第67話 旅立ち


「先輩! たくさん食べてくださいよ!」


「もう無理。北川ももっと食べろよ」


「私は十分食べました。ほら、まだデザートがありますよ」


 転勤をするので、とりあえず北川にも一報を入れる。

まだお礼をしていないと言う事で、食事に誘われた。

別に礼なんていらないと言ったが、家まで押しかけると言われ、食事で妥協する。


「いや、マジでもう無理」


「……あの。本当にありがとうございました。優希ちゃん、あれから学校来ているし、ちゃんとした生活もしているみたいです」


「そりゃよかった。後はこの先どうするかだな」


「もう大丈夫です。私が最後までしっかりと責任もって優希ちゃんを守ります」


「そっか。あまり無理すんなよ?」


「はい。先輩にはすごくお世話になりました。お仕事頑張ってくださいね」


「おうよ。北川もしっかりと就職しろよ?」


「大丈夫です。しっかりと活動してますし、すでに内定三つももらってますし」


 北川はしっかりした子だ。

この先もきっと大丈夫だろう。

優希、北川と友達で良かったな。


「じゃ、俺はこれで。頑張れよ」


「先輩も。また連絡してもいいですか?」


「面倒事以外なら、いつもでも」


「ありがとうございます。今度、私の悩みも聞いてくださいね」


「あいよ」


 北川と別れ、コインロッカーにより、中身を取り出す。

そして俺はとある店を目指し歩いて行った。


「すいません。これ買い取りお願いします」


 出したのは財布にリング。それにスーツとコート。

愛に買ってもらったものだ。


「かしこまりました。少々お待ちを……」


 全部で五万円になった。

この地の清算はこの地でしておこう。


 今頃愛はどこで何をしているのか。

もし、奇跡的に会う事があったら全力で頭を下げよう。


 部屋に戻り、荷物を詰める。

このアパートにも世話になったな。

ふと、柱が目に入った。


 この柱も殴ったけど、結局怪我したのは俺の方。

あの時感じた心の痛みはもうない。

大学の皆も、それぞれの道を探し、自分で歩き始める。


 俺は一足先に歩き始めた。

ただそれだけだ。


 さよなら、俺の大学生活とこのアパート。

色々あったけど、少しは大人として成長できたのかな?

いや、まだまだ子供だよな。


――


 そして、誰に見送られることもなく一人で本社に旅立つ。

引越し屋さんが荷物を運び、部屋が空っぽになった。

さて、俺も車で現地に飛びますか。


 車のキーを手に持ち、エンジンをかける。

お前とも長い付き合いになってきたな。

もうしばらく付き合ってもらうよ。


 ギアを変え、アクセルを踏もうとした時、目の前に人影が見えた。

何だかデジャブーですね。

車を降り、人影の目の前に移動する。


「来たのか?」


「うん」


「見送りなんていらないぞ」


「うん……」


「そんな顔するなよ」


「うん……」


 『うん』しか言わない。

なんだかね。


「また、会えるよ」


「うん……」


 雅は俺に抱き着き、泣いている。

なんで泣くんだ?


「元気でな」


「純平、私……」


 彼女の最後の言葉を聞かず、俺は車に乗り込む。

また、俺は逃げたのかな……。


 バックミラーに映る彼女。

手を振り、俺を送り出してくれた。


 頬に流れる涙を感じた。

なんで涙が出るんだ? ただの引っ越しだろ?


………なんでこんなに心が痛いんだ?

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