第66話 さよなら
「では、ここで解散です! お疲れ様でした!」
成瀬さんの声が響く。
彼女はシートの片付けなどがあるらしく、まだ残るらしい。
花火大会も終わり、現地解散となる。
とあるメンバーはそのまま夜の街に消え、とあるメンバーはカラオケに。
そんな気分になれない俺は、一人で帰ろうとする。
屋台を覗きながら一人でぶらぶら。
あ、イチゴ飴。雅はイチゴ飴好きだったな……。
店を覗いているとオッチャンが声をかけてくる。
「何本だい? サービスするよ」
「いや、別に……」
「二本下さい。イチゴが大きいのをお願いします」
「何でいるんだよ」
声をした方に視線を移すと雅がいた。
「私も帰るんだよ。駅まで同じ道でしょ? あ、イチゴ飴ご馳走様。ありがとう」
しっかりと奢らされてしまった。
ま、別にいいけどさ。
イチゴ飴を口に入れながら、雅と二人で帰る。
二人で歩くのも久しぶりだな。
「あのね、私この夏でバイトやめるんだ。就職活動が忙しくてさ」
雅は実家からバイトに来ている。
先輩の所に住んでいたから良かったが、実家からバイトの為に数時間かけてくるのも大変らしい。
「そっか。奇遇だな、俺もこの夏であの店からいなくなるんだ」
「え? そうなの? やめちゃうの?」
「いや、本社に転勤」
「転勤しちゃうんだ……。もしかしたら、今日が会える最後の日かもね」
「そうかもな。けが、大丈夫なのか?」
「すっかり。沢山お見舞いに来てくれてありがとう。嬉しかったよ」
「気にするな。俺も予定が無いから暇なんだよ」
仕事帰りとか出社前にほぼ毎日行っていましたけどね。
一人は寂しいし、誰でもいいから話し相手が欲しいんだよね。
「沢山迷惑かけちゃったね」
「んなことない。お互い様だろ?」
俺だって何度も雅に迷惑かけた。
寒い夜空の下に何時間も待たせたり、彼女の前で泣いたり。
あー、消したい過去。無かった事にしてほしいわ。
「ねぇ純平。純平の夢って何?」
俺の夢?
何度か考えたけど、夢ってなんだろう?
簡単なようで、難しい。
だが、俺にはたった一つ叶えたい事がある。
「普通な生活」
「普通な生活?」
「そ。帰る家があって、ご飯食べて、布団で寝る。家族がいて、休みの日にみんなで出かける。普通の生活が俺の夢」
普通が一番。別に大した事は無い、何でもない生活が一番幸せなんだよ。
俺はそう思っている。
「そっか、叶うといいね」
「雅は? 雅の夢は?」
「私の夢は大したことないよ」
「なんだよ。俺だけ話すのか?」
「うーん、純平ならいいかな? 笑わない?」
「笑うか」
「奥さん。普通に結婚して奥さんになりたい」
「それも、いいな。普通が一番だぞ」
「そうだね」
気が付くと、駅についており、雅とさよならする時が来た。
もしかしたらこれが会える最後かもしれない。
電車に乗り込んだ雅。
少し寂しそうな表情。どうしてそんな表情するんだ。
俺まで寂しくなるじゃないか……。
「純平……」
「就職できるといいな」
「うん……。沢山の思い出をありがとう。純平に会えてよかった」
扉のしまる音がホームに響く。
――プルルルルルル プシュー
目の前の扉が閉まる。
さよなら、雅。いい人と出会えますよに。
俺はお前の幸せを、誰よりも望んでいるよ。
不意に雅の顔が近づいてくる。
そして、唇に柔らかい感触が伝ってきた。
「……またね」
雅の最後の言葉。
電車がゆっくりと走り出す。
最後まで彼女と視線を交わし、やがて見えなくなった。
雅……。
お互い幸せになろうな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます