天の一撃

 女の子が膝を抑えて泣いている。

転んで擦り剝いてしまったのだろう。

そこに、全身黒の格好をした少女が歩いて来る。

少女はまるで魔法使いのようだった。

少女はしゃがみ、女の子の頭を撫で、傷の手当てを行う。

終わる頃には、女の子は表情を綻ばせていた。

少女は立ち上がり、口を開く。


 回復魔法は使えない。


 女の子が首を傾げたが、少女が振り向く事は無かった。



 もう朝になってたけど、魔術師の消息は掴めなかった。

分かった事と言えば、犯行後に建物に入られた事位。

しかも建物は駅に直結してたから、消息を追う事は出来なかった。

警察が集めた目撃情報も駅で途絶えてるそうだ。

そうなるとあたしに出来る事は、翔太の仮説を確認する事だけだった。

華音ちゃんにお願いしてたけど、膨大な量のデータから正解を探すのは至難の業だ。

イスをベッド代わりに寝てる華音ちゃんにこれ以上無理をさせるのも悪い。

あたしは両頬を叩き、考える事にした。

単独犯か複数犯かも分からない。

この状況で闇雲に調べたって無理だろう。

せめてどっちかさえ検討をつけられれば。

もう一度、今分かってる事を整理する。

倉田さん宛てに犯行予告が来た。

文章をモニターに映す。

たった三行、しかも下手をしたらただの悪戯だって思われてもおかしくないようなもの。

そして魔法使いの格好をした人物が、人体発火によって殺人を犯した。

人物の行方は途絶えている。

分かってるのはここまで。

……。

文章をもう一度見る。

輓近の魔術師。

例えば複数だとして。

魔術師って記述するだろうか。

翔太の言う通り、犯行予告が囮だとしたらわざとこう書いた可能性だってある。

けど、複数犯なら。

どうして犯行時に確認出来た黒ずくめの魔法使いが1人だけだったのか。

そこがどうしても気になった。

それこそ何人もの人間を適当にうろつかせた方が良いんじゃないのか。

捕まったら意味が無いし、消息が掴めないって事は逃亡したって事。

罪から逃げる為かもしれないし、或いはまだやるべき事があるからかもしれない。

複数犯って可能性よりも、単独犯である可能性の方がしっくり来る。

1人で頷き、それならある程度絞る事が出来る。

1人なら、犯行を全部1人でやらなければならない。

だから最初の事件が起こった場所から、時間の範囲を絞って調べられる。

逃走手段が電車かどうかは分からない。

警察が調べても途絶えた消息。

要は逃走の過程で間違い無く着替えてる筈だから。

電車を使わずに逃走されたって多分直ぐには分からない。

けど、逃走範囲は推測出来る。

逃走と言うより、次の行動を起こすだろう場所の範囲。

その中で、誰も来ないような目立たない場所を追う。

「うーん……」

 華音ちゃんのあどけない寝顔にクスっとし、視界がぐにゃりと歪んで初めて、相当疲れてる事を自覚した。



 犯人はどうして魔術師と名乗ったのか。

警察からの帰り道、ずっとそれを考えてる。

本当に目立つだけが目的なのか。

人体発火って事は。

魔法に例えれば火の魔法を使ったって事だろう。

だとしたら。

氷の魔法や雷の魔法を使って残りの殺人を犯すとでも言うのだろうか。

けど、魔法じゃないとダメな理由には繋がらない。

曇り切った空は、見えない答えだった。

視点を変えないと結論は出なさそうだった。

まず、拓さんの名前を知ってる事がおかしい。

だから俺は、久遠か黒の御使いが絡んでると睨んだ筈。

だとしたら。

実行犯がどうこうよりも、名前を教えた人物に目的があり、それを完遂するのに魔術が都合良かったと考えれば。

見える部分も幾つかあるかもしれない。

前回、黒の御使いの1件から既に半年以上は経ってる。

どうしてこんなにも期間が空いたのか。

あれから大きな事件は起きてない。

けど、それは活動停止とは結び付かない。

それが今動き出した。

少なくとも俺と由佳は黒の御使いに殺されかけたし、久遠もわざわざ俺達に予告状を送りつけて来た位だから、俺達が無視出来ない存在になってるのは間違い無いだろう。

だったらそれは何故か。

楓だ。

大財閥が俺達の傍にいる事実。

それに楓自身が犯罪を無くしたいと願ってる。

その気になって動けば、幾ら犯罪組織でも簡単に動けなくなるだろう。

それに、何れ楓は財閥を継ぐだろう存在。

多分その前に何とかしたいと考えてる筈。

だけど無理にでも動けばどうなるかは分からない。

そんな状況で何を考えるか。

楓が実際にどんな行動をしてるのか。

PCPの活動は、俺達や財閥の人間、拓さんを含めた警察の一部しか知らない事。

それを炙り出す為って考えれば良いのかもしれない。

こう考えるのには理由があった。

やり方が黒の御使いに似てる。

半年前は、良いように俺達が炙り出され、危うく殺されかけたのだ。

その当時に重なる。

直感とも言えない危ういものではあったけど、否定する根拠が無いのも事実。

だとしたら。

既に俺達の動きを予測し、行動をしてるのかもしれない。

大学の門前にいつの間にか来てたらしい。

雨も降って来た。

そして鬼の形相の……やばい。

「くぉら翔太!」

 アイアンクロいででででで痛い痛い痛い死ぬ死ぬ!

「あんだけ連絡しろっつってんのにあんたはこのバカ!」

 俺の姉ちゃん。

吉野優子は相変わらず優しくない。



 雨が降る中、少女は磔にされた女を見上げる。

雷に浮かぶ女の表情は、恐怖に満ちている。

「な、何なのよあんたは!」

 轟雷の中大声で嘲笑する少女は狂気そのもの。

一しきり笑い終えると、少女はただ虚ろな感情で一文一文を言葉で発していく。

女は胃がせり上がる思いだっただろう。

「か、関係無いだろお前には!」

 もはや女は言葉を選ぶ余裕すら無く、言葉がただの叫びになっている事さえ気付かない。

少女は持っていたステッキを振るい、一言告げる。


 サンダガ。


 天井から雷が落ち、女を襲う。

電気による独特の焦げ臭さが漂う中、少女はただ天からの一撃に叫ぶ女を見る。

数分にも渡る執拗な雷撃が終わり、女の焼けきった手足は文字通りもげ、無機質に落下する。

ただその様子を見ていた少女は踵を返し、廃墟を後にする。


 命の強度は変えられない。


 扉が重い音を立て、ただ閉まる。

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