掛け替えの無い絆
黒焦げになった森の中。
その真ん中に横たわっていた黒焦げのものは、やはり人だった。
鞄と思われるものは何とか燃えカスから判別は出来たが、身分証の類は見事なまでに無くなっていた。
発達した現代の技術に於いて、身分証を現場に残す事のリスクを魔術師は理解している。
死亡推定時刻は昨日の深夜1時。
これは翔太君達が見つけてくれた映像とも合致する。
最初に人体発火の事件が発生した場所から片道1時間半。
事件発生が一昨日の午後。
だとすると時間的にはかなり余裕を持って来る事が出来る。
この場所で起こった第2の事件から翌日の午前。
スタンガンの類で気絶させられた第3の事件。
そしてここから法則性を導くのであれば。
明らかに火災があったと思われるこの現場。
第1が公の場所で火の事件。
第2が離れた場所で火の事件。
第3が公の場所で電気を使った事件。
だとすれば。
離れた場所で電気を使った第4の事件が起こる。
それを阻止する事が出来れば。
……。
いや、違う。
考えをストップさせる。
仮にここで第2の事件が起こった後に都心に戻り、第3の事件を実行して別の場所に移動し、第4の事件を実行するとして。
果たして行って戻ってを繰り返すだろうか。
犯人の目的は、最後まで犯罪を遂行する事。
このやり方では、下手をしたら第3の事件の時点で捕まってしまえばもう実行が出来なくなる可能性が出て来るし、何より法則性が考えられるだけで、事実がどうかは分からない。
例えばもう第4の事件が既に起こっているとしたら、戻る途中で電気を使った殺害を行った後、スタンガンによる犯行に及んだと考えた方が自然。
それならここからの帰路に、必ず事件があったと思われる場所がある。
恐らく黒の御使いが関わっているだろう事件。
翔太君達を取り返しのつかない状況にしてしまった前の事件にこの大規模な移動が似ていた為。
それにこの場所で何が起こったのか。
それを暴く事も必要。
華音君から送られて来た動画に身の毛が弥立つ。
突然火が点き、あっという間に火の竜巻が現れていた。
恐らくはその中心に被害者がいたのだろう。
何の為にこんな事をするのか。
倫理を疑う残酷な光景。
翔太君が解決して来た殺人事件はいつだってこれと似たような。
残酷で狡猾で、そして殺意に満ちていた。
魔術師がいつ行動を起こすかは定かじゃなかったけど、出来る限り急ぐ必要はあった。
これ以上の殺人を防ぐ為。
それが自分自身に課した約束。
「吉野様、鮎川様」
運転席の森田さんが口を開く。
そう言えば、ここ数ヵ月全く見かけなかった。
楓に理由を聞いても極秘だと言って教えてくれなかった。
「先程、お嬢様にはお伝えさせて頂いたのですが」
勿体ぶった言い回しに、煽られなくても良い感情を揺さ振られる。
「我が財閥に武器の密輸を提案した外国人がおります」
武器……密輸。
ナイフとかじゃないんだろう。
多分爆弾とか拳銃の類。
「その外国人が誰なのかは……」
由佳の言葉に、意外にも森田さんは頷く。
「問題なのはここからです。情報が挙がった同日、港で血が付いた身分証が発見されたそうです」
その日の内に……。
秘密裏に動いているのがばれた。
そして消されたって考えるのが妥当かもしれない。
けど、今の話で気になる事がある。
「そうです。警察の初動捜査が行われています現時点で殺害されたのかそうでないのか。まだ分かっておりません」
血が付いた身分証だけで殺人かどうかは何とも言えない。
判断しかねてる理由の一番は、本人の行方が分からないからって所だろうか。
「流石ですね。現状何とも言えないのですが、何らかのアクションを彼らが起こしたのではないかと判断致しました」
何の為にやったかは分からない。
漠然とした不安があるだけ。
『翔太さん、聞こえますか?』
スピーカーから聞こえる華音ちゃんの声には、僅かな焦りを感じる。
『ナンバープレートまでは確認できなかったですけど、同じ種類の車を見つけました。位置情報を転送します』
楓が特注した車には、PCPの情報を直ぐに転送出来るよう、専用のPCを搭載してる。
犯罪を防ぐ事を目的にした場合、時間が一番重要。
直ぐに転送された位置情報は、進行方向そのものだった。
拓さんが向かった現場とは逆方向。
犯人の目的は、犯罪を最後まで遂行する事。
警察がどのタイミングで殺人事件に気付くかは分からないけど、リスクは取らないだろう。
その読みが当たった。
俺の考えに呼応するように、車のスピードが上がる。
そうだ。
後は追い付けるかどうか。
森田さんの全てを信じる。
その間に。
深呼吸。
俺は両小指を絡め、手を口元に当てる。
武器密輸を財閥に提案した外国人の失踪。
それ自体に目的は無いだろう。
冷静に考えてみれば、本当に殺人を犯すなら身分証を残す必要なんか無い。
だったらそれを残す事に意味がある。
その意味……。
今までの話に穴が無いように感じる。
けど。
考えを止める。
情報は確かなもの。
それなら。
森田さんはどこでその情報を手に入れたのか。
「倉田警視が手配して下さった特別令状で警察の方に犯罪組織の話だけをさせて頂き、得た情報です」
……。
黒の御使い、久遠。
犯罪組織に関する捜査は拓さんに一任されてる。
そしてこの事件。
指を加えて見るつもりは毛頭無い。
俺達の心理を読んでるのかもしれない。
警察の初動捜査。
そしてそこに関わる俺達の行動を。
頭を振る。
悪い癖だ。
直ぐに原点を忘れる。
俺が最初に考えた事は何だ。
脅威は楓。
だとしたら。
俺達がじゃない。
PCPが、警察が、そして財閥がどう動くか。
全ての流れを把握しようとしようとしてるのかもしれない。
……それなら奴らはどうするか。
由佳が前方を指さす。
「あれじゃない!?」
前方に止まった車。
考えるのはここまで。
頭を切り替える。
輓近の魔術師を絶対止める。
拳を握ろうとした俺の手を、更に強く由佳が握ってくれる。
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