第69話 愛する家族の為に


 そして、時は流れ俺は結婚し、彼女と家族になった。

同じ会社で働いて、一緒に帰る。


 同じご飯を食べて、同じ布団で寝る。

同じような日々の繰り返し。

でも、これが俺の臨んだ唯一の願いだった。


「あのね、今日は大切な話があるの……」


「ん? なに?」


「私ね、妊娠したんだ……」


「妊娠? 俺達、お父さんとお母さんになるのか?」


「うん」


「おめでとう、俺すごく嬉しいよ……」


「ありがとう。今、私すごく幸せだよ……」


――


「こんにちは、赤ちゃん。私がお父さんですよー」


「ふふっ、あなたにそっくりね」


「そうか? 目元なんか君にそっくりじゃないか」


「私達の子供だよ? お互いに似ていて当然だね」


「そうだな……。頑張ったね」


「うん、頑張った……」


――


「急いで! 入学式に遅れちゃうよ!」


「まだ大丈夫だろ?」


「パパ! なんでそんなゆっくりなの! 早くしないと遅れちゃう!」


「男の準備は早いんだよ。ほら、終わった。行くぞ」


「今日もスーツが似合ってるね」


「いい男は何を着ても似合うんだよ」


「パパ……。ネクタイ曲がってる」


「ほら、こっち向いて。直してあげる」


「パパ、子供みたい……」


――


「ねぇ、パパ。一つ聞いてもいい?」


「ん?」


「パパはママとどうして結婚したの?」


「どうしてそんな事聞くの?」


「え? いや、ただ何となく……」


「パパはね、ママの事を家族だと思ったんだ。好きとか、嫌いとかじゃない。一緒にいて当たり前の存在。どんなことがあっても、何があっても一緒にいる、乗り越えていく、支え合う。だから結婚したんだな」


「恋愛しなかったの?」


「恋愛はどうなんだろうね? ママと一緒にいるのが自然で、当たり前だって感じたから恋愛はしていないのかな?」


「不思議な感じだね」


「二人で何しているの?」


「ん? パパとママの事を話していたんだよ」


「また? 何で結婚したかって?」


「そう」


「ママはパパの事がとっても大切なの。ずっと、一緒にいたいと思ったからだよ」


「その話、何回も聞いた。結婚式の写真も見たし、二人って仲良いよね……」


「そりゃそうだろ、家族だもの」


「はいはい、そうですね」


――


 本社に来てから十年以上の月日が流れた。

そんなある日、一本のメールが届く。

差出人不明。


『私、結婚しました。子供を生むことはできないけど、毎日沢山の子供に囲まれて、保母さんになる夢も叶ったよ。今、結婚して幸せな日々を送っています。元彼とはもう連絡とってないし、会ってもいない。ただ、ありがとうって先輩に伝えたかった。 優希』


 俺は忘れていた過去を思い出してしまった。

俺の今ある幸せを、忘れていた過去を蘇らせた一本のメール。

読んだ後、すぐに消去した。


 そうか、そう言えばそんな事もあったな。

記憶の奥底に封印し、記憶から消していた事実。

しかし、たった一本のメールでその記憶が蘇ってしまった。


『……口にいっぱい出されて大変でしたよ。でも、全部飲んだので、ラグは汚れていませんよ』


 再び俺の心に黒いモヤモヤが生み出された。

今の家族を、俺は幸せにしたい。

この黒い物を、二度と表に出してはいけない。


 吐き出さなければ。

心に封印するから戻ってくる。

二度と、表に出てこない様に全てを吐き出さなければ……。


 俺はパソコンに向かい、キーボードを叩く。

そして、ひたすらにキーを打つ打つ打つ打つ。

俺の黒い物をキーボードに向かって打ち、そして画面に映し出される文字。


 なぁ、優希。

お前は私小説を投稿できるサイトを知っているか?

そこには小説を個人で投稿できるんだ。


 なぁ、優希。

お前は今幸せか? 俺は今幸せだ。

だけどな、お前に植え付けられたこの記憶。

今でも消える事は無い。


 なぁ、優希。

人の幸せってなんだと思う?

俺は今の幸せを手放さない。

だったら、俺の想いを文字に起こし、黒い物を全て吐き出させてもらおう。


 この投稿した小説を何人が見てくれるだろうか?

何十人? 何百人? 何千人?

いや、人数は関係ないな。


 俺の想いを文字にし、配信する。

全てを書き終えたとき、俺は過去を思い出す事があっても黒い感情は出てこないだろう。


 そして、俺は今日完結させる。

お前と俺の過去。ここで全て清算させてやるよ。


 俺はお前の事よりも、自分を、そして今の家族が大切だ。

お前も今の幸せがあるんだろ?

俺にも今の幸せがあるんだ。


 俺は今日からまたいつもの日常に戻る。

いつか、もし万が一この小説をお前が読むことがあれば察するといい。


『このモデルは私なんだな』と。

だけどな、このセリフだけは死ぬまで忘れる事は無い。


 最後にもう一度言っておこう。

『……口にいっぱい出されて大変でしたよ』


 この一言で俺の人生は変わった。

変えられた。


 今では感謝している。

俺のトラウマと引き換えに、俺は愛する人と結ばれた。

そして、子を授かり、家族を持つことができた。


 昔の事は昔。俺は今を生きる。

こんなダメな俺を大切な人と言ってくれる妻。

そして、こんな俺を大好きだと言ってくれる子供の為に、俺はこの先生きていく。


 俺は今幸せだ。


 さて、そろそろ筆を置こうか。

連日書き続けて疲れてしまったよ。


――


「純平、家でも仕事してるの? コーヒーでもいれようか?」


「ありがとう。でも、もう終わるよ」


「ねぇ、今度みんなで温泉でも行こうか?」


「いいね、温泉。なぁ雅」


「なに?」


「愛してる」


「私も愛してるよ」


 今日、俺はまた一つ成長するだろう。

最後の話を書き終え、完結にチェックを入れ、最後の更新をする。


 これで、終わりだね。

俺は最終話の更新後、ブラウザを閉じ、パソコンをシャットダウンした。



【後書き】

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


いかがでしたでしょうか?

もちろん、内容はそれなりにフィクションです。


書かなければならない、黒い感情を出さなければならない。

そんな理由で書いてきました。


人生何があるか分かりません。

出会いも別れもあります。


その中でも自分が大切にしたいと思える人に出会えるのは奇跡です。

もし近くに、大切な人がいるのであれば、その想いを伝えてください。


最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

この後もアフターエピソードがありますので、引き続きよろしくお願いいたします。

なお、アフターは不定期更新です。


■最後に作者から皆さんへお願い■

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。

良かったら最終評価をしていただければ幸いです。

★★★だと作者は物凄く喜びます。フォローも引き続きよろしくお願いします♪


また、この作品のアフターエピソードは同作者の作品『彼女と始める同棲生活』と一部クロスします。こちらの小説も合わせてお読みいただければと思います。

どこでクロスするかは、お楽しみに!




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