ザイカオクサツ～吉野翔太の怪事件ファイル2～

空白の中で

　幸い、被害者の増田哲也さんは気を失っただけで済んだそうだ。

犯人が第2の犯行に及んだ事を拓さんから聞かされ、被害者の無事にとりあえずホッとする。

姉ちゃんを何とか納得させ、部屋へ急ぐ。

連続した犯罪が発覚してからの指名手配。

警察は迅速に包囲網を厳重にしてくれた。

この状況で迂闊に動く事は出来ないだろう。

だから分かる。

これも犯人が考えてるシナリオの一部。

これ以上の犯行は何としても阻止する。

部屋に戻ると、由佳は寝ており華音ちゃんがモニターを凝視してる。

良く見ると、華音ちゃんは車通りの少ない場所に向かってる車を見てるみたいだ。

……なるほど。

向かうのなら車以外にあり得ない。

更に数はかなり絞られそうだ。

後は実際に何かが実行された痕跡さえ確認出来れば。

俺もPCを操作し、モニターの映像を探す。

車じゃなく、異変があったと思われるような場所。

メモ帳に残ってた情報から、犯人は単独。

根拠と呼べる根拠は無いけど、多分目立つ格好をして1人で犯行に及んだ意味を考えてだろう。

暗闇で見えない可能性があるから、人体発火事件があった翌日の昼の映像。

隈なく探す。

時間経過を追う必要が無い状況を作ってしまえば、捜索はそんなに難しくない筈。

目を皿にして探す。

由佳と楓はこんな重労働を嫌な顔せずにしてくれてたのかと思うと、感謝してもし切れない。

この仮説だって元々俺が言い出した事。

それなら最後はやはり自分自身で見つけたい。

確かな願いは元々いない神様になんて届かないのは分かってる。

今だけは時間を気にせずただ探す。

「翔太さん、この車……」

　華音ちゃんがおかしいと思われる車両を見つけたようだ。

その映像を確認し、更に同地点の翌日の映像を探し、車が止まったと思われる地点を確認する。

山中に開けた空間と、大きな焦げ跡。

拡大し、由佳から教えて貰った方法で画質を調整する。

何かが焦げた塊、だろうか。

「まさか……」

　俺はすぐさま拓さんに連絡、華音ちゃんがその地点を遡る。

深夜の1時頃だろうか。

盛大に燃えてる映像が映る。

しかも、既にスタンガンによる傷害事件が発生してる。

もう1件、或いはそれ以上。

同じような殺人事件が起こってる可能性はかなり高い。

『現場に直ぐに向かわせる！』

　スマホを下ろし、モニターを睨む。

輓近の魔術師。

これ以上の犯罪はやらせない。

てめーの殺意から、全ての意思を奪ってやる。

　一通りの業務をこなし終え、自宅に着く時には既に日は落ちている。

PCPの活動開始と同時に、自宅から通うのは非効率と判断し、大学近くに部屋を借りている。

疲れ切って寝てしまえば良いけれど、女としての最低限は忘れない。

シャワーを浴びながら考える。

夕方聞いたとある情報について。

一際熱心な外国人だったそうだ。

アタッシュケース1つで出来る販売ビジネス。

そして商品は様々なものを取り扱う。

言葉で濁してはいたそうだけれど、一言で言ってしまえば武器密輸の提案。

その可能性がある取引が持ち上がった。

ハッキリと断ったそうだけれど、男はまた来ると言って笑っていたそうだ。

誰が。

一体何の目的で？

魔術師がまだ捕まっていない現状で、更に財閥の中に気になる情報が浮上した。

バスルームから出てPCを立ち上げる。

1通のメールを開く。

極秘で動いて貰っている森田さん(専属執事)からの定時連絡だ。

やって貰っている事は、財閥に接触して来た人物がどのような目的で接触したのか。

私が企業間の犯罪に目を付けたのは、もう一つ理由がある。

久遠正義、黒の御使い。

彼らの動向を、情報を。

少しでも手掛かりを探る為。

大きな目的を実行するとしたら、企業との協力無しには無理だと考えた。

森田さんも情報は掴んでいるようだから、情報は間違いの無い物だろう。

どちらか。

或いは両方か。

企業間でそのような情報があるとすれば、秘密裏に動くか企業全体が協力しているか。

どちらかは避けて通れない。

これまで何ら音沙汰が無かった犯罪者の尻尾をようやく掴む。

けれど。

キーボードの手を止め、自分に待てと命じる。

本当に音沙汰が無かったのだろうか。

