火の魔術
魔法に誰よりも魅力を感じた。
それをこの世界でも表現出来ると思ったから。
否定される事を何とも思わなかった。
けど、何に利用できるかを考えた時、魅力的な誘いがあった。
断罪を実行する。
脳天を駆け巡る確かな感覚がそこにあった。
だから実行をする。
輓近の魔術師として。
翔太君が退院し、無事に受験を終え、比較的穏やかな時間が流れていた。
久遠や黒の御使いは未だに行方を掴めていない現状はあるが、それでも凶悪な殺人事件はあれ以来起ってはいない。
そんな中、警察に一通の封筒が届いたのがつい今し方。
正確に言えば、警察宛にではなく、私倉田拓也様とご丁寧に書かれている。
今までに何度も感じた良くない気配。
封に刃物が仕掛けられている可能性を考慮し、手袋をつけて慎重に開けて行く。
毒が仕掛けられている事は無かったが、何も起こっていないか確認を急ぐ。
文面を見て、嫌な予感では無く確実な犯行予告として認識した為。
我、輓近の魔術師なり。
断罪を執行する。
しかと記憶に焼き付けよ。
人通りの多い道を少し外れた所に、男は退屈そうに立っていた。
いかにも怪しい男がいる通りを好んで歩く者はいなかった。
それもその筈。
男は合法ドラッグの販売をしていたのだから。
それも再三に渡る警察の呼びかけにより、大きな打撃を受けていた。
そんな現状に苛立つ男の前を、1人の少女が通りかかる。
笑みを浮かべる男だが、少女の容姿に違和感を覚えた。
全身黒の格好ではあったが、エナン帽にポンチョの組み合わせだったから。
今は6月。
そんな格好をする季節ではなかったのだ。
お姉さん、ちょっと……。
そんな男の言葉を聞く訳も無く、少女は無言で通り過ぎて行く。
言葉を繋ごうとした男の思考がそこで止まる。
足元から火の手が上がり、まさに一瞬と言える時間で男の全身が炎に飲み込まれた。
この世のものとはとても思えない絶叫をあげる姿を確認する事無く、少女はその場を去って行った。
犯罪を防ぐ。
不可能な理由は幾らでも説明出来るだろう。
けどそれを可能にする方法を考えられた時、犯罪は1つずつ無くして行ける。
それが俺、吉野翔太が出した結論。
あれから色々考えて、先ずは人に言えないような事情を抱えた依頼を受ける事を選択した。
警察にも言えないような事情を抱えた被害者を救う。
簡単に言えば、パワハラ、モラハラに苦しんでいる人の依頼を受け、これ以上の犯罪を防ぐ事。
小さな事かもしれないけど、やってやる覚悟はもう決めた。
特に会社関連の犯罪は、警察でも簡単に介入出来ないのが実情だった。
その点、桜庭財閥ならばと言うメリットを活かす事が出来たのも大きかった。
企業間であれば、財閥に入ると言う形で半ば強引に介入する事が出来た。
会社にしてみれば不満が募るだろうけど、俺が選んだのは個人を救う事だった。
『翔太君。準備は良いかしら?』
イヤホンから聞こえる楓の言葉を聞き、会議室の前で息を潜める。
大丈夫と小声で告げ、念の為レコーダーのスイッチをオンにする。
中に盗聴器を仕掛けてはいるけど、物証があると無いとでは相手の反応が違う。
『な。良いじゃん』
来た。
『もう、止めて下さい……』
何があったかなんて想像したくなかった。
今すぐにでも扉を開けたかったけど、ある程度進んでからだと言い聞かせ、その時を待つ。
「遅くなってごめん」
由佳がやって来る。
鮎川由佳。
俺の幼馴染でPCPのメンバー。
彼女。
『ほら。さっさと始めるぞ』
もう良いだろう。
由佳と頷き、扉を開ける。
男は女性社員の服を脱がそうとしている。
タイミングとしては充分だろう。
ビクッとした男は慌てて乱れていた服を直し、女性社員を素早く由佳が庇う。
「何だ貴様らは!」
俺と由佳は同時に身分証代わりに作った専用の手帳を見せる。
「PCPです。今回貴方の犯罪を社長から確認依頼を頂きました」
「ピ、ピーシーピーだと?」
兎に角、今言える事はあんたが女性社員に働いた犯罪の証拠が挙がった。
それを社長に報告する。
男が暴れる事も想定し、SPの人にも来て貰った(普段は楓の護衛を務めている)けど、これでとりあえずは一仕事が完了と言う流れになる。
後は楓‐桜庭楓‐が会社と話し合いの場を持って会社の財閥への参入を勝ち取る事で、会社としての資産を確保し、報酬として一部をPCPの運営費として資金を確保。
このシステムを楓が構築したのだから、やはり大財閥のお嬢様だ。
男は後日何かしらのお咎めが行くと思うけど、それは俺達の知る所では無い。
泣きじゃくっている女性社員を由佳が慰め、切っていたスマホの電源を入れる。
途端に鳴り出すスマホにビクッとし、液晶画面には拓さんからの着信が表示されていた。
もしもし?
