どうでも良いでしょう?」
……確かにそうだ。
楓も言ってたけど、時間が無いって言うのは私でも分かる。
頭を振り、情報をただ眺める。
羨ましいとは全く思って無いけど、こんな時に翔太の頭脳があればと思う。
でもいない。
そもそも、あたしは翔太の姉だ。
自分で何とかしないでどうするのか。
だったら翔太の考える癖を真似てみる。
翔太の考える癖は大きく分けて3つ。
視点を設ける。
視点を変える。
置き換える。
組み合わせる。
主にこの4つを基に考える事が多い。
今のあたしはどうか。
視点がまず設けられてない。
それはそうだ。
犯人が関わってそうな事件を片っ端から見てるだけだから。
それなら、まずは視点を決める。
皇桜花の祖父が本当に実際の建築をしたんなら。
祖父の息子か娘に当たる人物が必ずいる。
だったら、凶悪な殺人をして逮捕された時に、子供がいた筈だろう。
逮捕された時に結婚し、子供がいた事が分かる人物。
焦点をそこに合わせられないか。
「流石翔太君の姉なだけはあるわね」
楓は純粋に驚いてるみたいだけど、視点を決めただけ。
それにパンクしそうな程の情報がある。
「けれど、もう一つ提案させて頂くわ」
それはありがたい。
調べきれるかは疑問だけど。
「その事件に裏がありそうな事件も、お願いしたいわ」
裏?
あたしは単純に分からずに聞き返す。
「翔太君の言う通り、皇桜花の祖父に当たる人物が関わっていたのだとしたら、養子と言う可能性は充分に考えられるわね」
なるほど。
範囲が広くなり過ぎだけど、元々が広過ぎるからどうなるかは分からない。
「厳しいようだけれどお願いするわ。私も幾つか当たりをつけておくわ」
建築者。
その当時に世界各国を渡り歩くような建築家がいるかは分かんない。
けど、ここから共通点が出せたら。
それは仮説として十分に可能性がある。
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