まるで違う犯行予告

 全ての準備が整った辺境の場所に、気絶させた罪人を運び込む。

人目につかないよう、細心の注意を払う。

目を覚ますまで、敢えて待つ。

そうする事で、罪人の罪科をより深く、明確にする事が出来る。

ステッキを持ち、後は罪人が目を覚ますのを待つだけ。

暫くの後、両手足を縛られた罪人が目を覚ます。

その光景に心底嗤った。

「な、何だてめーは!」

 何も告げず、ただ一言。

ステッキに向かって告げる。


 ファイガ。


 炎の嵐の如く、罪人は取り込まれ、盛大な人体キャンプファイヤーが上がる。

罪人の安否を確認する必要は無かった。

人間にとって炎は弱点。

それに、心底興味が無かった。



 話し合いを終えた時には、既に夜になっていた。

何とか財閥の傘下に入る事で合意を得たけれど、言ってしまえば脅迫にも近いものだから。

素直に承諾はしてくれないだろう。

けれど、自信と勝算はあった。

どこの会社もスキャンダルの公開はしたくないけれど、秘密裏にどうにかしたい気持ちはあるだろうから。

何より、私と翔太君の願いがそこにあったから、失敗する未来は有り得ない。

何はともあれ、軌道に乗り始めた今必要なのは継続だろう。

由佳ちゃんに連絡を取ると、警察に届いた犯行予告の話、そして人体発火の事件が起こった事を聞いた。

車で急いで戻ると(専用執事は今は極秘調査で席を外しているから、運転するのは私だ)、夜にも拘らず、翔太君達はモニターを見上げていた。

絶えずウィンドウが切り替わっているのは、由佳ちゃんがその操作をしているからだろう。

人を想う気持ちの強さは、こんなにも尊いのかと舌を巻く。

扉の音に、翔太君と華音ちゃんが振り返る。

「お疲れ」

 労いの言葉に抱きつこうとすると、何故か華音ちゃんに止められた。

「ダメですもう由佳さんのものです」

 手伝いたいと言っているけれど、もしかしてただ単に私を監視する為だけなのではないかと、有村華音ちゃんには疑念を抱く。

「キリが無いって……」

 そんな茶番を尻目に、由佳ちゃんが大きく伸びをする。

何故か出ている鼻血を翔太君が拭いている。

大方、華音ちゃんの一言に顔が気持ち悪くなっていたのだろう。

私も人の事は言えないから、黙っておく。

「久遠か黒の御使いかは取り合えず後で考えるとして。この魔女じみた格好の女が犯人の可能性は高い」

「うん。そう思う。犯行時刻位の映像を見たけど、この人が通りかかった後に火が上がってるから」

 人体発火は本当。

けれど、そんな事が本当に可能なのだろうか。

「それにこの格好。予告状」

 翔太君は両小指を絡め、手を口元に当てた。

何度も見て来たこの癖。

思い、願いの象徴だろう。

「倉田さん宛てなのも気になります」

「……もしかして」

 翔太君は由佳ちゃんに代わって座り、モニターに殺人事件の資料を表示して行った。

「これって……」

 私達が。

いや、翔太君が解決してきた事件。

その中でも、犯行予告がされた事件について。

「犯行予告を何故出すか」

 警察や私達に。

もっと広義に言えば、誰かに犯行を見て欲しいと言った所だろうか。

「けど、この事件だけは違う」

 ようやく、翔太君が言わんとしている事を理解する。

「犯人が分かってるって事」

「どう言う事ですか?」



 翔太さんの考えが全く分からなかった。

「犯行予告を出して、事件が起こる事は分かるけど、誰が出したかなんて分からない」

「けれど、この犯人は顔を見せずに姿を見せていると言う事ね」

 ……もう少し分かり易く説明して欲しい。

「つまり、犯人は姿が見られる事も想定してるって事」

「もう少し言うと、黒ずくめの魔女の格好をした人物が、殺人を犯していますと言う情報を知らせる事が目的と言う事よ」

 犯行予告と魔女の格好をする事で、それを受けた警察に分かり易くするって事だろうか。

分かり易くなるって事は、特定の人物以外にも伝わると言う事。

その意味では、確かに今までの犯行予告とは明らかに意味が違うだろう。

……やっと分かった。

囮だろうか。

翔太さんがゆっくりと頷く。

「可能性の1つでしかない。けど、仮定を証明出来るかもしれない。ここなら」

 由佳さんも分からないと言った表情をしててちょっと安心する。

「囮って事は……」

 由佳さんが考える時、両手を顔の前で組む癖がある事に最近気付いた。

こんな感想を持つと失礼かもしれないけど、今までの由佳さんは、翔太さんの考えについて来る事が出来なかった。

それでも今はこうやって話に乗る事が出来るようになってる。

由佳さんなりの願いなのだろうと思う。

「真逆の状況を、気付かれないように実行するかもしれないって事?」

「そう。だから……」

 森の中とか廃墟とか。

そう言った所で何かを行う為。

実際どうなのかは分からないけど、調べてみる価値はあるかもしれない。

「問題は時間と場所が絞れない事ね」

「あたしはやるけど、時間はかかると思う」

 翔太さんはこの後倉田さんに今の推論を話すだろうし、桜庭さんは明日も早くから色々な業務に追われるのだろう。

私は黙って由佳さんの横に座り、PCを起動した。

「良いの? 華音ちゃん」

 やれる事があるのにやらないと、私はまたいじけるだろうから。

それを教えてくれたのは、他でもない由佳さんだ。

「って言うか、大学にいて良いのか?」

 心配そうな声の翔太さんに、桜庭さんの自信に満ち溢れた笑みが対照的だ。

「バレなければ良いわよ」

 ……この人は優しくない。


 ぐぎゅるるー。


 空腹に皆が吹き出し、私は赤面する。

「なら私は、2人分の夜食でも買って来るわ。ね? 腹ペコ小悪魔さん?」

 うるさいですインテリビッチ!

「はは……」



 囮……か。

翔太君の話を聞き、確かに可能性としては有り得た。

それなら、恐らく警視庁宛ではなく私宛に犯行予告を送った理由も頷ける。

事を大事にすれば、共通性から次の犯行を予測する。

例え町外れで秘密裏に犯行に及んだとしても、恐らく発覚が遅れれば全ての犯行を遂行してしまえるだろう。

「秘密裏に進める事は可能ですか?」

 秘密裏に進めるなら、人数は少ない方が良いだろう。

礼を言い、こちらも調べた結果を告げる。

被害者の名前は太田和宏22歳。

合法ドラッグのディーラーをやっており、人間関係を洗う際に、様々な麻薬ルートと繋がっている事が判明し、芋づる式にこれら組織が捕まった。

「動機に繋がる人物は見つかりましたか?」

 まだ結論を出せないのが現状だった。

事件から半日も経っていない現状で、これだけの成果を上げる事が出来たのも、被害者が組織の中で圧倒的なネットワークを持った人物だったためだ。

今後のし上がって行く為に、様々な人物と交流を持っていた。

「絞り込むには時間が掛かりそうですね」

 だとすれば、現行犯逮捕を行うしかないだろう。

……。

PCPの手腕を期待するしか出来ないのが悔しかった。

警察と連携する事が出来れば、人員も割く事が出来るだろう。

……実績が出来れば可能になるだろう。

今出来る事を考える。

「魔術師の目的……」

 翔太君は両小指を絡め、手を口元に当てた。

それに、殺害方法が全く分からない。

人体発火としか思えないような事が起こった。

魔術としか思えないような……。

「殺害方法は拓さんに任せます」

 翔太君は笑顔ですみませんと謝る。

「俺がやるべきは、魔術師を止める事ですから」

 そうだ。

翔太君は事件解決についての能力はずば抜けているが、彼が本当にやるべきだと思っている事は。

犯罪を防ぐ事だった。

「解決は、最悪のケースだけって事で」

 私は笑い、すまないと言う。

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