第59話 契約解除?


「じゃ、俺仕事行ってくるな」


 俺は雅に合鍵を渡す。

優希に渡した鍵はそのまま引き出しに入れたままだった。

これを再び使う日が来るとは……。


「ごめんね。お仕事頑張ってね」


 今日は雅も武本先輩もシフトに入っていない。

俺はいつもと同じように店に行き仕事に精を出す。


 最近店の売り上げも順調。

生徒も少し増え、新しく入ってきた講師の人達の研修を行う。

俺が担当している店にも何人か配属され、少しは時間が取れるようになりそうだ。


「片岡君、ちょっと……」


 険しい顔で俺を呼ぶ店長。

何だろう? まさか契約解除とか無いとね?

恐る恐る事務所に入り、椅子に座る。


「最近仕事頑張っているね」


「はい、おかげさまで忙しいですが、やりがいもありますし、楽しいですよ」


 本音を言うと店長のキラーパスが無ければもっといいんですけどね!


「片岡君、今年度一杯で契約を解除しようかって話が支社で上がっていて……」


 な、何だって! 俺結構頑張ってるじゃないですか!

シフトの穴埋めも、研修も、すごい頑張ってるのに!


「な、何でですか! 俺、何かしましたか!」


 思わず大声を出してしまった。


「ちょ、落ち着いて最後まで聞いてくれ。来年度から正社員にならないか?」


 正社員。契約じゃない、正社員。


「……正社員?」


「そう。人事部から連絡があって、来年度も新卒の採用予定があるんだけど、中途採用で片岡君もどうかって打診があってね」


 ほうほう。やっと俺の力を理解してくれる人が出てきたという事ですね。

まぁ、条件次第で正社員になってもいいですよ!


「ありがとうございます! あの、雇用条件とか詳しく教えてください!」


「はいはい、これ雇用条件。新卒の人とは違う内容らしいから、しっかりと目を通してね」


 内容を確認し、隅から隅までしっかりと目を通す。

給与、公休、賞与、定期考査など結構細かく書かれている。


「あの、返事っていつまでに?」


「三月上旬までには欲しいかな」


「分かりました。それまでに必ず返事をします」


 俺は渡された雇用条件の紙を手に持ち、心躍りながら更衣室に行く。

用紙をロッカーに入れ、仕事に戻る。


 正社員、契約じゃない正社員!

やった、やったぁ! ついに独り立ちの時がきたー!


 が、誰に言う?

先輩? 雅? 大学のメンバー?

……言えないな。しばらくは、胸の中にしまっておこう。


 その日は成瀬さんと会う事もなく家に帰る。

彼女も他の店舗を任せているので最近忙しい。

早く新人を使えるようにして、忙しさを平均化しなければ!


「ただいま!」


 明かりのついている部屋。

温かい部屋。いい匂いのする部屋。


「お帰り。ご飯にする? お風呂にする?」


 出迎えてくれた雅。

エプロンをつけており、笑顔で俺を迎えてくれた。


――


「お帰り。ご飯にする? お風呂にする? それとも、しちゃう?」


――

 

 一瞬優希の声が頭をよぎった。

少しだけ胸が痛い。いまだにあいつは俺の心に住みついている。

きっと出ていく事は無いんだろうな……。


「お腹すいた。何か作っていたの?」


「うん、今日はカレーにしようかなって」


 うっ、カレーか……。

嫌な思い出は中々記憶から消えない。

カレートーストに始まり、成瀬さんが作った時の記憶もよみがえる。

よりによってなぜカレー……。


 キョトンとした雅の表情。

ここで悟られる訳にはいかない。


「直ぐに出すから、着替えて待ってて」


「あいー」


 家着に着替え、テーブルとにらめっこしながらその時が来るのを待つ。

どうやって攻略するか。一気に流し込むか、米を大目に盛るか……。

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