第71話 アフターエピソード2・ご両親に挨拶


「なぁ、この服装変じゃないかな?」


 俺は買ったばかりのスーツに袖を通し、ネクタイを結ぶ。

普段もスーツで仕事をしているが、今日はいつもと違う。


「大丈夫だよ。むしろ普段着でもいい位」


「いや、さすがにそれは……」


 雅はいつもよりはフォーマルに近い服装。

白いワンピース姿で俺をまじまじと見ている。


「うちの親も純平の事知っているし、そんな緊張しないで」


「緊張するだろ?」


「大丈夫だって。ほら、お昼間に合わなくなっちゃう。早く行こう」


 手荷物を車に入れ、俺は雅の実家に向かって車を出す。

先日指輪も買ったし、ちゃんとプロポーズもした。

布団で半分寝ぼけ状態でのプロポーズは一度白紙に戻し、やり直したのだ。


 彼女の希望で星の見える海まで行ってプロポーズした。

波の音を聞きながら、俺は彼女の指に初めてリングを付けた。


 月明かりが彼女の顔を照らし、無言で俺を見つめる雅は女神のようだった。

その女神は俺に祝福のキスを、俺は女神を抱きしめた。


――


「純平もなかなかロマンチストだよねー」


 車内に流れる音楽を聞きながら、少し昔話をする。


「そうか? そうでもないよ。普通だよ普通」


「そんなところも結構好きなんだけどね」


「はいよ、ありがとさん」


「真面目に言ってるんだけど?」


「真面目に聞いてるし、返事もしてる」


「ふふっ、純平?」


「なんだよ?」


「私のお父さんとお母さんにしっかりと話してね」


「お、おぅ……。まかせろ」


 そんな話をしながら気が付くと雅の実家についてしまった。

あー、緊張してきちゃった。


「ただいまー! 純平連れてきたよ!」


「いらっしゃい! お父さん! 雅と純平君着いたよ!」


 返事が無い。もしかして機嫌悪いのかな?

あかん、心拍数が上がってきた。


「あれ? お父さんいないの?」


「いるわよ? さっき新聞持ってトイレに行ったから、まだ出てきていないのかしら?」


「ちょっと、純平の前でそんな事言わないでよ」


「あらあら、ごめんなさい。さ、純平君も疲れたでしょ? 上がって上がって」


「はいっ! お、お邪魔します!」


 通されたリビング。

出てきたお茶の味なんて分かるわけない。


「お父さん、まだ来ないの?」


「あらやだ、まだ来ていないの? お父さん! いい加減来てください!」


 しばらくすると雅のお父さんがやってくる。

普段着のまま、普通に歩いてきて、俺の目の前に座る。

長い沈黙、雅、助けて! 視線を雅に贈ると雅は微笑むだけで何も言ってこない。


 わかったよ、俺が言えばいいんだよね?


「お、お義父さん!」


「な、なんだね!」


 ん? もしかして雅のお父さんも緊張しているのか?


「これ、つまらないものですが!」


「あ、ありがとう。か、かあさん、純平君からだ」


「はいはい。見ていればわかりますよ。そんなに緊張しないでくださいな」


「わかっておる。して、純平君、話とはなんだね?」


――ドクンッ


 言うぞ、言うんだ! 言え!

俺は頭を下げ、ゆっくりと口を開いた。


「雅さんと結婚させてください!」


「いいとも!」


 即返事が来た。

顔を上げると夫婦そろって満面の笑みを俺に向けている。

受け入れて、もらえた?


「いやー、いつ来るか待ってたよ! なかなか来ないからずっと心配でね!」


「お父さん、良かったわね! 純平君なら安心して雅を預けられるわ」


「あ、ありがとうございます!」


 雅も笑顔で俺の手を握ってくれた。


「で、今日は泊まっていくんだろ? 良い酒を準備している。もちろん飲めるよね?」


「たしなむ程度ですが……」


「お父さん、大丈夫。私も純平も一晩で一本空けられるから!」


「ふふ、お父さん良かったですね」


「今日から純平君も家族だ。仲良くやっていこうな」


「あ、ありがとうございます!」


 この日は明け方まで飲んだ。

時間が経つにつれ、だんだんみんなおかしくなってきて、なぜか俺はお義父さんにキスされた。

幸いほっぺだったけど、まさかにホッペにチューなんて……。


 そして、俺は風呂に入り、用意された布団にもぐりこむ。

あー、飲んだ! おいしい日本酒だったな。

布団の中でもそもそしていると、お風呂上りの雅がやってきた。


「どう? うちの親は普通でしょ?」


「そうだな、良いご両親だね。楽しかったよ」


「良かった。これからも私の家族をよろしくね」


「こちらこそ、よろしく」


 雅の実家に来て、一緒にお酒を飲んで、色々な話をする。

結婚の話もできたし、とりあえず大丈夫かな?


「明日は動物園に行って、そのまま温泉旅館。温泉楽しみ!」


「折角こっちまで来たんだし、観光してから帰るのも悪くないな」


「また、時間作って帰ってこようね。お父さんもきっと楽しみにしてくれるよ」


「今度は何かおいしいお酒でも持ってきますか」


「うん。純平、ありがとう。幸せになろうね」


「おう、もちろん」


 布団で抱き合いながら眠りにつく。

この温かいぬくもりを、俺は手放したくない。


 お義父さん、お義母さん、俺は雅を幸せにできますかね?

二人の娘さんを、こんな俺と結婚させて後悔しませんか?


「純平、顔が怖いよ?」


「ごめん……」


「大丈夫、心配しないで。二人でこの先、何があっても乗り越えられるよ。私と純平なら絶対に大丈夫」


「雅が言うと説得力あるな……」


「純平だから言えるんだよ。この手、私は離さないよ、ずっと純平の側にいるから」


「ま、それなりにな」


 少し照れ臭い。

俺も何か言えばいいのかな? でも、恥ずかしいし……。


「雅」


「なに?」


「俺が今、心に感じている感情がそうなのか分からないけど、一言だけ伝えたい」


 薄明りのなか、輝く瞳で俺を見つめる雅。

互いの手を握り合い、その温もりをお互いに感じる距離。


「愛してる」


 無言で俺に抱き着く雅。


「うん。わかってる、私もだよ」


 ゆっくりと重なる唇。

そして、雅の温もりを感じながら眠りにつく。


 おやすみ、雅。

お互いにいい夢見ような……。


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