炎の拡散
会議を終え、戻る頃にはお昼になっていた。
焦るなと自分に言い聞かせるもどかしさは、事件以外の所で時間を取られてしまっているから。
魔術師の消息が不明とだけ聞いている現状で、私に何が出来るかを考える。
由佳ちゃん達はカメラの映像から手掛かりを探している。
翔太君は倉田さんと情報交換。
警察は凶器の特定や、聞き込みを続けている。
その状況で。
全ては倉田さん個人宛てに届いた犯行予告状。
その上で私の立場だからこそ。
いざと言う時、お役に立てないのであれば。
今やれる事を精一杯やるしかない。
何かが起きて動けないのなら、身の回りの大切な人達をもう危ない目に遭わせないように。
人海を駆使し、先手を取れる手助けを。
輓近の魔術師にとって、何をされたら一番困る?
消息が分からないとは言え、相手は1人。
目立つ行動をする事も狙いの1つではあるだろうけれど。
動員する警官の数を知る事も狙いの1つかもしれない。
だとすれば。
私は溜息をつく。
捜査として、犯罪を防ぐ為に。
皆が皆動いてしまっている。
事件においてやれる事は。
無いだろう。
やる事が貢献になるならば。
やらない事もまた貢献になるだろう。
それに。
久遠正義或いは黒の御使いが桜庭の財閥を無視する事は出来ない筈。
それなら、私が普段と違う行動を取れば。
そこを必ず突いて来る。
だから半年前に取り返しのつかない事が起きてしまった。
動いている事を悟らせてはいけない。
その行動1つで変わる未来があるのなら。
迷わず動かない方を選ぶ。
それでも少しだけ、もどかしい気持ちは残る。
取り合えず、今は徹夜で瀕死になっているだろう由佳ちゃん達に、何か食べる物でも買って行く事にする。
勿論翔太君とイチャイチャでもしようものなら。
お尻を引っ叩くつもりだ。
少女は傘を差し、街中を歩いていた。
エナン帽にポンチョの全身黒の格好ではあったが、雨のせいで全身がうまく見えなくなっていた。
少女の前を、男は歩いている。
ごく普通のスーツを着用した、どこからどう見てもサラリーマンにしか見えない。
少女は足音を立てず、しかし迅速に男に近付き、ステッキのようなものを男の背中に押し付ける。
男は痙攣し、そのまま呻き声を上げ、倒れる。
少女はそのままどこかへ去って行った。
うーん……。
いつの間にか寝てたらしい。
重い頭を振り、部屋の中をゆっくり見回す。
由佳さんがキーボードに突っ伏して寝てる。
由佳さんをイスを並べた簡易ベッドに寝かせ、PCモニターのメモ帳に並んでる『あ』の羅列を削除する。
メモ帳には由佳さんが頭の整理に使っただろう文字が書かれてる。
・犯人は単独→推測
・移動範囲→3時間以内?
・移動方法→分からない。
これを見て私は首を傾げる。
犯人についてと移動範囲は由佳さんなりの考えがあるのだろう。
けど移動方法はどうだろうか。
本当に行うべき目的が廃墟にあるとして。
そこまでどうやって行くのだろう。
タクシーなどを使っては目撃者がバッチリ覚えているだろう。
かと言って電車を使って移動をしても、誰かに見られる可能性が0じゃない。
それなら。
移動は車以外に無いだろう。
目的地の手前で電車を降り、車に乗り換える可能性はあるかもしれない。
けど、犯行予告をしてそれが囮で。
廃墟に行っておままごとなんてしないだろう。
別の犯罪。
更に言えば殺人。
だから殺すべき標的を廃墟まで運ぶ必要があると思う。
倉田さんの名前を教えた犯罪者がそこは手伝う場合もあるかもしれない。
少なくともその場所まではどうにかして行かないといけない。
そしてこれなら。
方法を思い付く。
人里離れた場所に。
1日で何万人も車で移動はしないだろう。
それなら。
そう言った場所へ向かった車の流れをこの映像で確認出来れば。
何台かは分からないけど、不審な動きは見つけられるかもしれない。
由佳さんが調べてくれた内容を奪うようで気が引けた。
けど由佳さんなら。
そんな事思う暇があるなら動けって言う筈。
言われなくても、引っ叩かれるかもしれない。
……よし。
因みに私はレズじゃない。
テーブルに置かれてるスーパーの袋は誰かが買って来てくれたものだろう。
多分、桜庭さん。
少しだけムッとしたけど、そんな事を考えてる場合じゃない。
人体発火殺人の現場写真、資料を検証する。
生憎の雨で現場検証が困難になった為だ。
人体発火。
魔術師。
これらを実際に可能にする方法がある筈。
実際にそうとしか思えない映像を鮎川君が確認している。
それをどう実行したのかを考えざるを得ない。
直ぐに思い浮かぶのはガソリンを使った手法だが、果たしてそんな匂いがする場所をうろつくだろうか。
道路にビニールや布をガソリンに仕掛けたとしても、流石に気付くだろう。
恐らくはそれらを感じる5感が異変を訴えなかった。
全てを満たす条件。
現場の灰から検出された物質から、きっかけとして何が使われたかは分かる。
多くのリン成分が検出された。
しかし、実際に試してみれば。
例え黄リンを道路に仕掛けたとしても。
直ぐに燃え広がる事は無いのだ。
あっという間に燃え、それが結果的に人体発火と言う映像からの事実を生み出した。
だとしたらあっという間に燃え広がった事実を満たす何かが存在している筈。
犯人が被害者の太田の傍を通り過ぎた後、一瞬で火が太田を飲み込んだ。
この時に犯人が何をしたかはまだ何とも言えないが、発火のトリガーを引いたのだろう。
だが、リンだけでは不可能。
この一見矛盾した状況を打破する何か。
それを何としても見つける。
麻薬のディーラーが常にそこにいたであろう場所に、魔術師が現れ……。
ハッとする。
そうだ。
リンを使った発火だけなら。
PCで確認する。
やはり。
発火温度は30℃。
リンを発火するだけなら極端ではあるが、その場へ出向く必要が無い。
だとしたら犯人がわざわざ被害者の前を通り過ぎた理由は。
炎を拡散させる為。
犯罪の実行の瞬間を目撃した人物は犯人と被害者以外にいない。
だとしたら。
恐らく可能になるであろう方法がある。
「倉田警視!」
刑事の1人が血相を変えてやって来る。
私はノンキャリアではあるが、凶悪事件解決の実績を異例の事として評価され、審査の末に警視に昇進する事が出来た。
これも全て翔太君達の協力無しにはなし得なかった。
朋歌さんとも入籍を果たし、順風満帆の道を歩ませて貰っている事に感謝してもし切れない。
「輓近の魔術師の仕業と思われる傷害事件が!」
魔術師……。
貴様はどれだけの罪を重ねれば気が済む。
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