何か見落としている事は無いか。

日本に存在している企業数は380万にも登る。

全ての資本金、年商を把握している訳では無い。

こちらでも企業間の膨大な人海戦術を以って。

そしてインターネットでも掴めなかった情報が。

こうして分かり易い形で判明する事があり得るだろうか。

森田さんに極秘で動いて貰ってはいるけれど。

後手を踏んでいるような漠然とした不安感。

考えてみれば黒の御使いのやり方に似ている。

黒の御使い、基恐らくはそのトップにいるであろう皇桜花。

彼女は私達の情報が0、尚且つ有村秀介君の殺人教唆をしたと言う事実だけで。

華音ちゃんに関わる学校に兄が殺人者だと言う噂を流す。

それを受けた華音ちゃんの行動から、翔太君と由佳ちゃんが何かを知っていると言う事実、関係を突き止める。

そこから、恐らくは翔太君達が事件を解決している事を突き止め、そして恐らくそこから過去にも事件が解決している事を調べ上げたのだろう。

本当かどうかを、そして障害となるかを確かめる為、双鏡塔に阿武隈川愛子を送り込む。

そして雷鳥峠でわざと私達を引き離して倉田さんの注意を逸らし、優子を拉致する事で。

由佳ちゃんの誘拐に成功し、一気に翔太君と由佳ちゃんを殺害しようとする所まで漕ぎ着けられてしまったのだ。

それを経験してしまったから。

感覚を持てるようになっただけでも成長かもしれない。

やれる事が出来たのであれば。

冷静になる。

まずは森田さんを呼び戻す。

森田さんに極秘で調査させ、掴んだ事実。

それと財閥内で聞いた事実が同じなら。

着信が鳴る。

『お嬢様。今近くにおります。直接お伝えしたい事がありますが宜しいでしょうか？』

……。

森田さんは本当に優秀な方だ。

　男は必死に逃げていた。

集団で追いかけて来る屈強な男達に立ち向かえる武力が無かったから。

大通りは既に囲まれており、裏道を逃げるしかない。

大声を出せなかったのは、大量の催涙スプレーを女に掛けられたから。

学生服を着た高校生。

何が何だか分からない。

そして行き止まりに差し掛かる。

隠れてやり過ごす暇も与えられず、男はスタンガンによって意識を失った。

　ちゃんとした場所で寝なかったせいで体が痛い。

起きたら翔太と華音ちゃんがPCから離れてた。

まだ寝惚けてるから状況を飲み込めないけど、まさか寝てる間に事件が起きてしまったのか。

「由佳、華音ちゃん。ここから指示を出してくれないか？」

「それなら、私だけで充分です。車種が同じかは何とも言えないですけど」

　あたしが答える間もなく華音ちゃんが1人で指令役を買って出る。

でも2人の方が良いだろうと、華音ちゃんの隣に座ろうとしたら華音ちゃんに止められる。

「何してるんですか由佳さんも行くんです」

　……はい？

「こんな時じゃないと2人きりになれないんですから早く行って来て下さい」

「不謹慎ちゃいます……？」

　そんな事は今はどうでも良いと思うんだけど……。

「翔太さんが危ない目に遭ったら由佳さん以外に誰が助けられるんですか！」

　うーん……あたし以外にいない。

うん。

「顔が気持ち悪くなってるぞー」

　失礼な事を言う翔太にアッパーをかます。

冗談は置いといて、単独行動は危険だ。

あたし達に武力は無いから、返り討ちに遭う可能性がある。

「拓さんは他にも町外れの場所で殺人が起こってないかも調べてる。何かあったらここに連絡してくれるように言ってあるから」

　翔太もあたしも、受験が終わってすぐ後に普通免許を取ったから運転は出来る。

けど今は楓さんがどこかに行ってて車が使えない。

翔太がスマホを取り出した時に、タイミング良く扉が開く。

「お困りでいらっしゃいますか？」

　聞き覚えのある声に振り向く。

長期の仕事だと言ってた森田さんがそこにいた。

「道中で色々とお話しもあるから、森田さんも連れて行って下さると助かるわ」

　遅れて入って来るのは当然楓さん。

最初は目的も何も無かったし、あたしと翔太と有村君がいた。

有村君の事があってから、こうして人の輪が増えて行き、PCPって言う組織まで出来た。

黒の御使いから半年が経って、やる事もガラッと変わった。

それでもあたし達はあたし達だって事が掛け替え無く嬉しかった。