第42話 先生の先生


 夏、学生は夏休みに入る。

だが、俺には休みが無い。社会人は働き過ぎだ。


 先輩もシフトが増え、雅も一緒に仕事をする時間が増える。

俺が学校に行くこともなくなり、毎日まじめに仕事に精を出す。


「先輩、これお願いします」


「はいよ。純平仕事頑張ってるね」


「おかげさまで。先輩は就職活動どうなんですか?」


「うーん、今の事の一社しか内定が出ていないんだよね」


「でも、良かったじゃないですか。内定無しはきついですから」


「ま、そうなんだけどね」


「ほら、二人共手を止めないで。純平もそろそろ講義始まるでしょ」


「おっと、そろそろ始まるのか。どれ、可愛い生徒に会いに行こうかな」


 教室の扉を開くと数人の生徒が目に入る。

ご年配の方、学生っぽい人、若い女性。

みんな何かしら理由があり、ここに習いに来ている。


「よーし、始めますよー。では、テキストの二ページ目から――」


 真面目に仕事をする。

これはこれで結構楽しい。

色々と聞かれ、答える。そして、相手が笑顔になる。

先生っていいな……。


 講義も終わり、パソコンの電源を切る。

今日はこの講義で最後。使ったファイルもしっかりと保存し、次回に備える。


「あの、先生……」


 ん? まだ誰かいるのか?


「どうしたの?」


 声をかけてきた若い女性の人。

確か、野村由美(のむらゆみ)さんだったかな?


「さっき教えてもらったところなんですけど……」


 彼女のテキストを覗き込む。

フワッといい匂いが漂ってくる。

あうん、いい匂い。女の子っていいなー。


「あー、ここか。これは――」


 彼女の隣に座り、時間外授業。

これも一つのサービス。

お客さんに喜んでもらうための、次回も来てもらう為のお仕事。


「ありがとうございます。やっと理解できました」


「まぁ、何回も同じ作業すれば自然に覚えていくよ」


「ここの授業だけだと中々覚えなくてくて……。家にパソコンあればいいんですけど」


 ん? 自宅にパソコンないの?


「仕事で使ってるの?」


「そうなんですが、中々覚えられなくて通っているんです」


「そっか。まぁ頑張れ! パソコンは友達だ!」


「ふふっ、そうですね。先生は友達みたいですね。私も早く友達にならないと」


 笑顔が可愛い彼女。

一人の生徒かもしれないけど、彼女にも早く覚えてもらいたいな。


――


 講義が終わり、成瀬さんと打ち合わせをする。

次週のコマの確認。お互いが得意なところを担当する。


「あの、片岡さんが急病とかで休んだ場合、私も片岡さんのコマ、担当するんですよね?」


「まぁ、必然的にそうなるな」


「あの、もしできればでいいんですけど、教えてもらえませんか?」


「何を?」


「片岡さんが今メインで持っている担当の所のソフト」


「俺が教えるの?」


「一人でするより、教わった方が早いと思うので……」


 先生に対して先生をする。

ま、それも仕事か。


「別にいいよ。お互いに教え合うのは仕事内だしね」


「ありがとう。助かります」


 そんな話をしながら、成瀬さんと話す。


――コンコン


「はーい」


「失礼します。純平、今日はまだ残るの?」


「なんだ雅か。もう少しかかるかな? 先輩と先にあがってていいよ」


「……うん。じゃ、先に帰るね」


「おう、今日も一日おつかれさーん」


「お疲れ様でした」


 何となく雅に元気がない。

まぁ、疲れているんだろうな。


「雅さんって、片岡さんの知り合い?」


「あー、雅は親友かな? 武本先輩とも長い付き合いだしね」


「……そうなんですか。雅さんと武本さんって」


「付き合ってるよ。それも結構長いんだよねー」


 あの二人の付きは長い。

一緒に住んでいるし、お互いの事を理解しあっている。

いいね、仲が良いって。


「じゃ、早速やりますか」


「はい、先生よろしくお願いします」


 こうして成瀬さんと一緒に勉強をする。

俺が教わる事は無いけど、彼女に教える事は多い。

そして、自然と成瀬さんと過ごす時間が増えていき、時には一緒にご飯を食べに行くようになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る