第55話 二人でディナー


 クリスマス。

世間は楽しい音楽が曲がれ、街には恋人が溢れる。


 店長にこの二日間はフルで仕事をしたいと伝えたのに、なぜかイブの日は定時で上がってしまった。

変に気を使う店長。

だったら普段の仕事量減らしてくださいよ!


 俺が帰るまで店に残っていた成瀬さん。

結局逃げる事も出来なく、一緒に食事に行くことになってしまった。


「ごめん。待った?」


 成瀬さんと店の出口で待ち合わせ。

二人共スーツのまま、特におしゃれもしてない。

ま、特別なイベントって訳でもないし、気にしなくてもいいだろ。


「いいえ、そんな事無いですよ。では、行きましょうか」


 成瀬さんは笑顔で俺の隣を歩く。

手もつなぐことなく、腕をからませるわけでもなく。


 いつも使っている駅に到着。

あー、この駅でも色々ありましたよねー。

ちょうど一年前、俺はここで振られた。

ま、俺が全部悪いんだけどさ。


「どうかしました?」


「いや、何でもない。ちょっと昔を思い出しただけ」


 たった一年前の事だけどね。

今でも使っている愛が買ってくれた財布。

他の客に買ってもらった財布は全部手放し、残ったのは愛に買ってもらった財布とスーツ。

それに引き出しに入れっぱなしのリング。


 別に名残惜しいわけではない。

何となく、そのままにしているだけ。


「今日は期待してくださいね」


「あぁ、期待してるよ。楽しみだねっ」


 同僚とクリスマスに食事。

はたから見たら恋人に見えるだろう。


 だが、俺は人を好きにならない。

信じない、もうあんな思いをするのも、されるのも嫌だ。

深く関わらない様にしなければならない。

成瀬さんは大丈夫だよね?


 お店に着き、一緒にご飯を食べる。


「おいしいね」


「でしょ? 私のとっておきのお店。予約しないと、席も取れないんですよ?」


 と言う事は、きっとだいぶ前から予約していたって事だな。

成瀬さんは遠まわしに『私頑張りました!』ってアピールをしたいんだろう。


「そっか。大変だったでしょ?」


「そんな事無いですよ。でも、今日一緒に食事ができて良かったです」


「そうか?」


「私は実家暮らしなので、そろそろ親にもクリスマスには彼氏と一緒でもいいぞって圧力が……」


「それは大変だね……」


 これって遠まわしに『彼氏と一緒に過ごしたい』って事だよね?

うーん、何だかまずい方向に進みそうな予感がする。


 一緒にご飯を食べて、ワインを飲む。

最後にケーキを食べて、店を出た。


「おいしかったね。ありがとう、誘ってくれて」


「いえ……。付き合ってくれてありがとうございました」


「じゃ、俺はこれで……」


 帰ろうとすると、俺の手を彼女が握りしめる。


「あ、あのっ! この後、少し時間ありますか?」


 ……うーん、これ以上引っ張ると逃げられないような気がする。

早々に帰ろうとした計画は、彼女の手によって止められてしまった。

おそらく今日は救世主はこないだろう。

自力でクリアするしかない。


「時間は、ある」


「だったら一緒に……」


 きっと、俺の予想する事が起きるだろう。

これ以上彼女を期待させてはいけない。


「ごめん、今日は帰るよ」


「そう、ですか……。あの、だったらこれを」


 彼女が俺に小さな紙袋を手渡してきた。

クリスマスプレゼントだな。


「ありがとう。もらってもいいの?」


「はい。片岡さん、いつも黒いマフラーじゃないですか。優しい片岡さんには白いマフラーの方が似合うかなって」


 袋の中を見てみると、真っ白なマフラーが見えた。


「もしかして手編み?」


「はい……」


 雅に去年もらった真っ黒のマフラー。

俺の心を映し出すような真っ黒。


 そして、紙袋に入った真っ白なマフラー。

俺が身につけるには白すぎるよ。


「少し歩こうか……」


「はい……」

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