『翔太君か。鮎川君にさっき連絡を取ってたんだが、今大丈夫か?』
だから由佳が遅れて来たのかと納得し、どうぞと拓さんの言葉を待つ。
『輓近の魔術師と名乗る者から犯行予告が私宛に届いた』
ばんきん?
拓さん宛てに?
『そして先程、麻薬の売人をしていた人物が殺害された。詳しい死因等は今調査中だが、SNSに俄かに信じ難い書き込みがある』
久遠や黒の御使いは、今もPCPで捜索はしてる。
あれから接触も無く、不審な動きも無い。
『……すまない。また後で連絡させて貰う』
そして確認したSNSに、目を見開く。
『人体発火www』
『奇声にビビって見たらマジよマジ』
『魔法使いみたいなかっこの女w』
『作り話乙』
『魔法使いの証拠画像』
『これホント?』
女の人の痛みと悲しみ、悔しさが直に流れ込んで来るようだった。
けど泣くのを躊躇ったのは、同情だと思われたくなかったから。
そうして理解してあげたかった心を、確かな拒絶で閉ざされた事を忘れない。
無理矢理に頭を切り替え、スマホを切ってた翔太に、倉田さんが用があると言って電話を貰った事を翔太に告げる。
外で待ってた翔太は、既に倉田さんから情報を聞いたようだ。
「輓近の魔術師って名乗った誰かから、警察宛に犯行予告が届いたらしい。まだ確証は無いけど人が突然燃えたってSNSで話題になってる」
魔術師に燃える……。
輓近って確か最近って意味だったから。
最近に蘇る魔術師って事なのか。
前のあたしだったら意味が分からないで終わってたけど、そう言う考え方が取り返しのつかない事になると学んだ。
その為のPCPだと思うし、これからも翔太と一緒に犯罪を無くせるようにしたいと強く願う。
PCPの拠点は、今は大学に存在してる。
大学の4年間の間、試験運用の意味と、学生だからやっぱり勉学との両立がやり易かった。
楓さんが考えた運用システムのおかげで、実績さえ上げればもう会社、組織として立ち上げる事が可能になるそうだ。
その間に警察と連動する事が出来れば、会社内のパワハラ、モラハラに関する件数は激減させられる目論見らしい。
勿論、加害者に対する扱いをどうするか等の問題はあるけど、今は財閥を通じた会社間の極秘のやり取りって事で定期的な依頼が来てる。
その張本人である楓さんは、企業との談話に向かってるのだろう。
活動拠点である共用棟の1室は鍵がかかってた。
でも、先客がいたみたいで事件を纏めたファイルを見てた女の子があたし達に気付き、会釈をする。
「こんにちは。由佳さん」
有村華音ちゃんが見てたのは、多分優子さんが言ってたチンピラ同士の争いについての記事だろう。
何か思う事でもあるのだろうか。
「来年に私も手伝えれば良いんですけど」
華音ちゃんは翔太と違って成績は良い方だから大丈夫だろう。
「本人目の前……」
落ち込む翔太を気にせず、巨大モニターのPCを操作する。
PCPの生命線であり、仕事のメインになるのがこのPC業務だ。
さっき言ってた人体発火のSNSは勿論、そこからネットマップを使って現場をリアルタイムでここから閲覧する事が出来る。
ドローンは気付かれる可能性が高いと、楓さんがわざわざ特注で作らせたらしい。
いくらかかったかは考えない方が良いだろう。
兎に角、マップでここからでも必要な情報を得たり、何より犯罪を出来る限り早い段階で気付ける可能性だってある。
問題は、建物内や下水道は全く見る事が出来ない事だと楓さんは言ってたけど、もう話の規模が意味不明だから考えるのを辞めてる。
「どうかしたんですか?」
華音ちゃんが隣に座りモニターを見上げる。
簡単に経緯を華音ちゃんに話す。
見つけた。
人だかりと警察が現場検証をしてるから、多分ここだろう。
映像を拡大し、細かい部分まで見えるように更にキャリブレーションする。
そして鮮明になった映像に、翔太もモニターを見上げる。
これがその現場だろう。
道路が僅かに焦げている所まで確認が出来た。
「SNSの情報が本当かどうかはともかく、犯行に火が使われたのは確実」
翔太のスマホが再び鳴る。
『すまない。捜査会議で遅くなった』
ここで事件に関わる電話をする場合、スピーカーフォンの方が迅速に全員が状況を知れる為、常にそうしてる。
「今、こっちから現場検証の様子を見てます。死因とかは分かりましたか?」
『ああ。やはり死因は発火によるショック死だそうだ。それと、そっちに犯行予告状を画像転送しよう』
届いたメールの画像を、翔太のスマホからPCに取り込む。
表示された画像に翔太が頷く。
「警察じゃなくて拓さん個人……と言う事は」
『そうだ。少なくとも犯人は私の名前を知っている。或いは知っている人物から教えて貰った可能性があると言う事だ』
「どう言う事ですか?」
簡単に言ってしまえば。
久遠か黒の御使いか。
どちらかが関わってる可能性があると言う事。
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