第35話 心の痛み


 冬休み、学校はない。

数日おきに愛の家に行き、一緒に暮らす生活をする。

いつでも綺麗な部屋、何でも言う事を聞いてくれ、俺を迎えてくれる。

車もあるから、ドライブに行って夜景を見る事もあった。


 夜景を見ながら、二人で過ごす車内は色々な意味で楽しい。

こんな楽しみ方あるなんて、大人っていいよなー。


 腐った生活をしながら、昼まで寝て、昼から武本先輩と雅と一緒にバイト。

しかし、いつでも店長は忙しそうだ。


 そして、この日は先輩は残業。

雅と途中まで帰る。


「純平、最近どう?」


「んー、普通? あ、そうそう彼女できたんだ。年上の社会人」


「……そっか。その人は大丈夫なの?」


「もちろん、あの時のように俺はバカにならないよ。俺は恋に恋しない、冷静な男なんだ」


「そっか。純平がそれならそれでいいんだけど……」


「じゃ、俺掛け持ち先のバイトあるから。またねっ」


「あ、ちょっと待って。あのさ、年越しどうするの? 良かったら一緒におそば食べない?」


 いいねー。年越しそば。


「いいよ、夜武本先輩の家に行くよ」


「うん。待ってるからね」


――


 ふんふんふん。鼻歌を歌いながら夜の街を歩く。

さーて、誰か良い客さんいないかなー!


 お? あれは愛しの彼女二人目じゃないか!


「おーい、何しているの?」


「翼君、今からお店に行こうかなって」


「いいよ、僕も今から出勤なんだ」


 腕を組み、店に向かう。

今日は新しいボトル一本入れてもらおうかなー!


 不意に視線を感じる。

振り返ると、愛がいた。


 あ、やばいかも。


「じゅ……、翼君?」


「誰?」


 まずい。何が最適解だ?


「あー、常連さん」


「私、常連さんなんだ……」


「翼君、彼女いたの?」


「あー、まー、えっと……」


 まずい、まずい、まずい。

まさかこんな所で会うなんて!


 愛が振り返り、駅の方に向かって走って行った。

あっ、待って!


「追いかけるの? それとも私を選ぶの?」


 ……どうする? 何が正解だ?


「ごめん……」


「そっか、私の方が遊びだったんだね。残念、結構本気だったんだけどね」


 彼女の指から銀色のリングがはずされ、俺の手に帰ってくる。


「じゃぁね、ばいばい……」


 彼女の頬に一筋の涙が見えた。

……また、心が痛くなった。

そんな事あるか? ただの遊びで仕事だろ?

何を痛がっているんだ、俺の心は。


 急いで愛を追いかけ、息を切らしながら抱き着いた。


「待てって言ってるんだろ!」


「……これ、返すね」


 もう一つのリングが俺の手に戻る。


「……」


 心が、また痛くなった。


「私、初めて男の人を好きになったの。初めて恋人ができたんだ。初めて、全てが初めてだった」


「愛……」


「そして、初めて別れる。ごめんね、私なんかと付き合ってもらっちゃって。純平の事、好きだったよ」


「愛、待って、待ってくれよ」


「ごめん。本気になった私がバカだったの。今までありがとう」


「まだ、まだやり直せるだろ?」


「……来年、仕事で転勤するの。出来れば一緒に、年を越したかった。新しい彼女ができるといいね、応援してるよ」


 そう笑顔で言われ、愛は俺の元を去っていく。

俺は、何をしている?


 女の子を泣かせて、何をしている?

こんなんじゃ、ないだろ?

俺は間違っていたのか?


 気を持ち直し、店に行く。

振られた直後なので、元気がない。

当たり前だよね。


「翼君、どうしたの?」


「ちょっと色々あってさ」


「そっか、ボトル入れる?」


 ……いいよ、入れなくても。

仕入れ三千円の酒が二万になるんだよ?


「いや、今日はジュースがいいな……」


「そっか、元気だしなよ!」


――


 そして閉店後。


「翼、お前何してるんだ? ボトル断って、仕事する気あるのか?」


「ナンバーツーになったからって、いい気になってんじゃねーぞ!」


 閉店後の路地裏。

先輩に呼び出され、殴られる。

顔はやめてくださいよ、仕事に支障でますよ?


「おらぁぁ! お前のその顔、前からむかつくんだよ!」


「ぐふっっ」


 痛いな、そんなに蹴らないでくださいよ。


「そうだ、テメーの客よこせよ。そして、お前は消えろ。店長には俺から言っておくからよっ」


 先輩は俺の懐から翼用の携帯を出す。

あ、愛の番号が……。


 俺は、無意識に先輩に飛びつき、携帯を真っ二つにする。


「お、おめー何壊してんだよ!」


「俺の客は、渡さない!」


 愛にこれ以上、迷惑かけらるかよ!


「やめます。俺、今日付けで仕事やめます」


「あぁ、そうしてくれ。ちょっと女ともめたからって、そんな顔されるお前には向いてないよ」


 そうかもね。そうかもしれませんね。


「ま、せいぜい頑張れよ」


 路地裏に寝ながら空を見る。

あぁ、愛。ごめんな、こんな俺で。


 もしかしたら、愛の事もっと幸せにできたのかもしれないな。

ごめんな、本当に、ごめん……。


 暗くなった空を見ながら、冷たいアスファルトの布団で俺は目を閉じる。

ふと、頬に温かい感触が。それは、温かいと言うより、熱い?


「熱い!」


 目を開けると、そこには彼女がいた。

なんで、お前がここにいるんだ?

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