第40話 お祝い


 みんなが学校に通っている頃、俺は仕事。

肩書フリーターだけど、それなりに頑張っている。


「片岡君、ちょっといいかな?」


 店長に呼び出され、俺は事務所に行く。

何だろう? まさか首って事はないよね?


「片岡君、これからもう少し仕事を頑張る気はないかな?」


 どういう意味だ?


「シフトの時間を増やすんですか?」


 今も結構フルタイムで入っているけど、これ以上増やすのもねー。


「今度、うちの店も含めて、系列店でパソコン教室を始めることになったんだ」


「教室ですか?」


「そう、簡単な操作とか、ネットとか、ソフトの使い方。片岡君、それなりにソフト使えるよね?」


「まぁ、それなりにですけど」


「ホームページ作れたりする?」


「テキストでタグ打つくらいなら」


「えっと、ホームページ作成ソフトの方なんだけど」


「市販品だったら多分大丈夫ですよ。難しくなければソース見れば何となくわかるので」


「おっけ。支社の方に話しておくから、契約社員にならないか?」


 契約社員? 社員と違うのか?


 それから店長の話を聞き、俺は来月から契約社員になる事を決めた。

時給ではなく月給。しかも残業代も出るし、ボーナスも少し出るらしい。

更に福利厚生として、お店のパーツを割安で購入もできる。


 ただし、他の店舗にも行きシフトの穴埋めや講師の仕事。

更に社員としての仕事も増える。


 しかし、それに見合った給料をもらえる。

今の時給生活よりも安定した仕事になる。

頑張ればそのまま社員にもなれるらしい。


「じゃ、提出用の履歴書と住民票持ってきてね。免許ある?」


「免許有ります!」


 先日一発で合格した普通自動車の免許。

バイクの免許は持っていたけど、今の俺は車も乗れます!

ま、車は持っていないけどね。


「良かった。他の店舗にも行くし、荷物の運搬あるから助かるよ」


 こうして俺は肩書きフリーターから契約社員となる。

まっとうな仕事で普通に生活をする。

夜の仕事と違って、夜眠り、朝起きる。

食事もちゃんと食べて、規則正しく生活をする。

何だか、普通の人になった気分だ。


――


「先輩! 俺、契約社員になりました!」


 武本先輩に第一報を入れる。

先輩から紹介されたバイト。

そのバイトのおかげで契約社員になれた。


『それは良かったな! おめでとう!』


「ありがとうございます! 嬉しいですよ!」


『そうだ、折角だからお祝いしようか? 今日、雅もいるし家で焼肉しないか?』


「行きます! 仕事終わったらダッシュで行きます!」


 浮かれながら先輩の家に向かう。

今日は金曜だし、駅前には多くの人がいる。

おー、みんな楽しんでるか? 俺は今日楽しいぞ!


 お祝い用のお酒を一本買って、先輩の好きなチーズも購入。

自分の家をスルーして、そのまま先輩の家に向かう。


 途中、見慣れた背中を見かけた。

優希……。隣にいる男は、例の男か。

ま、今の俺には関係ないしー。


 二人を遠目に見ながら俺は先輩の家を目指す。

しかし、何やら道路で口論しているようで、男の怒鳴り声が俺の耳に入る。

まーたやってる。そんなところで、目立ってますよー!


 無視しようとしたが、男が優希の腕をつかんだ。

そして、右手で優希の頬を平手打ちする。

あー、痛そうだな。


 ……俺には関係ない。

あいつの選選んだ道、俺には俺の道がある。


「何してるんですか?」


 声をかけてしまった。


「誰だ? ん? 優希の先輩か?」


 優希は涙目で俺を見てくる。

久々に見た優希の顔。相変わらず可愛い顔してるな。

右頬が赤くなってるけど。


「そうですけど、あまり女性に手を上げない方が良いと思いますよ」


「君には関係ないだろ? これは私達の問題だ」


 そうですね。関係ないですね。

全く関係ないですよ。でもね、でもですね。


「関係ありますよ。優希は俺の後輩です。後輩が叩かれているのは、見過ごせませんね。警察、呼びますか?」


「……」


 無言になる二人。

国家権力は強いねー。


「じゃ、俺は忙しいので帰ります。できれば人のいない所か、自宅でして下さいね」


 二人を残し、俺は先輩の家に向かう。

全く、余計な事をしてしまった。

俺らしくないな。


――ピンポーン


「いらっしゃい! 待ってたよ」


 出迎えてくれた先輩。

いつにもまして、機嫌がいい。


「お邪魔しまーす」


 部屋に入るとすでにいい匂いが充満している。

ホットプレートにひかれた油、そして山盛りのお肉。


「先輩、一本買ってきました!」


「なんだ、買ってきたのか。こっちも一本買ってきたんだけど」


 かぶりましたね。


「じゃ、二本いきますか!」


「そうだね、今日はお祝いだし、少し飲もうか」


 先輩と二人で盛り上がる中、雅は台所でご飯の準備中。

エプロン姿も中々可愛いですねー。


「二人共、はしゃぐのもいいけど、手伝ってよね!」


「「はーい」」


 ご飯もみそ汁も準備して、いざ開幕!


「「いただきます!」」


 そして……。


「「かんぱーい!」」


「純平おめでとう、よかったな」


「ありがとうございます! 先輩のおかげですよ!」


「おめでとう。一時はどうなるかと思ったけど、本当に良かったよ」


「雅もありがとう。雅にも随分助けられたからなー! 感謝してます!」


 俺はここだけでは、素の自分を出せる。

素の自分でいる事ができる。仮面のない自分。本当の自分。


「純平、お代わりは?」


「頂きます!」


「ほら、純平グラス空っぽ!」


「先輩も空っぽですよー!」


 焼肉しながらだんだん酔ってくる。

気が付くと、だいぶ遅い時間。

一度お開きにして、俺は準備してもらったお布団に転がる。

すっかりいい気分で温かいお布団で眠りに入ってしまった。


 先輩と雅は一緒のお布団で。

いつもお熱くていいですねー。


――


 夜中、ふと目が覚める。

トイレ、行きたい。

台所を経由し、脱衣所を横目にトイレに向かう。


――ピショーン


 なんだ? この音。

風呂場から何か音が聞こえた。

真っ暗なお風呂場。でも、何か気配を感じる。


 何かいる?

ほんの少しだけ水が流れる音が聞こえた。

もしかして水出しっぱなしなのか?


 俺は酔いながらも風呂場の扉を開け、水を止めようとした。

が、空けた扉の先には予想外の光景が。


「なに開けてるの?」


「……ごめん」


 そっと扉を閉める。

まじすいません!


 トイレに行き、もう一度布団にもぐりこむ。

まずい、見てしまった。しかもばっちりと見てしまった。

あー、絶対に殺される。


 よし、なかったことにしよう。

俺は何も見ていない。トイレにも行って無い。


 俺は再び夢の世界に旅立って行く……。

雅の奴、着やせするんだな……。


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