第56話 流れる涙

 

 冷たい風が吹く中、成瀬さんとゆっくり歩く。

イルミネーションが輝く公園のベンチに座り、少し休憩。


「綺麗ですね」


 トナカイやサンタのイルミネーション。

大きなツリーも飾られており、周りはカップルだらけ。

場所、間違ったかな?


「あのさ。俺、成瀬さんに話さないといけない事があるんだ」


「……なんですか?」


「出来れば、このまま話さない方がいいのかもしれない。でも、成瀬さんの為に話そうかと思う」


「何でも話してください。私は、どんなことでも受け止めますよ」


 真剣な目で俺を見てくる成瀬さん。

もし、これが原因で俺から離れることになってもいいだろう。

仕事を辞めてもしょうがない。結局それだけの関係だったって事だ。


「俺、人を好きにならない事にしている。ちょっと色々あってさ。だから、きっと成瀬さんの気持ちに答えられない」


「……」


 あー、黙ってしまった。

クリスマスの日にこんな事言われたらそうなるよね。

でもね、少しでも早い方がいいと思うんだよね。


「ごめんね。答えられなくて……」


 成瀬さんが俺の手を握り、俺を見つめる。


「そんな事ないですよ。話してくれてありがとう」


「ありがとう?」


 気持ちに答えられないと言ったのに、ありがとうと言われた。

どういうことだ?


「片岡さんの気持ち、聞かせてもらえてう嬉しいです。でも、片岡さんもいつか好きな人がきっとできます。私はそう信じていますよ。たとえ、私ではない人だったとしても、片岡さんはまたきっと、恋をしますよ」


――


『そんな事無いよ。いつかきっと、純平もまた恋をするよ』


――


 雅の言葉が脳裏を過る。

あぁ、雅と同じだ。あの時と同じ事を言われている。


 俺は言葉に詰まる。

どう返事をしたらいいんだろうか。


 成瀬さんが俺の目の前に立ち、真っ直ぐに俺を見てくる。


「マフラー、使わなくてもいいですよ。もらってくれるだけで満足ですから」


「そっか……。ごめん、俺何も用意してないよ」


「気にしないでください。ただの食事会ですから」


「あの……」


「私、待ってますよ。いつか、片岡さんの心が安らぐ場所を見つけるのを」


 優しい言葉。

そんな言葉を俺に使わないでくれ。

また、人を信じてしまうじゃないか。


 裏切られたくない。離れてほしくない。

だから好きにならない、深入りしない。

それが俺の生き方だろ? その生き方で納得したんだろ?


「今日は帰ります。明日も仕事頑張りましょうね」


 成瀬さんは笑顔でそのまま振り返り、俺の前から消えていく。

一人ベンチに残された俺は空を見上げる。


 一年前と同じ空。

あの時の俺は心が痛かった。


 今は心が痛いか?

あの時の痛みはもうないのか?

俺の頬に一筋の涙が流れる。


 なんで、こんな俺にそんな言葉をかけるんだよ。

どうせ、また俺から離れていくんだろ!

そうなんだろ!


 思う事とは裏腹に、心は満たされる。

雅の言葉、成瀬さんの言葉。

俺は、どうしたらいいんだ……。


 一人暗い部屋に帰る。

俺はこの先、どうしたらいいんだ……。


 アパートに戻ると玄関に何か置かれている。

なんだろう?


 ビニールに入った箱が一つ。

部屋に持ち帰り、中身を見てみる。


 真っ白なショートケーキがワンカット入っていた。


『メリクリ! どうせ一人でしょ? ケーキでも食べて元気出してね! 雅』


 くっそ! こいつ、どうしていつも、いつも、いつも!

俺の事を考えているんだよ!

お前は先輩の彼女だろ! なんでだよ! どうして、いつも……。


 俺は瞼に涙を浮かべながら、ケーキを口に運ぶ。

雅の作ったケーキ。今まで食べたどんなケーキよりも忘れられない味がした。

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