第58話 家出


 学生の冬休みも終わり、そろそろ試験の時期が来る。

俺とは関係のない試験期間。


 と思っていましたが、先輩と雅のシフト時間が削られ、俺の仕事量が増える。

早く、早く戻ってきてー!


「片岡さん、今日も忙しそうですね」


「そろそろ大学ではテストだからな。この時期はしょうがない。今日で西川さん最終日だし、試験が終わるまでは頑張るしかない」


「何か手伝いますか?」


 あざーっす!

クリスマスの一件で関係が壊れるかなと思ったけど、成瀬さんは今までと同じように接してくれる。

大人の女性だな。うん、ありがとうございます。


「ありがとう。じゃ、遠慮なく……」


「うっ、この量ですか?」


「大丈夫。成瀬さんだったらいける!」


 来月から始まる授業のテキスト。

全てのテキストに目を通し、内容を確認。

テキストは会社のオリジナル。

支社の人が作っているので、現場サイドの意見が知りたいらしい。


「今日中ですか?」


「今日中」


「頑張ります……」


 半分成瀬さんにキラーパスして残りを俺がする。

二人でやったら時間は半分! とっとと終わらせよう!


――


 そんなこんなで試験期間も終わり、いつもの日常が戻ってくる。

先輩の卒業式も近く、何かプレゼントでもしようかと考える。


 バイト帰りに雅を車で先輩のアパートに送る。

仕事が同じ時間で終わる時だけのドライブタイムだ。


「なぁ雅。先輩卒業だろ? 何かプレゼントしようかと思っているんだけどさ……」


「卒業……だよね」


 何となく雅がいつもより元気がない。

どうしたんだろうか?


「だってそうだろ? 内定ももらっているみたいだし、何か贈ろうかなって」


 先輩にはずいぶんお世話になった。

仕事もプライベートも、色々とね。


「そうだね。今日ちょっと聞いてみるよ」


 アパートまで送り、俺は一人家に帰る。

何がいいかな、パソコンのパーツとかよりも万年筆とか名刺入れの方がいいかな?


――ピンポーン


 誰だろう? こんな時間に。

大原かな?


 玄関を開けると大きなバッグを抱えた雅が立っていた。

何してるんだ?


「なんだ?」


「……あがっていい?」


 随分暗い表情で、覇気がない。

いつもの明るい雅とはかけ離れている。

先輩と何かあったのかな?


 とりあえずあがってもらい、紅茶を出す。

雅はコーヒーよりも紅茶派だ。


「で、突然来て何かあったのか?」


 しばらく下を向き、口を閉ざしていた雅はゆっくりと顔を上げた。

そして、俺を見ながらその口を開く。


「あのさ、しばらく泊めてもらえないかな? 純平の邪魔はしない」


「なんで?」


「武ちゃんと喧嘩した……」


 珍しい。

いままで何回か喧嘩をしたと聞いた事はあるけど、家出まで発展するとは。


「原因は何だ?」


「武ちゃん、留年したの。前期で落した単位、後期でも受けていたみたいなんだけど……」


 マジか。卒業を間近に留年。

ん? そしたら内定とかって……。


「もしかして、内定とかも?」


「取り消し。その件で今年のお正月に親に話をしに行ったみたいなんだ。留年する可能性があるかもって」


 あー、なるほどね。

先輩にも話しにくい事があったって事か。

でも、家出する位の事なのか?


「そうなんだ。でも、なんで喧嘩なんて」


「武ちゃん、ずっと黙ってた。私に内緒にしていたの。私が今日卒業の事を言わなかったら、ずっと話さなかったさなかったと思う。武ちゃんは未来の事考えてくれてない。一緒にどうしようか悩んでくれない。いつも、大切な事話してくれない……」


 うーん、留年とか言いにくいよね。

正直俺もどうしようかすごく悩んだし。


「それで、喧嘩したのか?」


「試験中もゲームしながら、最近は特にひどいの。大切な事なのに、私と武ちゃんの未来よりもゲームを選んだんだよ……」


 うーん、少し頭を冷やせば帰るかな?

きっと一時的なものだろう。


「いいよ、泊まっていけよ」


「ありがとう、純平優しいね……」


 全くしょうがないな。

数日離れればきっと帰るだろう。


 雅が先に風呂に入り、俺は部屋で寝る準備。

ロフトは雅に使ってもらい、俺はこたつをよけて、床にでも寝るか。

こたつ布団は温かいんですよねー。


 っと、雅がいない間に……。


「もしもし先輩?」


『純平か。悪い、多分雅がお邪魔しているだろ』


 せいかーい。

流石先輩。


「はい。まぁ、数日頭を冷やせば帰りますよ」


『だといいんだけど。血相変えて飛び出て行ったからさ。申し訳ないけど、しばらく好きにさせてやってくれないか?』


「はい。先輩にもお世話になっていますし、任せてください!」


 俺は電話を切り、布団に転がる。

風呂から出てきた雅はいつもと違った感じに見える。

何とも色っぽいというか、女の子っぽいというか……。


「ごめんね、先にお風呂使わせてもらって」


「別に気にするなよ。それより疲れただろ? ロフト使っていいから早く寝ろよ」


「うん……。ごめんね」


 雅と入れ替えで風呂に入る。

ふぅー、早く元通りになるといいんだけどね……。


 風呂から上がり、部屋を見渡すと雅がいない。

ロフトを覗くとすでに寝ていた。

きっと疲れていたんだろうな。


 おやすみ雅。

今日はゆっくり寝てくれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る