第43話 新しい恋人


 契約社員になり、収入が安定。

ついに俺は欲しかった物を手にする。


 深紅のボディ、太い漆黒の足。

そして流れるようなフォルム。

ボタン一つで屋根が開くオープンカー。


 なんて買える訳もなく、使い勝手のいいセダンの車。

トランクに荷物も入るし、五人も乗れる。

中古でローンを組み、俺はまた一歩大人になる。


 駐車場の契約も済ませ部屋の窓から見えるマイハニー。

毎週休みの日には洗車をしてワックスをかける。

俺の新しい恋人だ。


「お、今日もワックスかけてるのか?」


 二階の大原が声をかけてくる。


「おうよ。俺の新しい恋人だからな。美人の方がいいだろ?」


 大原の隣には彼女の姿も見えた。

なんだ、大原も仲良くしてるじゃないか。


「今日はどこかに行くのか?」


「予定はないけど、ドライブでも行く?」


「そうだな、彼女もいっしょでいい?」


「もちろん! 俺の腕を見せてやるぜ!」


 二人を乗せ、峠を攻める。

安全な速度で右にカーブ、左にカーブ。

段々後ろに着いてくる車が増えてきた。

俺が先頭なので、渋滞の原因は俺だ。


 頂上付近の駐車場。車を止めて缶コーヒーで小休憩。

俺達は景色を見ながら夏の風を身に感じる。


「なぁ、純平。最近仕事忙しいのか?」


「まぁね。契約社員になって仕事が増えた」


「そっか。前みたいに遊べないな」


 こいつとは一晩ゲームをしたり、夜中に飲み歩いたり。

色々と遊んだ。


 生活の時間もスタイルも変わり、遊ぶことは少なくなった。

それでも、同じアパート。たまに一緒にご飯食べたり、遊んだりはしている。


――


 今日も仕事に精を出す。

電車通勤から車通勤に変わり、終電の心配がなくなる。

他の店舗に行き仕事をすることも増え、俺は順調に評価を上げて行った。


 気が付いたら講師の仕事のリーダになっていたのだ。

全ての授業を持つことができ、ハードにも強い。

そして、俺は生徒からも良い評判を貰っている。


 夜のバイトのおかげで、その人が何を考えており、何をしてほしいのか、何となくわかるようになっていたからだ。

相手が話しにくい事は、こっちから優しく聞く。

相手が話したそうであれば、聞く側に回る。


 何を求め、何を欲するか。

夜の仕事とはちょっと違うけど、みんな自分の事を知ってもらいたいような感じだ。


「片岡さん、来週のこのコマなんですけど……」


「そこ? うーん、他の講師はみんな出れないのか……。じゃぁ、俺が担当するよ」


「助かります! 片岡さん何気にスペック高いですね!」


「まぁ、リーダーだしね! どーんとこいって感じ!」


「これからもよろしくお願いしますよ!」


「任せろ! 俺がしっかりとみんなのサポートするから!」


 だんだん楽しくなる仕事。

そして、その声は支社の方にも届いて行く。


 誰もいなくなった教室。

俺は同僚の成瀬さんと一緒に仕事の話をする。


「大体ソフトの方は大丈夫かな」


「ありがとうございます」


「今度はハードの設定をしていくか」


「はいっ、よろしくお願いします」


 すっかり仲良くなった成瀬さん。

初めの頃はぎこちなかったけど、今では友達以上の関係を持っている。

たまに俺の家に来て、パーツの組み込みや他のお店に行って市場調査もするようになった。


「じゃ、今日はここまでだね。おつかれさーん」


「いつもありがとう。助かります」


「いえいえ、これも仕事ですから!」


「そう、ですね。仕事ですからね」


 何となく寂しそうな雰囲気。

仕事楽しくないのかな?


「今度、片岡さんの家に行ってもいいですか?」


「いつでもいいぞ。ソフト持ち込んでもパーツ持ち込んでも、家のパソコン使ってもいいし」


「ありがとうございます。今度、行きますね」


 そんな会話をし、今日もいつもと同じように新しい恋人と一緒に帰る。

さぁ、俺の愛しの彼女。今日も帰ろうか!


 エンジンをかけ、荷物を助手席に置く。

ライトをつけると目の前に人の姿が。


 おおぉぉぉう! びっくりするじゃないか!

扉を開け、その人影に近づく。


「何してるんだよ!」


「一緒に帰ろうか?」


 その人影はゆっくりと俺の車の助手席の扉を開け、勝手に座った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る